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無謬性をほぐす

以前、とある会社の輸送費について診断し、水準的には決して一番安くはないということで担当者の方にお話を伺う機会をいただきました。担当者は非常にしっかりされており、知識も豊富で、そのうえで、自らの意志で高くなる選択をしていました。

弊社では多くの経費診断を手掛けてきましたが、実は日本企業ではこのような事例は珍しくありません。しかし、それは大抵、コネとかバックマージンなどの非合理的都合にゆがめられているわけではなく、担当者個人の担当範囲の中に限って言えば極めて合理的であることが多いのです。もちろん、経営的には下げられるものは下げてくれと言うはずですが、話を聞いてみるとそう単純な話ではありません。

この事例はその背景や理由を説明がしやすいので取り上げたのですが、このようなケースで高くなる理由は、「担当者が個人でできる範囲で、遅延する(品質事故やクレームのことも他の事例ではあります)可能性を0にしなければならないから」です。結果として、この会社は本来得られて社員に分配されるはずだった利益を失い、顧客はコストダウンの機会を失っています。

日本では、多くの会社では、顧客が営業に無理を言い、営業が生産に無理を言い、生産が物流センターに無理を言い、しかもそれを100%に近い水準で実現することを当然視しています。これは実は他の国では全く当たり前のことではありません。天候や人の手配や車両の手配、それに今回のコロナ禍のような突発的な社会事象により多少は遅れるのは当たり前であり、各接続箇所での依頼者は社内を含む依頼先に対してそれを見込んで少しずつ譲歩しなければ結果として誰も得をしないのです。つまり、このコスト体質は、物流の発注単価の問題ではなく、業務フロー上のスケジュールバッファの最適化に関係セクターがコミットしておらず「弱いものに責任転嫁して自分は責任がないかのように振る舞う」ことを許している経営の不作為の問題です。ちなみにこの事例の会社の経営者の方は、この事実を私よりも先に認識しておられ、「それは自分がこれからやる」と断言されておられて感心しました。

実はこうした「バッファー最適化」問題は製造業では古典的問題であり、サプライチェーンの中でどのような在庫とリードタイムを確保するかの方法論は様々な便法が存在しています。トヨタのかんばん方式がもっとも有名なものです。しかし、そうした知見は同一物を長期間たくさん作るような場合には活用されても、中小企業で多く存在するプロジェクト型(1回限り)の生産物や多品種少量、かつ発注主が無茶ばかり言うパターンでは導入が進んでいません。そこには中小企業の学習力・応用力の低さという問題もありますし、全体最適を図るリーダーシップが実は中小企業ほど低いという現実も影響しています。

工程管理には有名な経験則があります。各工程に納期重視を言明したうえで工期見積もりをさせると、各工程はそれぞれに、必要工期の2,3割増しの工期を報告してきます。しかし、そのバッファーを全部各工程に吐き出させて、全工程の一番最後にそのうち一つのバッファを付与するだけでも大抵は遅延は発生しません。

しかし、これを実現するためには、全工程とバッファの使用度合いを誰か(それは中小企業の場合は経営者であることが通常)が一貫して管理し続け、全体最適を追求する姿勢を徹底する必要があります。また各工程は前後の工程の納期回答の真実性とその実現性を信頼している必要があります。今回の例でいえば、経営陣はお客様に「御社のためにも日程制御を共有しながらやっていきたい」と言わなければならないし、営業は、生産や物流に、「とってきてやったんだから、あとはお前たちの責任」という態度をとるのではなく、事前の早期の情報確定や途中の調整に協力しなければなりません。

経費診断をしていると、こうした「自己安全のためのコスト」が特に大企業や多数の部署を渡る業務ではかなり大きなものになっていることを目にすることがあります。全体最適を誰も調整しようとせず、自分の部署だけとにかく安全であろうとし、叱責・減点を回避しようとするのです。しかし、その結果は世界において、「性能の割に高い日本製」の競争力を失わせる結果となっています。そして、大抵はその原因は、コストが発生している部門ではなく、その前工程の部門にあります。

以前、この話をある経営者と討論したときに、「結局消費者やマスコミがメーカーや小売店の失敗を執拗に責めることに現場がビビっている」という側面を指摘されていました。本当にそうだとすると、消費者を非難しても経営は何も変わりませんので意味がないのですが、実は安くするために失敗することはそんなに許容されないことでしょうか?多くの消費者は実は、高くて確実なお店と、安くて時々失敗があるお店のどちらで最寄品を買うでしょうか?実は、口では文句をいいつつも、実際には大半の人が後者を選んでいるはずです。日本人はそれほど豊かではありません。

日本の産業界は、「口だけ番長」に惑わされ、本当に消費者と自分たちのためになる最適点をシステム全体として見失っているのではないでしょうか?そこも見据えて腹を決める必要があるでしょう。システム全体を解きほぐして余裕を作らないと、一番端っこの一番弱い人が悲鳴を上げています。

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