先日、知り合いの尊敬する自他ともに認める「起業のプロ」の出版記念の講演に参加してきました。彼の言葉には投資家ではなく、起業家として実務に携わって汗と怒りと、その他いろいろなものを感じながら実績を上げてきたからこその重みを感じました。その中で、彼の話の中でとても重要であり、そして私が貫けなかった点~それが私と彼の実績の差の原因でもあり、実力の差でもあると思ったのですが~がありました。「事業が立ち上がらない」という経験を人の何倍もしてきた(それだけ打席に立たせてもらった、ということはありがたいことですが)だけに同意できる内容がとても多かったので、今日はその講演を見て、自分の失敗含めて「起業のプロ」の役割についてお話します。
彼は新規事業には、高いレベルの「業務のプロ」と、同じく高いレベルの「起業のプロ」がチームを組むことが必要だといいます。そして、今回新しく聞いたのですが、「意見が合わない時は、『起業のプロ』が勝つというルール」にしているそうです。「だって、そうでないと、業務のプロが勝ったらただの既存業務になっちゃんだもん」と人なつっこい笑顔で彼は言っていました。
私の経験でも、新規事業を始めるにあたっては、その分野の知識や業務を熟知した人がどうしても必要です。もちろんそれは技術だけでなく、業界の競争の状況であったり、主要なプレイヤーや買い手であったりというビジネスの側面について詳しいことが必要です。もちろん、ネットの時代に3日集中すれば相当の情報は集まります。しかし、それはその「業務のプロ」と具体的な議論を進めるために必要なレベルであり、競争に勝ち抜くためのレベルはそこではありません。その業務、その業界で誰もが一目を置く、あの人だったら協力したほうがいいかもな、あのひとだったら成功しちゃうかもな、と業界の人から言ってもらえるような人。それが「業務のプロ」です。
ところが多くの企業はその当然のことを無視して、社内の人員だけで、あるいはいままでの付き合いの範囲の中だけで新規事業をやろうとします。それは「業務のプロ」を探すのが大変、ということもあるし、時には高いから合わない、ということもあるし、本当の業務のプロの力が事業を大きく広げることを見たことがないので自分たちでなんとかなるというバイアスに囚われる、というようなこともあったように思います。ただ、私を含め、多くの企業内起業が失敗する原因は、企業内起業だから企業内の人的資源(時には、あまり優秀ではない「余剰資源」)を使うことが前提になっていて、必要な人材を最初に揃えないことにあると思います。何かをやれ、と言われたらそれについて圧倒的によく知っている人を探してきて「仲間に引き入れる」ことがまず最初にやることであり、それが実現しないならば、その分野は他のいろいろな要素があったとしても着手するべきではないのだと思います。
というわけで私は独立してからは、中小企業、特に「工場」の支援を協力にできるよう、インテリアのプロ、紙のプロなどとの関係を大事にするよう心掛けています。
逆に、その分野のプロだけが集まっても、全然新規事業が立ち上がらない、ということも独立して他社をお手伝いするようになりいくつも目にしました。非常に優れた知識と関連業界でのネットワークを有しているのに、どう売るか、あるいはどう赤字を掘りどこまで耐えて、どこで挽回するかの勝負所を分かっていないため、適当に受託業務をやりながら細々と商品開発を続けているようなケース、あるいは逆にとことんモノづくりにこだわっているが、いつどこで誰がどう売り始めるかわからない、売るのは他人事のようなケース。こうしたケースはいつまでも立ち上がらないで、いつかはやめるかよくて他社に売却吸収されるか、という流れをたどります。
彼が講演で上げた例もそれに近かったのですが、専門家が作ったものを「顧客に提案している」と本人たちは真面目に思っているのですが、私の観点からは「それ、二けた少ないよ」というものが多くあります。専門家の方の多くは、「優れたコンテンツは口コミで広まり売れる」と期待しつつも(実際には全然知名度がないのでそんなことは起きないわけですが)、地道に丁寧に「すこしづつ」提案営業する、という道を歩みがちです。事業化のプロは、「勝ち筋」さえ見えたら、テレビCM,営業やコールセンターの大量投下、あるいは他社との提携・合弁による販路開拓など短期間で一気に拡大する方法を実施した経験があり自分でそれを実現できます。
私自身が立ち上げきれなかった数々の社内新規事業を振り返っても、初期にチームを構成する段階でどちらかに不足感がある状態でスタートしていることが最後まで響いているケースが多いことをお話を聴きながら改めて思い出していました。もっとも社内新規事業はほかにも難しい要素がたくさんあります。それは、「当該新規事業にとっての最適」と「親会社にとっての最適」が相違し、その間の調整が難しい、という問題です。私はむしろ常にこれに悩まされてきました。それについては機会を改めたいと思います。
彼はまた、「新規事業はほぼ死ぬ」とも言います。そもそも企画段階とテスト段階を通り抜けて本格的にチャレンジする段階に行けるのは、100のアイデアのうち、1でしかないと言っていました。そのため、「うまくいかない時に横柄な態度をとるような人とは組みたくない。一緒に楽しく苦労できる人、というのがチームの条件」だとも言っていました。たしかに・・・
私は社内に多くの人員を抱えてしまうとその人たちのために仕事を作ってしまい、本当の成功を追求できない、ということは常々感じていたため、現在はきぼうパートナーという看板を用いながらも、プロジェクトごとに必要な業務の専門家とビジネスの専門家が集合離散しているような形態を志向しています。私はその組成と初期プロセスと内部管理をやりながら、私では力不足のビジネスについては彼のような大物アントレプレナーを招聘するような形が望ましいと思っています。
実はこの形ですが、最近再会したある「接遇」のプロが教えてくれたものです。彼はホテルの接遇について海外で学び、日本に帰ってきて20年余り、日本の多くの有名ホテルの開業やリニューアルに当たって個人事業主でありながら期間契約や委託契約でホテルを渡り歩いてきました。そして、ホテル業界では、彼のような接遇のプロのほか、レストラン関係のプロ、調達管理のプロなどいろいろなプロがおり、大型ホテルのプロジェクトごとに必要なメンバーが結集して新しい試みを行い特徴あるホテルを立ち上げていく、ということが繰り返されているのです。もちろん、それだけだと不安定化しますので、彼は接遇研修をホテル以外の施設、レジャー施設や交通機関、変わったところでは図書館などにも行っているそうで、最近それを著書にされました。
今回お会いした「起業のプロ」はまた、こんなことも言っていました。
「終身雇用というのは、会社の寿命が社員の会社員寿命よりも十分長いという前提があって成り立つものだが、会社のビジネスも、会社自体もその前提が成り立たなくなってしまっている。」
私たちは、会社にいようがいまいが「プロ」として時代を渡り歩かなくてはならない時代を生きていることを思い知らされた言葉でした。