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働き方改革は稼ぎ方改革

私が子供の頃(1970年代)、証券会社に勤め、登山を趣味とする実父とはたまの日曜日にしか顔を合わせることはありませんでした。朝は6時前に家を出て、夜は午前様が当たり前。土曜も半ドン(この言い方を若い方が知らないというのも時代の流れですが)といいつつ、帰ってくるのは結局夜。そうかと思えば、日曜日は未明から近くの山に登りに行く。これはうちだけの事ではなく、日本中この時代のサラリーマンは本当にパワフルでした。それが彼らの「当たり前」だったのです。

それが今では、残業は、原則年360時間まで、月45時間までというのが「半ば強制」の時代になりました。「当たり前」は40年で大きく変わりました。人は一年一年の変化は過大評価する傾向があるが、10年の変化は過小評価する傾向がある、とはビル・ゲイツの言葉ですが、10年たつと環境は大きく変わってしまいます。

今月からは、「会社が年に5日の有給休暇の指定を行う」義務が生じました。また、残業時間も具体的な制限が行われます。通称、働き方改革法案です。この法案については、半年前にこちらでご紹介しましたし、最近はネット上で様々な情報が発信されていますので、ここでの重複説明は省きます。

私自身、頭があまり良いというタイプの人間ではなく、それを膨大な作業量(努力!)で補って成果を出すタイプの働き方をしてきたタイプなので、だんだんと制限が厳しくなる中で、「どうやって成果を出せばいいんだ」といういらだちのようなものを感じながら働いていました。20代の頃は月200時間を超えるような残業もありましたが、40代後半になると45時間以内厳守となり、しかも祝日も増え、有給休暇もインフルエンザ以外でとったことがなかった20代からすると、「取れ」と会社に言われるようになるが、それでいて「成果は厳正に評価され給与に直結する」時代の変化に戸惑っています。

ただ、その中で強く感じることがあり、それは特に起業してから確信に近くなっています。それは、現在増えている「オフィスワーク」や「営業」では「労働時間と成果が全く関係しない」ということ。そして、「個人間の力量差で成果が数十倍、数百倍差が開く」という仕事が特に事務職、営業職、企画職などでは増えている、ということです。(店舗での販売や工場での生産では、この話はあてはまりません。)

たとえば、短時間勤務正社員制度、というのを政府は推奨しています。小さい子供の面倒を見る場合に、16時まで6時間の勤務という形をとるものです。すると給与は多くの場合、8時間の場合の75%とまではいかなくてもだいぶ少なくなってしまうのですが、実際に成果も75%かというと実は同じ人が8時間から6時間になった場合でも、成果は大して変わらないという事例が営業や企画、開発では見られます。これは、どうして起きるのか?というと、人は8時間も必死で仕事をしているわけではなく、さらにいえば、机に向かっている間だけ一生懸命考えていてその間に成果が上がるわけでもない。それぞれの課題に対してなんとなく考えながら情報に接している間にだんだん頭の中で回答が熟してきて、ある一定の熟し度合いになるとそれをアウトプットする段階になる。そのアウトプットする時間自体は多くの場合、1時間程度で最初の段階は終えられ、その初期のアウトプットが成果の大部分を占めています。このような「考えること」「話すこと」が成果の中心にある業務では、「勤務時間」は成果を決める重要な要素ではなくなってしまっているのです。

一方で、こうした業務では、できない人は永遠にできあがらないし、ダメな人はできる人の何倍もの時間をかけて、そして出来上がってきたものはなんだか何が言いたいのかわからないようなものが出来上がって来ます。頭の中に熟したものが出来ないまま、無理やり期限に追われてアウトプットしても、その答えは問題の構造を捉えて効果的な解決をできていないからです。しかし、従来の制度ではこうした人は、短時間で終える集中力のある頭のいい子育て両立型社員よりも、残業代含めて多くの給与をもらうことができてしまいます。「それでもよい」として、能力に目を瞑って体力で勝負してくることを日本の社会は許してきました。私もそうしてなんとか食費を稼いできました。しかし、この仕組みでは会社は品質の低い成果に会社はより多くのコストを掛けることになるのです。

働き方改革は、こうした従来の日本人の常識を正面から否定します。そして、そこにあるのは決して「労働者にやさしい世界」ではありません。むしろ体力や時間で補うことのできない、「実力主義」の冷たい世界に近づいていくはずです。

そして、よく言われる「人手不足」。これも真実を捉えていないでしょう。店舗の店員(私も20代はやっていましたが)、飲食店の調理や給仕、介護など、決して面白くない仕事だとは思いませんが、これらが人手不足なのは、人口が減っているからではありません。「そんなこと、誰もやりたくない」からなのは、一方で人気企業に今、就活生が行列して高い倍率を競っているのを見れば明らかでしょう。

「地方には仕事がないから若者が流出する」と嘆き、大型スーパーや工場を行政が一生懸命誘致していますが、これも若者流出を止めるにはほとんど役に立っていない。それも「大学まで出てそんな仕事、したくない」と大学生は思うから。違いますか?

働き方改革は、経営者にとって止めようのない時代の流れです。これに進んで対応していくしかないのです。そうしなければ、若い優秀な人を採用することができない時代なのでしょう。そして、これは、「人事部の労務管理」の話である、という理解はおそらく経営を誤ります。

まず、会社として何をやり、何をやらないのか?という取捨選択をする場合、たとえば、店舗運営のような労働集約的にならざるを得ない要素を本当に自社で行うのか?その部分は、自社ではノウハウの保持にとどめ、実施は他社に依頼するのか?と言った時、後者に思い切って移行する、ということを考えるべきだと思います。例えば、卸と小売の両方の機能があるならば、小売の機能は売却するなどして撤退し、卸とマーケティングに特化することを考えていくべきだと思います。

労働集約型業務は、それ自体をイノベーションできるのでなければ、労務リスクを抱え、そして優秀な人が長期間従事してくれる業務ではもはやありません。そして、顧客の支払意思も決して高くありませんので、低利益率の業務となり、低賃金の業務となりがちです。そのことがいいこととは思いませんが、今の日本はすでにそうなってしまっているのですし、それはこれからもより進んでいくと思います。露骨な言い方をすると、「使う側」と「使われる側」に分化する流れはより進むでしょう。使う側の業務を増やし、使われる側の業務は減らし、その結果として総人数は減って、平均給与水準は上がる。これにより人手不足の中での人員の採用力を高め、外部に対する企業の魅力をアピールする、ということをグラウンドデザインにしていくことが必要になっています。

また、給与制度においては、より成果主義的にならざるを得ないし、むしろ残業を厳しく制限し、その方向に進めることにより、優秀な社員の定着性を高め、同時に下位者の必要な新陳代謝を高めることができるようになるでしょう。先ほどの例で言えば、たしかに、8時間社員と6時間社員の基本給が同じ、というわけにはなかなかいかないでしょう。(それでは全員6時間社員を選んでしまいます。)しかし、成果を上げた6時間社員がそうではない8時間社員の給与を上回ることはあってよいはずですし、そうあるべきでしょう。つまり、産業革命以降、労働は時間で対価を払うという文化が以前根強く残っているのですが、時間は一定に制限される中、成果で昇給する仕組みに急速に移行せざるを得ないのです。そして、下位者は常に入れ替えて、会社全体の生産性が常に改善する方向にもっていくような制度設計が必要です。

さらには、「儲かる仕事だけする」「儲からない仕事は受注しない」ことは日本ではまるで悪いことのように言われますが、それは、「古い常識」になり、利益のないものはやらないという基準値を明確にし、それを管理することが今後重要性を増すでしょう。

もちろん、こうした変化に対応できる会社は全体の2割で、8割の会社は従来のやり方を継続します。いつだってそうでした。8割の会社は、「常識」と「道徳」をその理由にします。そして、時代の登場人物は入れ替わっていくのです。

ついでに言えば、RPAや各種ツールで生産性を上げる、ということはやることはいいと思いますが、生産性向上の主たる手段・方法にはなりえません。よほど規模が大きく、今後の変更の可能性が低い処理工程でない限り、多くの場合、時間のコストを同等レベルのシステムのコストに置き換え、変更の困難さでプロセスの改善を停滞させます。システム屋さんの口車に乗せられないよう注意した方が良いと思いますし、私はそれで「生産性が上がる」と思っている経営者は、問題を直視することから逃げていると思います。生産性が低い原因は、生産性が低い業務と社員が社内に存在することであり、それはRPAを入れても何ら変わりはないのです。

私は働き方改革のような、「ルールが変わる」機会は、中小企業にとってはチャンスだと考えます。歴史ある大きい会社はうらやましいことがたくさんありますが、内情を見れば使えない中年社員と明らかに不採算な業務を誰も手が付けられないでいます。風向きが変わるとき、先にその風を捕まえれば、レースの前にでることができる、そういう機会が中小企業にやってきていると皆さんに呼び掛けています。

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