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「再挑戦できる会社」

私が昨年、子会社の代表を辞める(その時には起業するとは決めておらず、そんなことを言いもしなかった)と決めて、ある部下に話したとき、部下にこう言われました。

「このグループは、一度ぐらいダメでもまた挑戦できるのがいいところなんです。そんなこと言わずにもう一度、一緒にやりましょうよ。」

泣きました。

男冥利に尽きるとはこのことです。

前回のこの記事で、その会社が多産多死型だということに触れました。偉そうなことを言っておきながら、私もその一つにとうとうなってしまう羽目に陥ったのです。

5月8日公開

この会社では、とにかく新規事業が3,4名の規模からスタートして年に数十も立ち上がり、2年とたたずに大半が消えていくのです。「もう少し、マーケットきちんと考えて、KSFと必要資源明らかにしてからやった方がいいんじゃないの?」と思うところもあるのですが、「いくら頭の良い人が時間をかけて計画したところで当初の計画が当たるわけではない」(=立派な調査と資料はほとんどムダ)というのは、経営企画部の不都合な真実でして、「試して考えて修正しながら走る」力こそが生存競争を勝ち残ることにもっとも重要です。

そして、もっと不都合なことに、成功者は努力や実力はもちろんみんなしているわけですが、そのうえで成功するかどうかは、多分に偶然の出会いや大きな商談での相手の気分などの「運」の要素を含んでいます。有名な例を挙げると、ビル・ゲイツは確かに天才であり初期には大変な仕事の量だったようですが、巨人IBMが自社開発ではなく、パソコンオタクの若者のありもしないOS(のちのMS-DOS)がすでにあるというウソはったりをよく考えずに信じてしまったという偶然がもしもなくって、精緻なドゥーディリジェンスをしたうえで採用するというまともなプロセスを踏んでいたら今のマイクロソフトはなかったのです。(そのいい加減な内示のあと極めて短時間でゲイツは構想レベルであったMS-DOSのプログラムを書き上げた。)

こうした現実を事業者側から見たときに、新規事業を今後の成長のために伸ばすためには、「たくさん種をまいて、伸びの良いものだけを残す」という栽培方法を採用することが正解であり、その一つ一つに対しては、与える資源量は制限して全体に影響を与えるような損失規模にならないようにして伸びを観察することが必要になるわけです。

ここに水と肥料を上げる方法はもっと改善できるじゃないの?ということは思っていたのですが、そうできたとしてもやはり大半の案件は失敗します。新規事業はそんなに甘くない。それが現実です。

そして、案件ごとに「撤退基準」を決めておき、その付近になっても回復の兆しがないならば躊躇なくサービスを終了し、撤退するわけです。ここで「社会的責任が」とか「既存のお客様が」とかいうことはあまり考えず、もちろん最低限の猶予期間や移行先を用意するなどの対応はしたうえで見切ってしまう。これも日本企業が苦手としている点ですが、ダメな会社がなくなるようにダメなサービスがなくなるのも自然なことです。その「上手に、思い切りよく撤退する」ことも新規事業に積極的な会社とそうではない会社のスキルの差として現れます。

それが利用者として嫌ならば、その恐れのあるようなマイナーなサービスを選択しなければよいわけです。私もお客様の社内の業務改善に継続的に利用するであろうクラウドサービスを利用するならば、万一その業者に撤退された場合の移行作業を自分が担いきれないリスクを考慮して、多少新機能に見劣りはしても、シェアがあり投資方針が維持されていてサービス提供会社の経営が安定しているメジャーなものをお薦めしています。

さて、こうして撤退した案件の担当者は社内でどうなるのでしょう?伝統的日本企業では、こうした「敗軍の将」は失敗者として、「兵を語らず」で二度目のチャンスを与えられることが難しい状況にありました。これは、減点主義的な評価制度、あるいはその裏には失敗者を個人攻撃して組織の責任を隠蔽する日本的風土があり、そのために「挑戦者を生みにくい企業風土」が安定成長の中で培われていきました。いろいろな会社の新規事業をみても、そもそもそれが何のためにやるのか?も不明瞭だったり社長が変わると位置づけが変わったり、本業と何の関係もないことを思いつきでやってみたり、というようなレベルのことがそこそこの規模の会社でも普通に起きています。こういうのはかなり高い確率で失敗し、敗軍の将を生んでいます。放っておいても緩やかに成長する中で、急成長の可能性が少しと失敗の可能性が大半の新規事業にチャレンジすることは大企業の終身雇用制度の中で、長期間のレースを戦う中では大きな足踏み、場合によっては後戻りを余儀なくされるものであり、賢い社員は選択しないことが賢明でした。

新規事業を担当することは、営業、開発といったそれぞれの機能ではなく、「人」「モノ」「お金」のすべてが足りず、それらを社の内外を調整して調達しながら試行錯誤するという総合的な技能を必要としており、この技能を身に着けることは今のところ有効な研修や書籍等は見当たらないと思います。それは、一旦技能と書いたものの、その実これは技能ではなく、「マインドセット」そのものであるからです。そして、こうしたマインドセット≒事業家精神を有するリーダーが育たないまま、「機能と社内政治のプロ」がリーダーにならざるを得ないことこそ、今の日本の大企業が成長要素を見出せない原因になっているのです。

それでは失敗してもよい制度とは具体的にどのような制度なのでしょう?

そこにはまず、「役職」とは何か?という考え方の転換が必要です。たとえば、ある新規事業部署を例にとると「事業リーダー」は困難な職務である以上、何等かの役職給が与えられてしかるべきでしょう。しかし、その事業自体が撤退の判断がされた場合、その事業はなくなるわけで、彼は「事業リーダー」ではなくなります。その時、事業リーダーとしての役職給はなくなってしまうことが当然です。その当然のことが当然ではないことにそもそもの原因があるのだと思います。基本給はその直前期にその人が貢献した利益水準を反映していて、役職給はその人の事業内でのリーダーシップと成果へのコミット度合いを示しているので、そのそれぞれが変動すると給与は変動する、という仕組みをこの会社は採用していました。この仕組みの中では、一旦敗退すると、部署がなくなりそれとともに、ポジションもなくなるので、そのリーダーは他の都合の良いポジションに移れない限りは下のポジションで誰かの下について働くことになります。これは世間的には「降格」です。

つまり、ポジションに対して給与が決まっているのであり、個人に対して決まっているのではない、という職務定義型の給与制度です。

降格がいやならば彼はやめてしまうかもしれません。しかし、彼が踏みとどまり学習能力のある者ならば、毎日数字に責められるという苦しい環境から一旦解放されて、当時の自分に足りなかった点を他のリーダーを見たり社外の人とあったりしながら気づくことでしょう。そして、こう思うのです。

「次、もう一回やったらもう少しうまくできる」

実際、私の経験でも、2度目、3度目と回数を重ねるごとに新規事業はうまくできるようになります。リスクやリソース不足を予測できるようになります。経営者にとっては困ったことですが、新規事業リーダーには、実戦での練習が必要なのです。

確かに給与は一旦下がるし役職も下がります。しかし、だからなんなのでしょう?それは役割が変わっただけで、彼の人格とは何の関係もないし彼の意見の信頼性が変わるわけでもない。むしろ成長していることすら期待できる。そして、次の新規事業の機会に改めて希望者を募り、その中で彼が適任であれば彼を指名すればよいのです。最近、流行の人的資源管理の分野の言葉で、「心理的安全」という言葉があります。これは、「職位や給与が安定」していることと混同しているケースがありますが、そうではありません。個の意見や行動が尊重される集団の心理を指しています。この場合で言えば、「ルールさえ守っていれば、チャレンジして失敗しても大丈夫。職位や給与が下がっても、その後の再昇進や発言には何の差支えもない、という仕組みが実効性をもって運用していることが、「チャレンジを生む」風土のベースにあるわけです。

この会社ではこの制度が代々文化として受け継がれてうまく機能していました。それがこの会社が時代に合わせて変化し、成長する力の源泉でした。そして、時々大成功が生まれ、責任者が若くして高い立場に立ち、この事業と人がこの会社の次の10年を支えていくのですが、その陰には999個の小さな失敗があり、999人の敗者がいます。しかし、挫折を味わった999人のうち、再挑戦を目指すものが半分以上はいるのではないでしょうか?その多くは20代、30代前半の若者です。

しかし、ここで一つ疑問があります。このような不安定な給与と賞与の仕組みの下では、彼本人はチャレンジ精神を持っていて受入れできても、奥さんは反対するのではないか?家のローンはどうするの?子供の学費は?将来設計は?退職金は?借家は?ボーナス払いは?日本のこうした家庭の出費をめぐるルールは、依然として「終身雇用の安定収入」に有利なようにできていて、チャレンジャーには不利です。(起業者にはもっと不利です)独身者と一部の勝者にはこの制度は良くても、家族がいると決してそうではない、という現実もありました。「チャレンジ気質の人だけいればよい」と言い切れるブランド力(採用力)のある会社はよいのですが、これを一般の30代以上も多くいる会社に如何に浸透させていけばよいのか?は決して簡単なことではありません。

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