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「中国」が「旧態依然」を温存した?

今日は最初にグラフを見てください。(Y軸を不適切にいじったりはしていません。)

左が私がかつて暮らしていた中国は深セン市の法定最低賃金(青)と平均賃金の上昇傾向を示したものです。右は参考としてベトナムでの同様の資料を示したものです。実は、この深セン市の「平均賃金」は政府が発表しているものなのですが、深セン市の戸籍を有する人、つまり基本は大卒の「高給職」(企業の役職者)に偏っている傾向があるデータです。ベトナムの方は、JETROが毎年公表している各国の調査データを私が整理したものです。どちらも労務費は10年で倍以上になっています。

余談:なぜ、労務費は倍でも製品価格は倍にならないのか?

これは今日の本題からは少しそれてしまうのですが、重要な点と思い書かせていただきます。実際には我々の調達する製品の単価が倍になったわけではありません。もちろん、それは原価のうち労務費が占める割合がさほど大きいわけではない(製品により相違しますので、一律には言えませんが)ということもありますが、もう一つは労務費が上がると工程を機械を用いるなど変更して生産性を上げているからという面もありますし、製造業の淘汰が進み、生産性の高いところが生き残り、同時に生産規模が拡大することで固定費の共通化による平均コストの低減が進んだという要素も強くあります。つまり、産業の生産性向上が労務費上昇に伴って同時に進行しているのです。

このような合理化が実施しにくい産業、例えばアパレルの縫製工程は中国からさらに労務費の安い東南アジアや南アジアへの生産の移転が進んだ部分もかなりありますが、そうではない産業は大方のビジネスの仕組みをあまり知らない、中国に批判的な盲目的な愛国層の「いつか中国はダメになる」という期待に反して、中国は依然として、いやむしろこれまで以上に世界の中心であり続け、日本の地位の凋落は続いています。

私が初めて中国の製造現場に足を踏み入れたのはもう20年前なのですが、その時と今とでは全く様相が異なっています。確かに当時はたくさん人を並べて手作業で工作していましたし、不良も多く、生産管理体制もいい加減でした。しかし、数年のうちにはいずれも大きく改善していました。そして、多くの会社がなくなりより強い会社に統合されて行き、製造設備も労働環境も生産管理の仕組みや教育のしくみすらも、多くの日本の町工場よりもはるかに優れたものになっています。彼らは10年前、20年前と同じではないのです。その事実を見ないで中国を語っている事例があまりにも多く、そのことが日本が強くなれない一因であるとも思うのです。

そうはいっても、少しずつ~わかりやすい目途を言えば年数%程度~中国からの調達コストはやはり上がっています。そのくらいずつ、製品の単価もあがり、物価もあがり、給与もあがる(結局実質生活水準は大して変わらない)のが今の中国社会です。

本題:ゆっくり上がる調達価格こそ企業の変革を阻害している

今日の本題は、やっとここからです。私自身の過去役員をしていた会社もそうだったのですが、その他にも中国からの調達を強みとして過去10年~15年成長を果たしてきた会社というのが日本には数多くあります。

日本企業の中国進出は1990年代前半に少しブームがあり、その後中国のWTO加盟に伴い2000年代前半に再度ブームとなりました。そのころ現地に生産移転を行った担当者が日本にはたくさんいて、当時の中国流に悪戦苦闘して散々いやな思いをしたものです。その人たちは今では60~70歳の幹部となり、あるいはすでに引退される年代に差し掛かっています。「中国はとんでもない」論はこの人たちに源流を発しています。(まあ、確かに当時は私の記憶をたどっても確かにとんでもなかったです。)

そして、日本での製造との間に圧倒的価格差がありましたので、利益面では大きな恩恵を受け利益が増え経営が安定した会社もたくさんありました。そうして安定を得た会社は中国生産の維持管理のためにそこに多くの事務員を張り付け、営業や生産管理員は頻繁に中国出張に行き、生産管理といいつつ現地協力会社との会食三昧が「仕事」になり、その仕組みが長く温存されました。

それから15年ほどが経ち、経営は次の世代に引き継がれました。今、多くの会社で起きているように見えることは、次のようなことです。

  • 中国のコストアップがゆっくりと起きていることから徐々に自社の利益が圧迫され、それに伴いかつてはそこそこ良い給与水準だったものが徐々に相対的に優位性が薄れ結果として若手が定着しにくくなっている。また、会社も経営的にだんだん利益が上げにくくなっている。
  • 中国の低コストの恩恵で過去しばらくコスト改善の必要に迫られていなかったうえに、その立役者が経営の中心にいたため国内での各種合理化策が立ち遅れ低効率、高コスト体質になっている。
  • 中国での調達においても、より優れた調達先を探したり作り上げたりする努力をしばらくしてこなかったため、高コスト調達になっているだけでなく、調達先を調査し交渉する力量が失われて現状を維持せざるを得ず、交渉上不利な立場に置かれている。
  • そして、国内においても、現状維持状況が15年、1世代以上つづいたために「変える」ことが不得手な会社になっている。

中国進出という大きなリスクを乗り越えて成功の果実を手に入れたことで10年以上もの経営の安定を手に入れることができた会社が、それが故に社会の変化への対応に立ち遅れ、立ち遅れているだけでなく変化に対応できない体質の会社になってしまっており、今もう一度かつてのような変革を乗り切ろうと思っても、そのリーダーが社内にはもういない状況になっているのです。

処方箋は?

こうした停滞モードの会社への処方箋はもちろんあります。しかし、それは「生産管理の変革」ではなく、「変革を推進し、リスクを取って達成するものを評価・推奨する人事制度や業務推進(会議等)の仕組み」です。

中国企業がなぜ、どんどん進化するのか?の鍵もそこにあります。中国企業はほぼ全部が成果主義であり、成果が上がると給与が速やかに上がり、その代わり成果が上げられないと給与は下がり、やがて契約は終了されます。そのダイナミズムの中で「やったものが上に立つ」がきちんと実現されています。その中で、下の者が成り上がるためには、現状を変えて成果をより大きく上げるしかないのです。そして、それを受容する文化が中国にはあった(文化大革命の影響で高齢層のマネジメント層が少ない)し、金利、コスト上昇がそれを行わざるを得ない環境に企業を追い込んでいるということでもあります。

「中国での成功の復讐」に今あっている会社は実は、その中国的なるものをそうではない会社よりもよく知っているはずで、私が言っていることが彼我の差であることを現場は理解しています。しかし、その一方で自分たちが享受している、給与が減らないで雇用が安定した人事制度は40過ぎると居心地がよいですし、経営者は変化を起こしてトラブルが顧客に向けて、あるいは社内で起きたときのリスクを必要以上に恐れているし、中国はこんなにも負けっぱなしの国勢を目の当たりにしながらも「生産依頼先の工場」ではあっても学ぶべき競争相手とはとらえていない。

結局処方箋は書けても、「今治療を行わなければこの先の企業の存続を支える体力の維持に支障がでる」という強い危機感と使命感を経営者が持たなければ変えられないのです。冒頭のグラフはそうした会社に向けて「今すでにある危機」を認識してもらうために時々私が使っている資料なのでした。

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