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行きつけの美容院が値上げする

いろいろな会社の業績の相談に乗るとき、私がまずは考える選択肢は、「提供価格を大幅に上げることができないか」ということです。特に「人出がかかるビジネス」ではこれを経営者に納得してもらうのがかなりの大仕事になることが多いです。同時に、このことを冷静に、合理的に損得を考えられない経営が多いことも非常に多く目にします。収入の増減、コストの増減、それに自社の中期的なマーケティングポジションがどのような位置付けなのか?を考える前に、拒否反応を示すのです。下請け産業の下請け商品ならまだそれもわからんでもありませんが、そうでなくてもそのような拒絶反応を、自分の「生活者の視点」から拒否する人も結構多いように感じます。

先日も、ある旅行商品、それも学生向けという制約がある商品の単価を2倍にできないか?ということを考えながら早めにそのお付き合い先を辞し、近所のヘアカットに行きました。すると、目立つところに大きな張り紙!近日値上げするというのです。

実は、このチェーン店、2年ほど前に(いずれも税込)1080円から1300円に値上げし、今度は1620円(10月からは1650円)に上がります。理由は前回は、システム等投資と人手不足、今回は、人材確保と教育充実という記載がありました。帰って妻に話すと、「もうあまりお得感を感じない。ほかに行く」と言っていましたが、私自身はここに行き続けると思います。

このブログは、私が経営にかかわってきた20年余りの内側からの「経営の光景」をお話しすることが多いのですが、この事例は私は単なる客です。そのため、ここから先は、「推測」の事項が多くなります。

実は、このチェーン店、いち早く順番待ちと順番到来の通知システムを5年以上前に導入しています。そして、夜は8時までの営業なのですが、6時半ぐらいにその時点の待ち行列の様子で新規受付を終了してしまいます。これが歴代店舗マネージャーで結構徹底していまして、先日も私のあとに小さい子供2人連れた両親が入ってきたのですが、「時間の都合でお一人しか受け付けられません!」ときっぱり言うのです。以前の店舗マネージャーは、「この業界(美容)は、遅くまで数のノルマをこなさせられて、その上トレーニングをさせられて、大した収入にもならずに辞めて行く。自分たちはそういう会社にはしないつもりで、8時閉店で8時過ぎにすぐ帰れる店づくりをしている。その方が結局いい人が辞めにくいし、来てもらいやすいので、会社としても良い。」ということを言っていました。ちなみにそのマネージャーさん、いつも魔法使いのような黒を基調とするおしゃれな格好をしていました。他の人も帽子をかぶったり金髪だったり、と1000円カットチェーンにはないおしゃれな人たちがお勤めです。

彼は会社でも幹部のようでいろいろなことを教えてくれたのですが、会社のコンセプトは、「一流の美容院のカット部分だけをリーゾナブルに提供する」であって、当時日の出の勢いだった「10分カット店」とは一線を画し、従業員に一人当たりの担当時間の基準は与えられていない、とも言っていました。(もっとも私のような単純なパターンは10分以内に終わるのですが)そして、私が行く郊外店でも平日は2人体制で6,70人、休日は3人体制で100人近くを対応しており、入り口の順番待ちシステムの待ち時間表示は休日午前には2時間を超えることが常態化しており、それを見て帰ってしまう人も結構いるのです。では、このチェーンがどんどん新規出店を進めているか、というと、ここ2,3年は新規出店していません。店舗の担当者も5年の間にどんどん入れ替わってしまっています。異動もあるようですが、やはり先述のマネージャーの意図もむなしく技能者の定着には苦労しているように見受けられます。

そんなこのチェーンも人手不足から昨年来あちこちの店舗で平日に臨時店休日が組まれるようになっていましたので、人出不足ということ自体は本当で、値上げの一部は待遇改善につなげられるのだと思います。しかし、多分それだけではないのではないか?とも思います。

まず、来た客が帰ってしまうほどの人気状況であることからすると、値上げして支払意思の低い私の妻のような人を排除して、支払い意思の高い人に絞り込んでも総客数は変わらず、値上げ分だけ増収になる可能性は高いことが推測されます。むしろ、人員の定着を図り、休業日をなくし、あるいは休日は3人対応を定着させた方が増収効果は高そうです。

それよりもむしろ効果的なのは、「1000円カットとの差別化」という要素です。この分野では最大手のQBハウスが今年2月に1080円から1200円への値上げを実施しました。QBハウスは店舗内は白を基調とした簡素なつくりですが、このチェーンは木目を大事にし、子供用の車型の席を用意したりと店の作りにも差別化しようという動きが見えます。その中で価格も積極的に見直しし、クオリティが高いというインプレッションを重視しているようです。マネージャーが以前言っていた「早切り安売り店ではない」という主張です。

もう一つは、QBハウスを始めこの業界は皆低収益で資本が必要な業界、と言う事に対して、収益性と出店力とのリバランスを図っているのではないか?ということです。低収益のまま、銀行との関係を生かして無理に出店をしても、その循環がすぐに逆回転して閉店ラッシュが始まってしまう例は過去にいろいろなチェーン店で見られてきました。安定的な収益が既存店で確保できているからこそ、次の出店が可能になるという経営の大原則に立ちかえった時、人出不足問題解消のその先にある再拡大を実現するためには、当時は競合と考えた他社と横並びで事業をスタートした時期を終え、利益率を改善する必要があるという考えに至ったのではないか?ということです。ファイナンスに過度に頼らずに成長できるのに必要な利益幅というのは会社を維持するのに必要な幅からだいぶ上です。そのことをわかっていない経営者というのは結構多い。

値上げによる客数減が限られているならば、値上げ率は25%でも、利益の改善率はもっとずっと大きくなります。そして、値上げにより客層を従来よりも絞り込むことができるならば、そのセグメントに向けたマーケティングはより容易になり、ばらまき型からピンポイント型に変えることが可能です。そして、そんなことはお店側はもちろん言いませんが、必ず一定数いる「お金に割りに手間のかかる客」を排除し、業務を効率化することができます。

私はもっと値上げし、その代わりにその価値を感じさせる店づくりに知恵と手間を使うべき、ということをいろいろな業種をみて思います。人出不足は、そのいい「言い訳」にしやすい時代だと思います。価格を下げれば来客数は増え増収するという「幻」に私たちはこの25年あまりとらわれ過ぎていたのではないでしょうか?この美容院の取り組みに意を強くして、値上げ後も観察し続けようと思っています。

いえ、行き続けるのは観察のためではありません。あまりいろいろなところに行って知らない人に髪を切ってもらうのに躊躇するような性格で「スイッチングコストが大きい」からという個人の心理的理由がむしろ大きいです。この要素も実は値上げの実施可否を決めるのに大きな要素です。

最後にこういう「値上げの工夫」でもう一つ注目している商品があります。それは、明治のアイス「スーパーカップ」シリーズです。昔は百円だったのですが、何回かの値上げを繰り返し、4月からは140円になりました。子供のおやつから、大人でも十分リッチさを楽しめるものへと見せるポジションを少しずつ変えながら(そのために上位ラインを2年前から出した)、大人向けの期間限定商品を交えて値上げ誘導しています。これはまた別の機会にでも。

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