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「生産性」とは何か?

前回は、「なぜ、事務仕事は工場のように工程を可視化して、分解して、部分部分を品質管理しながら、全体のスループットを最大化するためのボトルネックに対処するというアプローチをとらないのか?」という「オペレーショナルエクセレンス」を考えるうえで、一番根源的な問題について取り上げました。

前回はこちら

けれども、もっとも大事なことを前回申し上げませんでした。

それは、「日本企業は製造業以外は生産性をあげる切迫した事情に迫られていなかった」ということです。それは、90年頃までは経済成長により需要が拡大しており、同時に主として製造業や建設業の下請けをたたき、すこしずつ下請け重層構造の層を減らすことで利益が維持されてきたし、90年以降は、中国への製造委託と、非正規雇用の増加によるコスト削減が継続して実現してきたからでした。しかも残業は事実上0円で無限にできる状況が当たり前でしたので、日本では製造業以外では、「コストを下げる」とは、「生産性をあげる」ではなく、「実質的賃金を下げる」だったのです。

その「時間単価下げによる低コスト化」が行き詰まりをみせるようになりすでに10年程度が経ちました。長時間労働をしても、利益はさほど増えなかったことにようやくメスを入れることになったからこその残業規制であり、成果主義への移行であるわけで、これから先は、「生産性をあげる」ことによる生存競争がようやく日本でも始まります。ただ、この方がハッピーなのか?ということについてこのシリーズの裏テーマでもあります。

「生産性」とは何か?

なかなか本題に入らない様で申し訳ないのですが、「生産性」とは何か?という定義の問題はこの問題を考えていく上で決定的に重要です。この場合、生産性とは、「時間あたりに生み出すお金」です。

さらりと言いましたが、このことを議論の中でついつい日本人は外しがちです。つまり、「顧客満足」も、「感動」も、「リピート」や「クロスセル」もその手段の一部ではあるかもしれませんが、「生産性」という目的とは直結しない、ということです。逆に、大量のドキュメントを作成する事務処理の得意な人は、「生産性が高い」かというと、そのドキュメントがお金を生み出しているかどうか次第です。「売れない事務作業」は生産性は0です。

 わかりやすく式を記載すると

「生み出すお金」=「売上」-「かかった費用」

=「売上」-(時給)×(かかった時間)-(かかった経費)

です。

ここで、短期的には時給が一定だとみなせますので、「売り上げが一定なら時間と経費をかけるな」「時間をかけるということは、その自分の給料分以上に売り上げが増えることが前提である」ということです。

 いくつか例をあげて、「生産性」について理解していただきたいと思います。この文脈で言えば、「クレーム0」を目指すことは経営的には全く意味がないことです。クレームが3件に1件あるような状況では売上にも支障がありますが、クレームが100件に1件の状態と100件に0件の状態では、売り上げに大きな差はないでしょう。それならば、「どちらがコストが低い状態を持続できるか?」を基準に決めることが正しいのであり、それを考慮せずに「0」というのは、旧日本軍的精神論でしかありません。

 最近の例でいえば、大戸屋の旧経営陣の「現に客数が減っているのに、客単価1000円を超えても店内調理にこだわるのが自分たちの流儀」という固執がこれに近いように思います。下ごしらえはセントラルキッチンでやった方が安くて品質も安定し、微妙な調味料なども使うことができるというのは外食の常識であり、そのうえで店舗で最終調理の品質確保に集中して顧客を待たせないことの方が明らかに「生産性が高い」選択です。同時に価格を引き下げ、価格選好性の高い顧客を呼び戻すことができる唯一の方法でもあります。

この「間違った良識」(職人魂)はいろいろなところに顔を出し判断をゆがめます。「生産性」の議論においては、すべては「時間、費用対効果」で考えるべきことです。

正しい「将来の売り上げ」

もうひとつ、この式の解釈についてはよくある「逃げ」があります。それは「将来の売上」です。

もちろん、この「売上」は「当期の売り上げ」だけでなく、「将来見込まれる売上」も考慮すべきなのです。ただし、その「売上」が本当に見込まれるなら、です。たとえば、最近多い月額課金のサービスであれば、その平均的な過去の解約率を元に、将来の収益見通しを算定することは可能です。一か月あたりの金額は小さくても、解約率が十分低ければ、将来までのトータル額は大きくなります。たとえば月間の解約率が2%ですと、60か月累計の収益見込みは約35か月分になります。1か月の売り上げが3,000円でも、その収益見通しは105,000円あるということです。だから、この案件の獲得のために20,000円を投下することは正当化されます。これは正しいケースです。

しかし、そうではなく、「今後の受注の可能性があるから」と言って、余計にコストをかけて特別対応をするようなことが多くありませんか?売上額だけが評価対象である営業に判断を任せておくと、声の大きい営業がこうしたことを次々通していくので、これを制御するのは経営者の大きな役割です。「今後がある」ということのほとんどは、「その場しのぎ」でしかないことはみなわかっていて、たいていはありません。そして個別プロセスを用意すればするほど、利益率は下がり(つまり十分な対価を回収できない)、長期的メンテナンスのための人員は増大していき、その場の一時利益を相殺していきます。そこを合理的に判断することは営業部長にも、制作部長にも期待できず経営者の仕事です。

一方でそういう「個別のニーズ」があるときに、それをどのようにフィットさせていくか?ということへの判断も重要です。それが「普遍的なニーズ」であるならば、「サービスの機能拡張」や「別バージョンの製品」であるべきだし、そうでもないならば、「オプション」で対応することで同様のニーズに対応すればよいのであり、そのいずれでもないならば、それは対応するべきではないニーズです。個別の対応を行ってそのあとのサポートまでフルで義務を負って、結果として人員もシステムも身動きがとれなくなり全体の進歩を阻害し、そのうえ顧客からは「対応が悪い」と非難され、属人化した業務の担当者の退職におびえている事例は枚挙にいとまがありませんし、品質管理やサポートまで含めて十分な品質とコスト低減を実現して利益を得るには、業務設計にも、トレーニングにも試行錯誤や習熟が必要です。その「生産性の悪い」部分を安い価格で一生懸命取りに行く会社のなんと多いことか…。ソフトウエア産業では幹の部分は外資にシェアを取られて、枝葉しか残っていないという実情も垣間見えますが、多くの場合で「生産性」を無視して、「当座の売り上げ」を追いかけている結果です。

「生産性をあげる」とは「やらないことを線引きする」こと

ここまで読んでいただいた方の中には、「誠意とか無理をしてくれたことへの恩義とか、こいつは感じられないのか?」と不快感を持っている方もおられるでしょう。あるいは、「中小企業の実情はそんなことを言っていては何も受注できないことをわかっているのか?」と思った方もおられると思います。

私の答えは、次の通りです。

「そのことを乗り越えられない経営者が率いる会社は生産性は上げられないでしょう。」

乱暴に聞こえるかもしれませんが、それを儲け主義と呼ぶならば儲け主義で良いと思います。その方法が品質を上げコストを下げるためには必要なことは明らかであり、市場は、偉そうなことを言っても結局はそちらを選ぶのであり、目前の「下手な交渉」に時間と労力を取られてはいけません。そもそも「売れる」ということは違法行為や虚偽や不十分な説明を行っていない限り、「それを必要としている人の役に立っている」と理解するべきです。持続可能な「相互にメリットがある」サービス提供を行うには、「奴隷的奉仕」ではダメなのであり、その勘違いが今の日本の低生産性を生んできたのです。そして、ここを乗り越えて、高い生産性を競争力に規模を拡大することが今の日本の中小企業の生き残る唯一の道です。

そして、もう一つ、経営者は「これをやるがこれはやらない」という「枠」を明確にする必要があり、これは経営者以外には決してできません。もちろん、その枠は、先ほどの例のように、「市場に対する洞察」が深まるにつれて、拡張される場合がありますが、その場合も理由とともに明確であるべきです。やる範囲が明確であり、限定的であることが繰り返し数を増やし、結果として知識や技術の向上、あるいは人材の獲得などでとても重要なのです。これなくして、部下に「効率化」「生産性向上」と言って失敗して、そして「うちには向かない」と自分の責任を認めないというケースが失敗のかなりの部分を占めるのです。

では、どうやって、「知識や技術は向上」するのでしょうか?それには重要なポイントがあります。「可視化」です。なぜ可視化は必要なのか?次回はその辺から話を始めたいと思います。

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