特に補助金申請に関連する事業者で目につくのだが、事業者が作り上げた「計画」が単なる数字合わせであり、もっと言えば、税金で何かを買うためのつじつま合わせであり、実現可能性がないだろう、と思うことが多くある。もちろん、私は遠慮なく相手の経営者にそういうのだが、当然、相手はムッとする。
そのムッとされるうち、一部は補助金目的の計画であることを阿吽の呼吸で見逃してくれることを期待している確信犯なので、大人げなく対応することで、そこから先の仕事は来ないことをこちらも積極的に選択している。スポット業務はやるつもりはないので、遂行するはずの「事業計画」の段階で合意できないものを関わっても、ずっとお互い相手に対する不満を引きずるだけだ。
ただ、一部には、本人は本当に実現可能性があると思っていて真剣に考えて作られていて、私と見解が相違するというものもある。これは、大人げなく対応して済ますような話ではない。事業者の方が私よりも、その市場についてより深いインサイトを持っていることはもちろん多くあるし、私がかなりの慎重派だという自覚もある。こういうのは、メールやZOOMで済まさないで直接会いに行って経営者のお考えを「教わる」ことが必要である。
その中で、事業者と私との間での「見解」の決定的な差となるポイントがいくつかある。そして、事業者に追加検討をお願いし、まともな事業者ならば、時間がある限りそこを補強し、あるいは社員とミーティングをして対応を検討してくれる。事業計画は、書面が大事なのではなく、最初とやりながらのその補強、補完のプロセスが大事なのである。
これは補助金だけでなく、「新規事業」を考える上で重要なことであるので、ここで何点か整理したい。
1 「競合のいない全く新しいサービス」とは「市場がない」サービスである。
いきなり、身もふたもないことを言うようだが、もっともらしく「ベンチャーは今までにないサービスで新市場を攻めるべき」という人は信用しない方がよい。「今までにないサービス」とは、「誰も必要としていないサービス」である可能性が高い。
そして、その次に事業者が言う言い訳である「必要としている人にきちんと説明すれば、きっとわかってもらえる」という期待も「過信」である。
誰もそんな説明をゆっくり聞いてはくれない。直感的に、「これに使うあれ」「いままでよりも便利になる、あるいは今までよりもだいぶ安い」という理解が話し始めて1分以内にできるようなものでないと途中で理解の作業を中断してしまう。
「誰がそれを必要としていて、今、それに毎月いくらぐらいのお金と時間を使っているのかそこの何が不満なのか」をこのカッコ内の長さで書けないものはそこから先を検討する意味はない。
2 ちょっとの優位性では誰もスイッチしない
これは、法人向けに営業をしたことのない人が陥りやすい誤解である。「優位性が明確」ならば、サービスを自社に切り替えてくれるだろう、と思い、「それが説得できないのは営業がバカだから」と非難する。しかし、いったん使い続けたサービスはよほど大きなメリットがない限り、社内を調整してまでそう容易に変更するものではないし、そのメリットが価格の問題であるならば、今のベンダーに、新しい会社が持ってきた値段をぶつけて交渉すれば、多少は譲歩を引き出せると事業者は思っている。聞いたこともない会社のサービスが多少安くても、いままでつかっていた「とりあえず大丈夫」なサービスの方を選ぶのは当たり前のことであるのに、自分のサービスだけは例外だという計画を立てている。
つまり、「優位性が目立ってあるセグメント」(このセグメントは思った以上に小さい)か、「大きいセグメントで数を当たるが、確率は低いことを覚悟するか?」のどちらかが明確に、開拓方法として意識されていなければ、実現性がないことになる。
この説明をして、「どちらですか?」と聞くと、多くのケースで経営者は言葉に詰まる。
3 獲得コストを甘く見すぎ
これも非常に多い誤解である。適当にGoogleに広告を出せば、メールで問い合わせがたくさん来る、と誤解している。今までそんなことがその会社にあっただろうか?今までと同じ程度しか来ないと考えるのが自然である。
リアルの世界と同様、ネットの世界も最近では、大資本、歴史ある企業でないと上位で想起してもらう(ネット検索で上位表示される)ことは難しい状況になっている。昔のように単純にキーワードを盛り込めば上位に表示されるというものでもない。
キーワードを組み合わせて、大きく絞り込めば上位も望めるのだが、ユーザーの気ままな絞り込みで上位に行くのは大変なことであるし、そこを広く構えようとすると、膨大な広告費を継続して出費してアクセスや問い合わせへのコンバージョン実績や外部からのリンクが蓄積されることが必要である。それでもなお、近年重視されるドメインの古さやコンテンツの多さという点では中小企業はかなわない。
これは、直接訪問や電話で営業する場合でも同じである。というより、消費者が対面営業での選択するロジックをGoogleはネットでも再現するようになってきた、と言った方が実態に近い。リアルで泡沫ならば、それと同じことをネットでやってもやっぱり泡沫である、というのが今のロジックなのである。
2でも述べたように、「確率」は概して低いという事を見落としがちである。では、代理店制度を作れば、そこはコストダウンできるかというと、結局儲からない代理店に営業を強制することはできないため、成約コミッションを代理店の人件費を賄える程度に十分高い水準にする必要がある。
時々、「代理店手数料は、できれば10%にしたい」と言い出す人がいるが、これは全く代理店制度を理解していない。代理店制度は、「代理店がその商品を扱って、きちんと担当する社員が食っていけるだけの収益が上げられる料率と、支援制度」が必要なのである。
こうしてみていくと、新サービスを1件成約するために必要になるコスト―広告宣伝費、営業費、販促費等-が、一般の経営者が思っている以上に大きくなる。どのくらい、ということは一概には言えないのだが、それでも計画段階で完全に詳細な方法まで詰められないことも多いので、私は大雑把に、「立ち上げ当初は売上の半分近くは獲得コストに掛ける計画にする」ことを推奨している。
このくらいの水準に耐えられる事業計画、投資計画にしておけば、いろいろな営業施策を試すことができる。逆に、10%程度と適当に置くと…いざ始めてみて不振でも追加で何もできないので、売上は低迷したままになる。あるいは販促費は他事業の利益か、赤字・借入で賄うという危ない方向に進まなくてはならなくなる。中小企業では、こういう道をたどる「新規事業」がとても多く、数か月で取りやめになるような事例も多い。
4 獲得できる市場シェアを大きく見すぎ。営業範囲を大きく見すぎ。
「ネットだと世界に営業できる」と思い込んでいる人がいるが、ネットでも、特にサービス初期には、同一地方内に限って開始することをお勧めする。どうせ最初はサービスも商品もトラブル続きなので、電話して、訪問して、手作業でフォローして…と全然効率的ではない仕事の仕方をせざるを得ない。その中で、サービスの改善速度を速めるには、近隣だけを対象にした方が効率的である。
もちろん、営業上も地域がまとまっていることにより使える広告手法(メディアや看板類)や営業手法(訪問、地域の有力企業との提携等)もあるので対応が取りやすい。ただ、そうすると、市場の「母数」は減る。だいたい、どんな財・サービスであっても、首都圏であれば、シェアは全国の25%前後あるので、何とかなるのだが、これを地方で議論すると、結構小さなマーケットを対象にせざるを得ないということになる。
そして、そのマーケットの中でシェアをどのくらいとれるのかということを試算の根拠として持つ必要があるが、そこで、平気で10%、20%とれると思っている経営者がずいぶんと多い。今のあなたの会社のサービスのシェア、そんなにあるんですか(それがあるのだったら、それに足る商流や既存顧客がいるという事でありそこを生かす方法を考えればよいのですが)、と確認すると、だいたい、どこも実際にはシェアは1,2%程度である。
多分、新サービスを頑張っても、1,2%。数年間うんと頑張っても5%です。それは、既存の市場では、多くの強い競合がいるし、「新市場」では、会社やサービスの存在自体が認知されることが一番大変であるし、認知されても必要性が感じられないからである。
だからやらない、というのではない。1,2%というのは、日本の都市部では結構大きな値であり、この水準でもきちんとなりたつサービス構成であればよいし、だいたいの中小企業がやっているサービスはそんな感じである。それなのに、新しい事業企画を立てるときには、「次は自分に奇跡が起きる」というような計画を平気で立ててしまうのである。
中小企業が快進撃を成し遂げる奇跡は、たまに起きていて、そういうことはメディアに取り上げられたりするので、よくわかっていないビジネスマンや一部の経営者はそれが「お手本」であり、自分にも「ビッグチャンス」が来ると思いがちである。だが、めったにないからニュース性があるのである。
現実には普通の会社で可能なのは、「地道な1%の積み重ね」でしかない。そういう事業計画でないと、「絵空事」なのである。