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管理人員の「減らし方」

10月26日に「富士通が管理部門5000人を開発系研修の上転属し、適応できない人には転職斡旋」というニュースが流れました。富士通自身からは何らの発表はないので、いわゆる「リーク」のようです。富士通は直近の有価証券報告書では連結従業員数は臨時従業員(いわゆるパート、準社員)も含めると15万6千人の企業グループであり、5000人というのは平年の1年間に退職する人の数よりもかなり少ないでしょうし、5000人を一度に転属するわけでもないでしょうから考えてみればそれほど大きなインパクトというわけでもありません。ここ数年同社はカーナビ部門富士通テンの売却など、むしろ競合の大手SIに比べても果敢に選択と集中を進めてきたように見受けられます。むしろ、そうだからこそ、この管理間接人員の削減というところに手を付けるという判断をしたのだと思うのです。本当だとしたら、中長期の体質改善に相当の覚悟で臨んでいる、ということの証でもあり、決して株価には悪くないインパクトのIR的なリークなのかもしれません。ただ、「管理系等間接部門」と言われると心に迫るものがあります。

それでも…私自身も長く上場企業の小会社の管理部門の責任者をする中で、その千分の一規模の人員削減に踏み切ったこともあるし、されたこともあります。そんな中で目にしたこのニュースは「大企業グループの管理系の人ってあわれだな」という感じを自分も含めて持ったニュースでした。私が会社勤めを始めたのは、山一・拓銀ショックのあと不良債権問題が表面化した頃からなのですが、それから20年以上もの間ほぼそのすべての期間で在席していたすべての会社で管理部門は人員削減と合理化の圧力にさらされていました。最初のうちは業績が下降線、あるいは厳しい会社にばかり勤めているからだと思っていましたが、毎年最高益を更新している会社においてもやはり管理系は大幅な削減の憂き目にあっていました。そこには、ただ単に「管理は稼ぎも作りもしないんだから、常に最少人数でやれ」というありきたりの精神論とは別に、日本の企業、そして日本社会がこの20年余りの間に変容してきたことを色濃く反映する姿がありました。

 

■なぜ管理の人員は減らせるのか?

まず、なんで減らせるのか?本当に減らせるのか?ということについては、大企業の場合、中小企業と異なり本当に減らそうと思えば減らせます。その理由をいくつかご説明します。

  1. IT技術の進歩とこれに対応できる人員の管理職への登用が進んだ…

最近経団連会長が歴代会長ではじめてメールを導入して自分でメールで業務を行うようになって事務職員が感動している、という記事が読売新聞に掲載されて話題になりました。おつきの人が代わりに連絡を取っていたし、電話を取り次いでいた。それが当たり前だった、ということです。そういえば、私も2000年代前半まではようメールを使えない上司に仕えた時期がありました。このケースは正確にいうとメールが使えないのではありません。メール文面に素早く要件を箇条書きにして整理するというアウトプット自体が口頭や手書きでもできない、あるいは一日がかりの作業になるのです。そのためにその人がしゃべったりメモしたことを、「人に伝わる形にする係」が企業に存在することができたのです。誇張と思われる若い方もいるかもしれませんが、昔はそんなんでも運と年功序列で本社の部長、子会社の社長・役員になれたのです。

同じような例は、会議室の予約、あるいはスケジュール管理などにもあります。部長クラス、あるいは大きい会社になると課長クラスに、「営業事務」とかいう呼び方で多くの場合、メールやWORDの作業に手慣れた女子社員がついていて、こうした業務の代行をこなす、というのはつい最近まで日本の企業でありふれた光景でした。(いまでもある会社もいっぱいあります。)しかし、これらは、ツールに各自がきちんと入力していれば、個人がその場で1分で解決できる問題になりました。この状況はかなり早くシステム的には解決していました。しかし、それを十分に使いこなせる人がそうではない人を駆逐して組織を支配するには長い時間が必要でした。あるいは「部長は判断に集中しそうした雑用は女の子がやるもの」という封建時代の亡霊に囚われず、「自分でやれば一人減らせて業績値上がる」ということが正当化される状況にはなかなかならなかったものが、今その時が来たのです。営業や管理職の社員がその場で対処できることを代筆、代行していた「事務員」は不要になり、営業や管理職は素早くこれらを処理できることが会社にいる前提条件になった。これがマイクロソフトやサイボウズなどオフィスツールを提供してきた会社が目指してきた姿だったはずです。

私が知る5000億円企業の40代の社長、副社長はタブレットを駆使し、メールで(3行ぐらいの簡潔な)指示を送り、巨大なEXCELシートを見て自分で判断を即座に下していました。そこには、指示を受ける人員や実行報告書を提出する人員はいますが、「代行係」「説明係」はいませんでした。

 

2.内部統制の確立がIT技術により行われることに伴い、「例外処理」の許容が減り、ルール化が進んだ。

上場企業で内部統制ルールを強制適用されて10年あまりが経ち、この内部統制を実現するためにITシステムにて統制を行う、ということが制度として導入されたわけですが当初はそうはいっても、手書き伝票やら例外承認やらのフローが混在していて、それらの処理は人間が行わざるを得なかったのです。しかし、時間がたち、こうした統制システムも改良が行われ、あるいは2代目に更新される時期になり、社内の管理職も営業側も内部統制ネイティブ世代が役職者になるにつれ、「例外処理は悪」とみなされる時代が到来しました。これにより、単純性の高いものはシステムにて自動処理され、判断・認証部分のみを役職者が行う仕組みが実現し、自動処理されないルール化済みのものは、アウトソーシングすることが可能になったため、大量の事務員を連結内に抱えていることが必然ではなくなったのです。

 

3.資本効率、経営効率を重視することが当たり前の時代に

若い方は昔は当たり前ではなかったのか?と不思議に思われるかもしれません。しかし、大企業が今のように営業利益率、あるいはROE(株主利益率)を目標値として公に公表し、それを元に事業計画を立てるようになったのは、この10年ぐらいの出来事です。そして、この流れは、銀行を中心とした「株式の持ち合い」という仕組みが崩れ、株の買い手の中心が海外の機関投資家に変わり、もともとは銀行による間接金融が企業の資金調達の中心であったことが銀行のリスク過敏化と、企業の開発投資の巨大化のため株式市場での直接金融にシフトしたため、投資家の圧力が以前よりも高まっていることが背景にあります。

各社の経営企画部門と話すと、「分母の話を考えなくちゃいけなくて」という話をよくされます。利益額がさほど増えない中では、より少ない資本、資産で同じ利益を上げることが求められていて(本来は成長志向がその前提になければいけないと思うのですが)、その中では保有資産を減らし、固定費を変動費化する「アウトソーシング」という方法が正当化されるようになった、ともいえます。私が仕えた2000年代の社長ならば、これらを「守るべきものを分かっていない」と唾棄していたものが、今や「必要な手段」になってしまったのです。

 

そして、そのアウトソーシングを前提に、出張も車両管理も、ビル管理も、あるいは社員との雇用契約、採用、いろいろなものがサービスとして確立され販売されるようになり、これらの会社は専門的知識をその業務に対して有し、かつ会社ごとの特殊な要因を排除した一般的な方法(USUAL Practice)を「ベストプラクティス」であるとして販売する流れがこの10年あまりに進行しました。さらにそれらが数百万円単位のオンプレミスシステムだったものが、クラウド化され一人数百円/年という形で変動費として利用できるようになったため、これに業務を当てはめてしまうことにより、今度は総務、人事だけでなく、情報システム部の業務も減り始めたのです。21世紀もはじめのころは社内にUNIXサーバーがあり、UNIXの知識のある人が本とにらめっこでメールシステムやファイヤーウオールを運用している中小企業はいくらでもあり一人しかいないUNIX技術者が辞めたらどうするという問題があちこちで噴出していましたが、今そんな会社はもうありません。

 

他にもいろいろな要素はあると思いますが、このように、管理部門、間接支援人員の削減という流れは「業績」「景気」によるものではなく、「時代の流れ」である、と言い切ってよいと思います。そうであるからこそ、この新しい構造にいち早く対応することを決断する会社が出始めているのです。今回は富士通がたまたま名前が出てしまいましたが、年商3000億円、グループ1万人を超える規模感の好業績企業では実は、管理人員の大幅削減という流れはほかにも果敢に行われていることである、ととらえるのがむしろ正しいと考えます。

 

■管理業務はどうすれば減らせるのか?

 残念なことに・・・私はこれに結構な実績があります。あんまりやりたい仕事ではないのが正直なところですが、業績の厳しい歴史ある中堅企業ではやらざるを得ないのも事実です。

 どこに目をつけるか、というと大きく分けて三つあります。

・一つ目はホワイトカラーの生産性には(これは管理だけでなく、営業でも企画でも)個人により大きな差がある、という点です。工場のように2倍程度というような差ではなく、できる人はすぐできるが、できない人には永遠にできない、というレベルの差があります。それを前提に10人でやっていることをシステム導入∔上位3人でやる、そこからはみ出す業務は削減するということを考えます。

・二つ目は、例外を排除し「自分でやって」を徹底するということです。より率直にいうと、「総務の女の子がいつも親切にしてくれる」という要素は捨てて、「業務フロー」に徹する、業務フローの構築・周知・監視役として存在するといえばよいでしょうか。

・三つ目は、多くの会社で今やっている業務のうち、本当に会社にとって必要なものは実はそんなに多くない。人がいるからそのためにある、という業務はたくさんある、ということです。これは営業でもそうです。実は「赤字」の業務、というのはどの部門でもかなりあります。総務においては、それは「なくても営業が自分で解決できる」か、窓口だけすれば「外注できる業務」です。航空券も新幹線も仕組みをネットで用意してそのあとは、各部で自分でやればよく、「手配が遅れて困ったら自己責任」と言い切ればよいのです。でも、だいたいが20代、30代はすぐに対応できて、対応できないのは、50代、60代です。

あえて過激な言い回しをしましたが、「業務」はそのように縮小し、そのうえで、会社のバリューを高めるであろう、採用、広報、資金調達などにプロ人材を保有していく、というのがこれから10年の流れです。

 

■大企業の管理の人はどうすればよいのか?

私もそうであったように、大企業の管理部門の人は自分でこれから65歳、あるいは70歳まで(そのくらいまで年金遅らせるので自分で稼げ、と最近政府も本音を出すようになってきたので)の道を選ばなくてはなりません。もちろん、採用、広報、ファイナンスなどで専門性と人脈を高めて企業の「利益拡大」に貢献できれば一番よいですが、それができる人、というのは決して多くない、というのも事実です。また都合の悪いことを大胆にも突きつけてしまいますが、管理部門は(もちろん、それぞれの本当のプロフェッショナル人材というのもいるのですが)、「営業も開発も大してできなかった人材が回されている」という実情は規模にかかわらず相当範囲であります。日本では解雇や賃下げが簡単にはできないため、どこかにそういうセカンドライン人材を活用する部署が必要になってしまっており、それが顧客と直接関わらない管理系の総務事務、庶務、伝票整理系事務や設備管理、ということになっているのです。

一つの道は、営業に転身する、ということです。営業は管理に比べても、まだまだ当分なくなりません。ルールの範囲内で売りさえすれば、基本的に年齢性別の差別がない世界です。私自身もそれまでもSE的な営業や店頭営業はやったことがありましたが、40代になって本格的に全国を飛び回る法人営業に飛び込み、月の1/3を出張するような暮らしをしばらくしていました。営業は楽ではありませんが、知識だけでなく全人格的、あるいは教養という部分が生きる要素も多分にあります。そして、外部に多くの知己を得ることもできるため、その後さらに、辞めなければならなくなっても(今の私ですが)、そのネットワークが(皆から役に立つ人だと思われていれば)また役に立つときがやってきます。死に物狂いで数年営業に携わる、というのは私の体験談上もお勧めです。

もう一つは中小企業で必要としているポジションへ移る、ということです。ただし、中小企業では、管理部門といっても一人で何役もしなければなりません。統制の仕組みも緩く、自分で柔軟に、かつ迅速に対応しなければなりません。その仕事の進め方が全く違うことには切り替えが必要です。そこに大企業ルールが正しい、という態度で臨むとトラブルを抱えることになります。ただ、この方法は一つ難点がありまして、中小企業では管理のポジションというのは基本充足していて追加募集が少ないのです。というのも、営業に若い人を入れてその人が育ったら、営業から管理にその上の世代から営業よりも管理が向いているような特性の人を移す、というようなことが中小企業では多く、また組織が小さいので管理部門でも営業のことを十分知っていることを求められるからです。

もちろん、中小企業でも規模の拡大を目指すところでは専門の財務企画や広報、採用のスキルを持つ人を求めている会社はあるのですが、そういう人は元いる会社でも手放さないで囲い込む人である、というのもまた残酷な事実です。

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