今に始まったことではありませんが、雑誌やwebに書いてあるような「正しい」とされていることが、実は経営的には、疑問符が3つぐらいある、事実に基づかない内容という事は多くあります。ちょっとあげてみましょう。
現場オペレーションに関して
・手作りのお店の方が、セントラルキッチン、レトルト利用のお店よりもおいしい?
職人芸は職人芸で素晴らしいですが、微量の調味料を使ったり、時間管理・温度管理・衛生管理がしっかりしているセントラルキッチンの方が、高いレベルで品質は安定し、かつ平均コストを低減できます。いわゆる「ちゃんとした飲食店」でも、これらをうまく活用して、さらに自分で手を加えて「お店独自のものに仕上げて」いるところの方が、高い評点を得やすくなっています。本当に自分の舌で評価していますか?
・美容院で電気バリカンを使うのは邪道、はさみさばきがプロの魅せる点:
これは安価なサービスを提供する美容院のマネージャーに直接聞いた話です。「バリカンでもいい点はバリカンでやれば、その部分は大幅に時短できるし、均一できれいな仕上がりにできる。バリカンが向かない手でやるべきところは、バリカン利用で生まれた時間で丁寧にやればいい。それをお客様の頭の中にある完成像に合わせて瞬時にきちんと使い分けできる判断力の方が、はさみを細かく動かすことよりよっぽど大事。」「バリカンを用いて、時短をして、その分お客さんの数をこなした方が、一日数件だけやっているお店にいるよりも、、はさみも接客もよっぽど上達する」
そりゃそうですね。
経営改善について
・経営を大きく革新するには、イノベーションが必要である。そして、イノベーションを産むためには自由闊達な雰囲気が必要:
「イノベーションが起きると経営は大きく前進する」、というのは正しいですが、イノベーションを狙って起こしている会社は知る限りではありません。地道な改善を何千も積み重ねる中で、そのうち一つが実は大きなチャンスを生んだ、という事例が大半です。したがって、イノベーションを生んでいるのが「自由闊達な社風」という事実もありませんし、ましてはオフィスレイアウトやシステム投資というわけでもありません。イノベーションを産むものがあるとしたらそれは、「過去でもなく、思い込みでもなく、今の現実のマーケットのニーズへの対応を重視すること」です。その意味では、付和雷同的、前例踏襲的なサービス開発では難しいということは言えると思いますが、トップダウンでマーケットインをスパルタ式に徹底しても(ユニクロはどちらかというとこちらですよね)ここへは近づけるわけで、社風とは直接関係がありません。
・社員のモチベーションこそ最大の資源…:
経営者や管理者がモチベーションという会社ほど、社員のモチベーションはないような気がしませんか?そして、そのための施策が、「決起会」「祝勝会」でバカ騒ぎ(これ2010年代の上場企業の話です)という会社にいたことがありますが、下層の8割の参加者が醒めてましたね。その後、経営者が経費を理由にこれを禁止した際には、中間層は不満げでしたけど、社員はほぼ歓迎でした。経営者が正しいと思います。
会社全体のゴールとそのためのセクションのゴールを明確にし、個人にも目標を与えて、そのために必要な成長を明確化し、難しい課題は組織で解決に取り組み、セクションのゴールに具体的に寄与した人には、金銭面、役職面でメリットがある、という仕組みを確立することで、モチベーションを持つ人は確かにいます。しかし、それよりも「差がつかない原資共産主義的和気あいあいシステム」の方が心理的安全が確保できる(「心理的安全」と「居心地がよい」と「モチベーションがある」とは実は全然違うのだが、そこも現場では特に当事者の中で混同されている)という人もいて、そういう人は先ほどのような仕組みを構築すると「モチベーションを失い」ます。
20代で独身の時にはモチベーションがあった人が、30代後半になると皮相的で、怠惰になっているという事例も多く見ます。
モチベーションが高くても能力が低くてトラブルメーカーという例もあちこちであるし、淡々としているが短時間で完成度の高いものを仕上げる人もします。
今、熱心に勉強してなにかを習得しようとすること自体はありがたいことではありますが、そんなものは、10年前から知っていますよ、という人もいるようなことを単に学生時代にサボっていただけというケースもあります。
会社に必要なのは、成果ですし、会社の資源であるのは、社員の「能力」であって、モチベーションではありません。
適切な方向性の指示と競争環境を用意して、その中で成果を出せる人を押し、そうではない人を淘汰する中で、モチベーションのある人とない人が出てきて、ない人は去っていくことが正常な姿なのではないでしょうか?
・トップの交代に伴い人心の一新を図る…:
組織は大きければ大きいほど、舵を切るのに大きな抵抗があり、ゆっくりしか変わらないものです。経営の立場にあるものはその舵の重さに焦りますし、外野は、変革の遅さを愚鈍と非難しますが、焦ってもダメなものはダメです。制度、規程を援用し、ことあるごとに呼びかけつつ、一部は業務提携やM&Aなどの飛び道具も用いつつ、それでも時間がかかるんです。経営はそのことを覚悟して、その間の組織の保全を図る必要があります。
たしかに急ぎ変革する必要のある組織はたくさんありますし、日本に残された時間がそうそう多くない、という事も感じます。しかし、外野がどう叫ぼうが組織が変わるには時間がかかります。
お前やったことあるんか!
なぜ、こんなことを列挙してみようと思ったかというと、最近特に、様々なメディアで「経営の役にたつ」ことを詠った記事を多く見かけるのですが、そのほとんどすべてが経営の立場に立って数字の責任を負ったことのない、「記者」「学者」「評論家」が書いたものであり、現実のオペレーションの現場や組織運営の泥沼を踏まえて書いていないものであるからです。
私は、そういう空想で書いた記事を見る度に思うのです。「お前やったことあるんか!」
そして、最近お会いする経営者には多分に、こうした現実を踏まえない「ネット世論」に影響されて、自分の会社の現実との乖離におびえている部分があるように感じます。
安心してください。現実の日本の組織は、彼らのように「耳障りの良い、一見もっともらしい空想」とは大きく異なっていて、どこもみなドロドロで、その中で経営者はみな、現実のお金と人のやりくりに直面し、上手くできないことに悩み苦しんでいます。
そういう記事は、「美しい物語」と思って読み、現実は現実で別のものと思って、対処は、一緒に、そのドロドロに一緒に突っ込んでくれる社員や社外スタッフと語るべきです。弊社もそういう一員でありたいと思っています。
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