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小さく生むと大きく育ちません

「最初は小さく試してみる」はビジネスでは当たり前です。当たるかどうかわからないし、うまくいきそうなやり方も確立できていないうちに1億円投資したら会社はたちまち潰れてしまいます。

しかし、この言葉には落とし穴があります。そこに陥りがちな人たちが、特に頭のいい人たちには多い、ということを最近何度も見かけたのです。

「粗利で1億円行く仕組みで始める」

私の主張の根幹はこれです。一つの商品群、サービスで1億円行く見通しがないものは始める必要はないし、そのつもりで始めても、やっぱりそこまで行かないとわかったら中途半端に続けないで辞めるべきです。

理由は、簡単です。粗利1億円はおそらくは社員7~10人程度を専従させることが可能ですが、それが3人、5人では退職や出産育児といった人的変動にも弱く、販促費の投下可能規模も小さく、融資を受ける際の返済能力評価も低いのでいずれ負け戦になるからです。その状態、つまり、売上1千万~5千万円でも「面白いから」「事業として価値があるから」と言って維持しようとする社長がいるのですが、社員は疲弊して嫌気がさして辞めていきます。

もっとも社長を中心に数人で職人的に事業をやっていく、というつもりならばこのやり方でも否定しません。その会社は「工房」であり、社長は、「親方」であると自分で自分を認識しているならば、そのようなやり方もあります。多くの10人に満たない零細企業はこのパターンですが、それで親方も職人も満足で持続可能ならばそれも一つの解です。しかし、そうしたやり方をやりながら、100人、1000人の会社への成長を夢見ている、それを必死で頑張り続けるとそうなれると思っているケースを見かけるのです。

こういう社長がそのまま状況を放置するとどうなるか、というと得意分野のスキルをベースとしないで受託開発ばかりやっているソフトウエア開発会社のようになります。1件500万円、1000万円という案件を社長のプレゼンと人望でとってきて、なんとか優れた技術者が構築して納めて、会社は当面維持されるのです。そして、社長は大抵こういうのです。「この案件で実績が出来れば、横展開できるから楽になる」でも、どのケースもそれは実現していません。それはなぜなのでしょうか?

それは「案件を収束させる」ことと、「ビジネスモデルを確立する」こととの間に大きなギャップがあることを軽視している、あるいは知らないからです。そして、「ビジネスモデルを確立する」ことの方に本来は大半の労力がかかるし、実は非常に狭い道をすり抜けなくてはならないのですが、そういうつもりで作ったのではない、本人はサービスのひな型だと思っている「案件」はその狭い道を通すことができないで、実際には、受注を獲得するために結局個別対応をまた繰り返すことになるからです。社長は、自分は能力が高いのでそれでも獲得できると思っているのですが、そうではない並みの社員はたまったものではありません。社長が思っている何倍も時間がかかるし、ようやく作っても社長からすると不満が残ります。そうして社員は辞めていくのです。

これは社員が悪いのではありません。社長は職人の親方の仕事はしているが、社長の仕事はしていないのです。

最初から横展開するつもりで設計し、人員を採用教育し、営業したサービスでなければ、効率的な利益構造、現実的なスキル要求は実現できず、そうでなければ1億円の商品、10人のチームには育たないのです。いわゆる「スケーラブル」なビジネスモデル、というものです。特に最近では人手不足~この場合では良質なエンジニアや営業対応できる人員ということになりますが~が深刻ですので、個別対応を繰り返す労働集約的なモデルでは成長がまず人員の部分で制約されることが多くなってきています。あるいは、多くの商品が価格競争が激化しているので、最初から効率的なビジネスモデルで営業され、運用される仕組みにしなければ利益が得られません。

そのようにしてスケーラブルに立案されたビジネスモデルを市場でテストしてみる時に、その時点のチーム構成(最初は2,3人でしょう)に合わせてやり方を変えてスタートすること、それを「まずは小さく試してみる」というのです。これはOKです。

といっても、手が届きそうな500万円は産まれたばかりのベンチャーには大きな存在ですし、自分の作ったものに興味を示してくれる人が目の前にいるとその人に走り寄って握手したくなるのは、特に職人魂からすると仕方がないことだとも思います。しかし、そこから生まれるのは、個別に500万円を年にいくつか手作りする工房です。そして職人の年収はこの構造では上がりません。そこをぐっとこらえて、10人の工場にして誰かが退職しても大丈夫、うまくいけば大きな利益が出てボーナスがちゃんとだせるようにできるかは経営者の最初の大きな分かれ目です。私は社長がこのような仕事をすることは成功をむしろ阻害すると思っています。

これは優れた技術者だからこそ陥る経営の罠だと思います。そして、実は単体案件を収束させることよりも、スケーラブルなビジネスモデルを確立することの方がうんと時間も労力もかかり、対人対市場のやり取りにストレスを感じます。「優れている」という自己認識が視野を狭窄させ、スケーラビリティを失わせているし、ストレスの多い面倒な、不慣れな作業から逃げ、自分の頭に汗をかいて自分の得意を生かせる仕事に没頭する姿勢を作っているのだとも思います。

こうした人は実は社長や部長にはあまり向かない、ライン外のスペシャリストとして単独で活動してもらった方がうまくいくし、部下もストレス障害になりにくいと思います。

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