創業社長の多くは、「事業=人生」です。事業での借入に巨額の個人保証をしているために事業が潰えると家も資産も失い人生も潰えるという現実の問題もありますし、そうでなくても、自分が築き上げてきたものへの執着心は強いものがあります。
一方で社員は、表向きは社長や上司に「仕事にやりがいを感じます」「この仕事でスキルを向上させていきたい」「なんとかやり遂げます」とうれしいことを言ってくれますが、それが本当だったとしたら今頃あなたの会社はgoogleと肩を並べていたはず。その気持ちはもちろん0ではないものの、実際には口で言うほどには社外での能力向上の努力もしていないし仕事が心に締める割合も大きくはなく、社と運命を共にしてくれるわけでもありませんで、ちゃんと仕事と遊びと家庭とにバランスを配分しています。そのことは非難するようなことではなく、経営者と社員はそもそも違う世界に生きていると知るべきだし、それを前提にして会社を運営する手法を用意しなければならない、ということです。
仕事が神聖なものであり、会社は強く厳しくも子たる社員を守り育む父である、という昔の概念はもう今の若い世代には通用しません。会社が社員を選ぶように社員も会社を選びます。しかも会社は社員を容易に解雇できませんが、社員は容易に退職転職することができます。その中で、必要な社員に残ってもらい、そうでもない社員には転職を促し、新たに募集する際にはできるだけ能力が高い人に来てもらいたいならば、人事評価制度と報酬制度を援用することが必要です。口ではいろいろいいますが結局、時間当たり給与が高い会社は優秀な人が集まり、やめにくいのは明らかです。
また、今の日本において経営側が必要とする人材にとって、他の選択肢よりも「得」な選択肢であること、選ばれる会社であることを実現する時に、中小企業で最も重要な要素は、世の中で言うような「事業のミッション」でも「仕事のやりがい」でもありません。「中長期の自分の所得水準の見通し」です。実力がある層は、よりアップさせる可能性を追求したいと思うし、中間層は、より安定を手にしたいと思っています。それがなくては、子供、家はおろか、結婚もできないのが今の時代です。
こうした昇給と報酬水準の基になる人事制度の運用は、難しい以前に、心理的に反発する中小企業経営者が非常に多いのが実情です。彼らは「道徳的に抵抗がある」と言いますが、実際には「今いる人にやめられてしまう」ことへの恐怖が先立っています。しかし、その「新陳代謝のなさ」がサービスや商品の陳腐化の根本原因でもあります。
会社は存続し続けるために、常に社内の業務の仕組みを改善するために変え続けることが必要です。それでも市場が縮小したり単価が下落した市場からは撤退し、代わりに新しいことを始めるということをずっとし続けなくてはなりません。その摩擦を常時起こして耐えてきた会社は次も小さな摩擦でよいが、その摩擦を避けてきた会社は、摩擦どころか一気に段差を乗り越えるようなことをしなくてはならなくなっています。その摩擦慣れしていない中小企業がこうしたことを恐れる傾向にあります。
大雑把な言い方をすると10年前の主力業務は、だいたいどこでも縮小・廃止の危機です。そこに従事してかつては数字をあげていたオールドエースはだいたい変化を迫られていて、要領のいいひとはすでに社内の新しい隆盛部門か社外に出ていて、残っている人は変わることが下手な人です。そして、だいたい声が大きい…そこに対処し変化を命じることができるのは経営者だけです。
だからこそ、ここまでの1か月半ほどの連載では、まずどの業務がどのくらいの数字(売上利益貢献度)であるかを最初に明らかにし、その優先順位と整理の方向性を示しました。そのうえで、何をいくらぐらい売り、そのためにどんな能力でどのくらいの仕事スピードの持ち主を何人配置するかをきちんと示す、ということを前回までのお話しで、経営者であるあなたは実現してきました。つまり、彼らは声は大きくても、昔は貢献してくれたかもしれないけど現時点ではもうそんなでもなくて面倒なだけだよね、ということを示してきたわけです。これまでの作業は、こういう「合理的ではない要求」をあなたが却下できるようにするためでもあったのです。
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重要なのは、今はそういう能力要求と人員配置であるが、それは毎年少しずつ変化していく、ということを同時に社員にわからせるということです。そのために、その変化も含めて制度化する必要があります。
ということで今日は、人事評価制度そのものである
14 各工程の日々の生産性、品質指標を追跡し、それを評価指標の重要な一部とする。また、担当工程の改善への提案、貢献を評価対象とする制度とする。
のお話です。伝統的なジョブ型雇用では、ベースは、職位毎に給与水準がきまっています。昇給という概念はありませんで、給与水準をあげるためには、社内か社外で「より給与水準の高いポジション」に応募して採用される必要があります。しかし、「オペレーショナルエクセレンスを構築する」という観点では、これだけでは「一定以上のスピード品質で業務をこなしていればよい」という大量生産型の仕事の要求があるだけで、業務を改善するという動機付けが与えられない状態となります。
そのため、「目標管理」を併用する方法が最近では多く用いられています。野球選手では、基本年俸に加えて「〇勝すると+〇万ドル」というようなインセンティブ契約が多く用いられることが知られていますが、これと同じです。これも、「お金で人を動かすとお金でしか動かなくなる」と言って嫌がる経営者が多くいますが、「お金だけ」では人は動きませんし、お金で人は動くのは別に悪いことでもない普通のことです。そんなことは、毎年きちんと全員にちゃんとした昇給をし続けられるような経営者(昔はそれが実現しているのが当たり前でした)が言う資格があるのであって、そうでないならばせめて会社が求める成果を出した社員にはそれに報いることで、「会社の方向性を理解し貢献することにより昇給する」ということをわからせる方が、恣意的な昇給よりもよほど社員にとっては公正に感じられることです。
具体的には評価は大きく分けて2つあります。①生産性や品質指標がそのポジションに求められている標準をどの程度上回って/下回っているか? ②標準の手順を改善し所要コストを「方法論として」改善したことへの貢献 の2つです。それぞれご説明します。
① 生産性や品質指標がそのポジションに求められている標準をどの程度上回って/下回っているか?
営業担当者は、「売上」「粗利」で評価されることが一般的です。多くの会社では、これだけかもしれません。これと同様に、各ポジションの出来具合を測定する尺度を今回「スピード」や「コンバージョン確率」「品質」の標準という尺度で各業務に定めました。これは、そのポジションの給与をもらうのに、そのくらいはできてくれないと困りますよ、という水準であるように決めました。そこを大きく上回っていれば、その分売り上げは増えている、あるいはコストは減っているはずですのでプラスの評価ですし、下回っていれば交代対象です。
この尺度は、売上やコストの低減と直接結びつくものである必要があり、必要以上に品質をあげても売り上げは増えませんので、それは評価対象ではありません。時間いっぱいまで使ってやたらと丁寧に仕上げてそれを成果だという人が女性には特に多いので、そこは事前に明確にしておく必要があります。
②標準の手順を改善し所要コストを「方法論として」改善したことへの貢献
もう一つは、その「標準」自体を改善できたことを評価することです。これには手順の改善や自動化、省略、あるいは販売に関することならば広告の援用やチャネルの工夫などの取り組みによるものです。こうして他の人でも実現できる仕組みの改善を実現したことはそのポジションにとって大きな成果です。ただし、「自分だけができる」ものは①で評価すべきことであり、こちらでは評価の対象ではありません。必要なのは、「仕組みとしての改善」です。そして①と②のどちらを重視するかというと圧倒的に②です。ただし、それだけだと、そこそこいる「高性能な事務担当者・販売担当者」が不要ということになってしまうのですが、その人が利益を上げるうえで必要ないかというとそういう個人力も結局必要なので、併用することが適当ということになります。
こうしたことを目標管理制度に組み込んでいくことで、「何をすると給与は上がるのか?」の短期的なことがきちんとわかるようにするのです。一方で中期的なことは、「リーダーポジション」を今の担当者にとって代わることによって実現します。逆に言うとそれ以外では実現しません。そして、その「リーダーポジション」は業務構造から必要最小限だけを設置するように決めましたので、業容が拡大しない限り増えません。したがって、リーダー適性があり、集団で成果を上げた実績がある人だけが大きく昇給していきます。一方で現場ではこの制度により「生産性がアップした分」の昇給が行われます。逆に言うと、生産性がアップしなければ給与はあがりません。
それは当たり前のことです。稼ぎの中で給与として払える割合は極端に管理部門が縮小したりしない限り一定ですので、所得水準は一人当たりの稼ぎに連動します。その当たり前のことを「当たり前でしょ」と経営者に言い切っていただく、というのがこの制度では肝要です。そしてそれを通すためにも、先ほどの①の「個人の生産性基準」は組み込まざるをえないのです。
こうして出来上がった制度は、個人の業績・生産性と給与がリンクしたものとなります。ただし、この生産性のうち、特に販売に関連する事項は、市場の成熟度や競合の参入度に大きな影響を受けます。プロダクツライフサイクルが成長期には生産性が改善しやすく、成熟、衰退期には生産性は低下する圧力を受けます。その際にも販売を上回るコスト改善ができれば利益率は改善しますし、そうでなくても改善が進めば社として事業を延命することが可能です。そのプロセスにおいては営業関連の生産性指標は、このライフサイクルのフェーズを考慮して定める必要があります。ただし、この指標を低下させざるを得ないということは撤退局面が近づいていることの証でもあります。
このように考えると人事制度、評価制度は人事担当に任せてよいような話ではなく、社長の大仕事である、と私は考えています。