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できる上司が社員を辞めさせるわけ

これも前回までの「退職者をめぐる話」に関連するお話で、最近少なくとも4つの会社で目にした、「よくある話」です。

前回はこちら

どの会社にも部長(たいてい45歳以上)とは別に、主力業務の現場のエースというのがいます。たいてい顧客に受けが良く、数字を作れる人です。このエースに若手(といっても40代だったりするのですが)を採用したり異動したりしてつけても比較的短期で退職してしまうというのです。これが1社だけならば、その会社の問題ともいえるのですが、これだけの数の会社で発生しているとなると構造的なのではないか?と思わざるを得ません。

この問題の処方箋としては―弊社の主業務の一つなのですが―こんなことを実施しています。

  • 部門内の業務をすべてリストアップして業務量を大雑把に把握
  • 業務量の多いものから、「業務」をインプット、アウトプット、そして作業フローに分解し、インプットはチェックリスト、アウトプットは自己検査リストと、社内の検収基準を明らかにする。事例を例題として保存する。
  • 作業フローの個々の要素について手順と必要スキルを明らかにする。中間生成物とチェック基準、例題を整備。
  • 必要スキルの有無の計測方法、評価方法を決めて、測定する。
  • 中途採用基準と、入社時研修カリキュラムを決める。
  • 初期の分業の仕組みを作る。

業種や業務が異なってもだいたい、これで「分業(アウトソーシング)可能」で「持続可能」な仕組みは構築可能です。この手順を書き留めることやスキルを抽出するという実際の作業は、慣れない実務担当が実務が忙しい中進めるのは無理であり、インタビューや録音などで弊社が形にするお手伝いをします。

しかし!本題はここからです。

この作業は丁寧に進めれば2,3か月で形になります。しかし、それで退職が減るか、その前段で採用が楽になり残業が減るか?というと問題はそんなに簡単ではありません。それは問題は多くの場合、その手順ではなく、「上司」とその先にいる「顧客」にあるのですが、そこが何も変わっていないからです。その「上司」が本当に変えたいと思って、まず自分の過去の経験や常識を捨てることができるならば、成功できるのですが、そうではない場合には、「上司を変える」ことが必要ということも少なからずあり、そこを経営者がやりきれない場合にはプロジェクトはここまでです。

どういうことかというと、「誰もができる仕組みのために業務を可視化し文書化する」ということについて、「上司が納得しているか?」というと、やむを得ずやってはみるものの多くの場合、本人の心の奥深くでは納得していません。それは、大きく分けて2つの原因があります。

一つはマニュアル通りにやって出来上がるものが、マニュアルを徐々に改良したとしても、その上司やかつての習熟者が「社内徒弟制度」と顧客に昼夜密着して相互理解の中で出来上がるものに比べて、細かな点では劣ること、そしてそのようなアウトプットが「真心がこもっていないダメなもの」と思い込んでいるからです。つまり、一定の検査基準に合格したものではなく、気力体力の限界までプロダクツに神経を注ぎ込んだものでなければ、顧客は満足してくれない、と言っているのです。これは昔は本当にそうだったのですが、今は必ずしも当てはまりません。顧客の側も若い世代に交代して違いがそれほど判らないし、気にしないケースも増えているからです。

もう一つはそのような80点~90点のプロダクツが部下から上がってきたときに、細部をチェックし修正指示を的確に行い、同時に修正箇所をマニュアルに追加する作業を行うことこそ上司の仕事であるはずなのですが、実際には現状のフローは上司も一営業マンであり、これまでもほとんど上司のチェックを経ておらず担当者が顧客の部下として作業していたので、そのような品質管理の仕事が自分の仕事であると認識していないということです。当然、このケースでは労務時間という「コスト」管理はできていない(納期の管理は顧客がしてくれている)ので、顧客の指示により無限に時間をかけることが正とされます。これがさらにひどくなり、実務がわかっていないような場合には、上司はここでチェックと合格の責任者になると「てにをは」「書式」を直すという行動に出ます。(こういう人はもういらないということを示しているので、ラインから外すべきなのです。)そして、そんなこと忙しくて「できない」(実際には中小企業のたたき上げ管理者は多くの場合で十分実施する実力があり、本当は「したくない」です)といって変えることを嫌がり反対勢力に回る、という構図が生まれます。

なぜ、「仕事のできる」ベテラン上司がこんな行動に出てしまうのか?私も30歳ぐらいまでは不思議でした。そして、今は一つの結論に至っています。そして、このことこそが日本の女性活躍や生産性向上を妨げる根源的文化だと考えています。それは、「社員は、仕事の奴隷であるべき」「発注先は自社の奴隷であるべき」という「奴隷文化」を特に40歳以上の男性は、学校や部活、と若いころの会社で精神構造の奥深くに植え付けられているということです。そして、「不効率で寝ないでやったし、赤字ぎりぎりなんだから買ってください」とプロダクツの優位性とは別のアピールで営業しているのです。つまり残業は売るための方便。そのために発生する過剰品質によるコスト超過は労務費の抑制(サービス残業)で制御することが常態化しています。

そこに、大学以降の不勉強が重なって、「プロセスを分解して、個々の単位で品質と生産性をチェックして全体をコントロールする」という「システム改善(製造でも社会科学でもこの考え方は共通)」のスキルが身についていないし、組織をグロースさせた経験がないので、一般化という作業を経験したこともない人が今の管理者なのです。そういう人が柔軟性を失う40代に突入するとこうなるのです。

さらに、「自分がこんなに犠牲になったのだから、次の世代も犠牲にならないと自分だけが損した気分で腹が立つ」といういじめの論理がそこに加わります。それを彼らは、「世の中そういうもの。あたりまえ」と決めつけることで自分をごまかそうとします。しかし、今の30歳以下は、「あなたは生きている価値がある」「すべての人はお互いに尊重されるべきである」という教育を受けており(教育の主眼が昔とは大きく変わっており、昔の「兵隊養成」的な教育ではなくなってきています。)かつ「職場はあわなければ再選択してよい」という常識を有しています。その教育の大きな変化にすら子育て参加していない父親である上司は気づいていません。多くの「できる上司」がパワハラを指摘され、自分ではそのつもりはない、自分はそうやって技術を習得してきた、というものの正体はこの時代認識のずれなのです。

ですからこうした「できる上司」たちは、「辞めてしまって困る」といいつつ、「自分と同じ苦しみを味合わせることができてうれしい」し、「辞める奴は自分と同じ苦しみから逃げたやつ」ということで自分を納得させていますので、自分で改善するわけがないのです。これは低学年時のいじめられっ子が中学に入るといじめっ子になる、あるいは虐待を受けた子が親になるとわが子に虐待を止められない、というのと同じ構図です。簡単に言ってしまえば「病気」です。

このような精神構造の上司がいる中では、分業も、チェックリストによる合格基準の明確化も女性の活用も残業0も実現できるわけがありません。彼はそうしたら、自分が自分でいられない、自我の喪失を恐れているのです。

時代は変わった、よりインパクトのある言い方をすれば「日本の働き手に対する人間観は進化した」ので、それにあわせて会社の幹部の「労働観」も変えていかなければ、維持困難な状況になるのは当然のことです。そして、その上司が変わらなければ、会社は上司を変えるほかありません。より時代に即したリーダーシップをとれる人にです。そこに、「その人が仕事ができるから」というような価値観は必要ありません。そうしなければ、昭和生まれが5人でやっていた仕事を平成生まれが20人で行う作業に発展させることはできず、5人が0人になるまで、じり貧の道を進むことになります。あなたの職場の「じり貧感」はこれが原因ではありませんか?

最後に立ちはだかるのは…

しかし、ここで「できる上司」の問題が改善してももう一つの課題が残っています。それは、「顧客」です。多くのケースで、上司以上に「顧客」が高圧的で一方的で、上司でもないのに命令し奉仕を当然視しています。そして、顧客もまた同じ価値観の中で育っている中年男性であることが多い。その中で「契約を整理して検収基準を明確化する」などということを現場が営業的に言い出せるわけがないのです。社内のことは社長が変えられますが、顧客は変えられないし、お金をもらうためには、土下座もしなければならないのが社長です。

究極的には、顧客側で発注者が若い人に入れ替わるか(顧客にも同じ事情があり、同じ経営者の悩みがあるので)、顧客を変えるかしかありません。ただし、SNSやPRで間接的に自分たちの変化を伝える(直接は言わない方がいいでしょうね。同レベルの「仲間」でないとそういう人たちは発注してくれないですから、説得できるなどと思わない方が良い。)ことでこの二つを促進していくことはできると思います。

とはいえ、この「顧客」の問題はそれほど深刻には受け止めていません。実はこのような変化は、大きい会社の方が先行していて、中小企業の方が遅れているからです。毎年新卒採用を行っていてそのための受け入れ側の教育も行われているような会社では、変化が必要であることを会社が公式に認めており、それが人事評価の一部に組み込まれているケースが多くあります。そのため、大企業は徐々にこの変化に対応しつつあり、多くの中小企業では「顧客」の方が先に変わりつつあるのです。

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