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はんこ文化の根本を見た!

4月初頭からの東京のリモート推奨期間中の会社で困ったのは、「ハンコ」と「郵便物の受け取り」でした。ハンコは特に、この期間に政策金融公庫と信用保証協会の保証付き融資をクライアント様で獲得したため、その融資申し込みのため金融機関で必要になりました。

変わったこと 変わらないこと

しかも融資元の政策金融公庫自体は郵便で申込書を受け付けてくれたのですが、その前段で引落元取引金融機関の口座の番号と印鑑の確認が必要となり、そのために店頭まで往訪しなくてはなりませんでした。お客様の会社と銀行は近くても、家と銀行は片道1時半、電車代にして往復1122円かかります。(しかも私にミスがあり、それを再度やり直しした。)

信用保証協会の方は、融資契約書の締結のため、これもハンコをもって社長が金融機関の窓口に往訪しなくてはなりませんでした。お客様の社長からは、「世の中、みんなリモート対応するべきという指導されているのに、銀行はダメなのか本当に確認したのか?」と言われて一応担当者にお電話しましたが、当然ダメです。日本で銀行の業務フローを一担当者の意見で変えられようはずがなく、万一力のある幹部が実施指示したとしても、「無謬性」を起点とした銀行の発想方法では、余計に時間と手間がかかる方法に数か月かかって変わるだけでしょう。万に一つの不正を防止するために、日本全体で巨大な生産性の損失を招いている銀行の姿が浮き彫りになりました。

この期間で他に私がハンコを使ったのは、国立大学法人のお仕事をさせていただいた際の納品書、請求書類です。これは、事前に印鑑登録を大学側にしておき、それと照合が可能なように同じ印鑑を鮮明に捺印して、紙を郵送する、というプロセスが要求されます。さらに、受取側ではこの郵便を受け取り開封するために出勤が要求されます。今時はきちんと期日に支払いを受けるためには相手の業務プロセスの停滞防止のため、「お受け取りいただく方はおられるのでしょうか?」と確認しなくてはならない状況です。お金をいただく立場ですのでなんでもルールには従います。また、納品物の検査検収は全然厳重でいいと思うんですが、そのあとの請求にそのプロセスはどうなのでしょうか?我々庶民よりもはるかに賢い人が勤めているはずの役所や大学、銀行が世の中で一番遅れているのはどういうわけなのか?

と言っても、この請求書の月次処理は民間企業でも同じような無駄習慣が固まってある箇所です。どんなに、「請求書はメールでお願いします。」(これも処理漏れや重複をなくすためには決して最善ではないのですが)と伝えても請求書の郵送が0にできている会社はあまりないのが実情であり、そのために事務所に行って、開封して写真を撮って、Slackで担当者に転送する、という考えてみればおかしな工程が日本中で繰り広げられています。そもそもメールでOKだとしても、各社ばらばらのフォームでPDFで送るということ自体もどうなのか?納品後に検収番号を発行し、これをweb上に入力させてそれを検収者がチェックしたらそのまま登録口座に支払われるようにすればずいぶん事務作業は減らせるはずです。ともあれ、マネーフォワードやfreeeにはそういう機能を実装して欲しいものです。そうすればどの会社でも目視検査中心の売掛消込も楽ですし。

一方でこの間、10程度の秘密保持契約や業務委託契約を自社、およびクライアントの事業展開での締結を進めたのですがこれらは全て電子契約システムの「クラウドサイン」で実施しましたので、ハンコはこのためには1回も使っていません。このクラウドサインですが、2年前まで会社勤めだった時には、顧客との締結に当たってこれを用いるように強制され、とはいえ大企業の法務部の「何それ?知らない」から始まり必死の説明のあとに「なんでオタクだけ別の方法使う意味がうちにあると思っているの?」という冷たい視線でほぼほぼ跳ね返されていました。それが今回は、それほどの大企業はないにせよ、「クラウドサインで締結しませんか?」と相談すると、全てのケースで「いいですよ」という返事が即座に返ってきました。2年で世の中はかなり変わってきているのです。このサービスはネットワーク外部性が高く、採用する企業が多ければ多いほど、印刷や製本、郵送の実コストや時間短縮効果が得られます。今回のコロナ騒動は確実にその「臨界点」(キャズム)を越える後押しになった模様です。

「ハンコは真であることとは何も関係がないという事実

昨年、ハンコの業界団体が、「代理人でも手軽に押せる(のでビジネスのスピードが速い)」ことをサインではなくハンコを使う理由に挙げてアピールしていたことにはびっくりしました。ハンコは全く本人性を証明するものではないことを白状しているわけです。しかし、それは正直な表明であり、ハンコは、「他人が押せる」ために存在し、むしろ、意志の不明な「白紙委任状」であることが多くあります。

もちろん、ちゃんとした会社では表向きは役職権限規定と稟議規程が定められ、その範囲内での決済に対しては、「会社の意志としての印を押す」というルールが定められていますので、この仕組みの中で印鑑管理者が捺印することは問題があることではありません。しかし、そんな「本質的意味」を失って「ハンコ」が形式的ルールになっているケースも多くあります。「請求書にハンコをおして郵送したいので、ハンコ係に出勤して欲しい」というものもそうです。

請求書にハンコがあろうがなかろうが、受け取った会社がそれを発注した認識があれば払わなければならないし、そうでなければ払ってはいけません。それがわかっている会社は「メールで提出してもいいです。」というところも現れました。ところがこれも、一部の会社は「捺印があるものをスキャンして送ってください。」と言い出し、それを受けて、今度は送る側は「角印の印影に似せたものを赤く印刷したもので良いですか?」と相談し、受ける側は、「上司に相談します。」と言って数日停滞するわけです。全く喜劇、そして悲劇です。ちなみにこの印影印刷機能は、マネーフォワードにもありますし、角印の印影を作るフリーソフトも存在しています。そんな角印に意味はあるのか?と思うでしょうが、作ろうと思えば、ハンコの通販で2000円ぐらいで請求書に押すリアルな会社の角印は発注でき、その人の正当性(会社の担当者なのかどうか?)のチェックは全く行われませんので、リアルなハンコでもそれは同じことです。

同様に丸印だって自由に作れてしまいます。その丸印が印鑑登録がされているものかどうかは、相手の会社に印鑑登録証明の提出を要請すれば確認できますが、そもそも大企業が使用する「契約印」「銀行印」はその「印鑑登録したハンコ」を使う箇所を極めて重要な箇所、限られた担当のみに限定して紛失、偽造等のリスクを減らすために、「登録していない丸印」という便法として存在しているのですから、確認するのは困難です。

ですから「ハンコがあるから安心」ということは全くないのであり、ハンコとは関係なく、「相手の人物」と「記載されている内容」で個別に信頼性を判定し、必要ならば後続の作業を停止させる判断をフロー上の人間、特に受け取りする人間は毎回行わなければならないということです。

総務部に役員のハンコや社員の三文判がたくさん保管されている、というケースは日本ではいまだに多く存在しています。「本人が承諾していることを前提に代理で押してもよい」ということをかなり拡大解釈して、「承諾があるフリをして、あるいは無断で書類に捺印する」という場面が日本では伝統的にあるのです。個別に対応していては持参を忘れる人もいて書類完成までに何日もかかってしまうことが常(サインならばその場でできますが)ですので省力化のための必要悪として運用している会社も多くありますし、各種の指導にもかかわらず捺印型の出勤簿をいまだにクラウド型勤怠管理に変えない会社の本当の理由は、この「改ざん」であるケースは決して少なくありません。取締役会の議事録の出席取締役の捺印すら、本人が実施しているかどうか怪しいもので総務で代理で押しているケースは相当あるでしょう。さすがにメール等で内容承諾を得ていることが多いとは思うのですが、そのプロセスもいい加減ですし、取締役の確認もいい加減というケースは多いですし、確認しなくても多くの場合はばれないわけです。あなたの会社が10年以上の歴史があれば、もし、ふと不安に思ったら、総務経理に「社員の印鑑を預かるとかしていないだろうな?」と確認してみると良いでしょう。そこをきちんとやれる文化かどうかは歴代トップの「判断の厳密性の追求」の積み重ねであり、先代トップがいい加減だと自分の代で直そうと思っても容易に治らないというケースも多くあります。

しかし、本当に毎回、きちんと正当性をチェックしようと思うと実務をきちんと把握していないような管理者にとってはそれはかなり大変なことです。そのストレスを減らすために、ハンコという形式をもって、本人や決裁者が社の意志として承認したと「見なす」ことを相互に暗黙の裡に許容する「判断の緩さ」をうまく使ってコストを抑え、さらにハンコを預けるということで全ての判断を委任して「うまくやっといて」で古い日本の企業文化は成り立ってきたとも言えます。

そもそも、外部からはその会社の決済権限規定は見えませんので、代表取締役以外の承認がその会社の意志なのかどうかはわかりません。だから、事業部長や執行役員の丸印が押された契約書が総務部、あるいは監査法人に届いてもそれが本物かどうかは相手に逐一確認しない限りわかりません。ここに、粉飾の起こる基本的手口が存在しています。現に私は、自分がいた上場企業の事業部長の名前の発注書が取引先により丸印付きで偽造され、それを元に経営の苦しい取引先が金融機関から融資を引き出した場面を見たことがありますし(その会社は事業部長に丸印を運用させていなかったにもかかわらずです。)、別の上場連結子会社で副社長が取引先からの注文書を偽造して売り上げを立て、それに伴う仕入も行ったが物は直送と言いつつ動いていない(つまり循環取引の一部)、という事例に対処したこともあります。疑い深くなければ、これらは容易に見過ごされていた事例です。

実は電子化したって同じこと

これはハンコが電子に代わっても同じことです。例えば先ほどのクラウドサインですが、ハンコが容易に偽造できるように、電子契約も会社の意図でなくても締結できてしまうのです。承認者である相手先のメール送信先は、責任論で言えば、「代表取締役」であるべきです。小さな会社ならばそれでお願いできますが、社長が外国人で常駐していないようなケースもあり、その場合は実質番頭さんが采配していても代表権はもっていません。大きな会社になると、社長のメールアドレスはそもそも公開していませんし、わかっていてメールを送信していても社長は何のことだからわからないし、内容を読む時間もありません。便法として担当執行役員や総務法務共通アドレスが受付先になることが多いのですが、そうなると今度はその窓口が決済権限があるのかどうかは自社ではわかりません。これを補うための「電子証明書」という機能もありますが、これを言い出すとほとんどの会社や個人が運用できないという現実に行きあたります。

冒頭、クラウドサインを義務付けした会社の話をしましたが、この会社ではこれを防ぐために、「電子契約締結のためのメールアドレスを登録する用紙を紙で相手の会社の代表印をもらって法務に提出してから電子契約を運用する」というTwitterに書いたら日本中で笑いものになりそうなルールを運用していました。

長々と書いてしまいましたが、結局ハンコも電子契約も相手が社としての意志を持って締結したことを証明してくれはしないのです。ただし、強制的なリモートの実施により不正なハンコ、不効率なハンコの存在は表面化したとは思います。しかし、それを電子化しても、その「いい加減さ」は結局別の形で組織に温存されるだけです。

経営は決済権者の判断力により容易に浮き沈みします。決済したときには軽い気持ちで適当に判断したものが後になって大きな爆弾となることも多くあります。毎日その判断をぎりぎりまで吟味しながら情報を集め実施することは、決済権者にとっても、説明する者にとっても大きなストレスであり、お互いに「いい加減にしたい」という誘惑に常に駆られていて、それを「社長の名前の印字」の上に「会社の名義のハンコ」を押すことで、自分のいい加減さを自分にごまかしているのではないかと思うのです。だから、私は、契約書には決済権者には自分の署名を自署でするべきだと思っています。そして、場合によっては社内の決済権限規定を外部に見せて自分が決済権者であることを証明するのが良いと思っています。

中国法人の責任者だった時に私も支払のための小切手や契約書、社内の決済文書など毎日10~20の文書に署名を行っていました。自分が責任者の会社に自分の名前を署名することの重みは個人保証などがなくてもやはり重大なものであり、一つ一つの中国語の書類をキチンと理解しなくては署名できませんでしたし、3割ぐらいは却下修正指示していました。巨大な会社は別として、数百人までの会社の代表はこれが正常な姿なのではないかと思います。

これは電子でも同じことです。経営者は判断を容易に他にゆだねてはならず、自分で納得いくまで問い詰める義務があると思います。ハンコはその意識を希薄化させ、経営者の意志の経営への反映を緩衝させているのではないか?と日本の企業を見ていて思うことが多くあるのです。

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