そもそも価格はどうやって決めるのでしょう?メーカーや卸、小売りではどうしても、「原価に必要利益を乗せる」という考え方が基本にあります。まあ、原価を割っては給料は払えませんから、それは間違ってはいません。
一般には、「市場で売れる値段で値付けする」というのが正しいです。この考え方に基づけば原価が50円でも1万円で売れるならば売ればよいし、原価が1万円でも50円でしか売れないならば、50円で売るしかない。
当たり前のことなのですが、実際見てみると、「仕入れ値に〇割乗っけて値段を決める」という会社はずいぶん多いものです。というのも、「市場でいくらで売れるか?」を調べる方法がわからないからです。BtoBの専用品的な部材だと競合がないというケースもありますが、多くのサービス・製品には先行する、シェアの大きな競合が存在しています。中小企業にとっては、その「価格」が市場で売れる価格の基本です。そして、その価格は、BtoB商材であっても、ネットで比較的簡単に調べることができるようになりました。
もちろん検索で出てくる価格は、古い情報の時もありますし、いわゆる「定価」で実際の取引価格はそこからずいぶん下ということもあるので、注意は必要ですが、それでも昔に比べればだいぶ調べやすくなりました。
というわけで、市場価格を決めてそれにいったんは合わせてみるというのがまず最初に考えるべきことです。もちろん、「高く売れないか?」を考えることは大事なのですが、どんなに一生懸命、見た目でわからない小さな価値の差を説明しても、類似機能を持つものが安く存在すれば、そちらに需要が流れるのが常です。見てすぐわからない差など存在しないのと同じことです。
そして、その値段が原価との関係でどう工夫しても実現できないならば、その商品・業務はやめるしかない。現場は頑張りたがりますが、ポイントを見出し慣れていないと原価を大きく下げるということは難しいもので、5%、10%を下げることに膨大な時間を費やすことも多くあります。何より現場からは、「人を減らして原価を下げる」という意見が出てきにくいため、劇的には下がらないのです。そこは経営者が適当なところで見切ることが重要になってきます。
ところが、この辺の原価の捉え方と下がる余地に対する考え方がしっかりできていないと、大きな過ちを犯す恐れがあります。私は過去2度、上司のその類の間違いを指摘しても変えてもらえず、社の運命を左右するような誤りを正せなかったという経験があります。どちらも、上場企業の連結子会社で、判断したのは、「一部上場企業の事業部長級から天下った人」です。理論を自分の会社で起きている現象に的確に適用することは高いスキルが必要なことではありますが、それでもそんなレベルなんだ、ということだけが教訓として残り、今の仕事につながっているわけですが…
というわけで、前置きが長くなりましたが、「価格を原価を下回っても下げていい時もある」、というのが今日のお話しです。大きく分けて次の2つをお話しします。
1 膨大な「固定費」をどう理解するか?
経営者が今から手段を決断しなければならない目標は、「これから手に入る現金を最大化する」ことです。過去のことは関係ありません。過去にどれだけ投資していようが、先代が情熱を注いだものであろうが、多くの社員や顧客に愛されている商品であろうが、これから先に1円も生まないならば、続ける価値はありません。鉄道ファンにしか愛されない地方ローカル線のようなものです。
その中で機械、社員は数年という長いスパンで考えれば変動できる部分はありますが、短期的には減りません。機械は買ってしまえば減価償却費という形で費用は一定額が発生し続けますし、リースではなく、買取ならばすでにキャッシュは支出済みです。人員も同様です。
しかし、中小企業の経理部が出してくる「原価計算」は、こうした固定費と変動費、あるいは減価償却のようにすでにキャッシュアウトした項目とこれからキャッシュアウトする項目をきちんと区分していません。特に製造業であれば、「決算上必要な制度上の原価計算(経理システムに入れるとでてくるもの)」しか経理担当者は行わない傾向が強く、「経営判断に必要な原価計算」とは異なることを知らないか、知っていても「システムででないものはやれない(やらない)」という態度をとることが通常です。
結論から言えば、「生産を1単位増やすのに必要となる追加的なキャッシュアウト(わかりやすくいうと、そのための原材料費や仕入れと水道光熱費)額」を上回る単価で販売すれば、短期のキャッシュフローは改善します。その状況で、稼働率が100%近くなるときに、収支がプラスになる単価を設定すれば、最終的には、黒字になりますが、最初の段階では、原価計算上は、「赤字受注」です。
なぜこんなことが起こるのか?を説明するとそれだけで2回分の記事になるので、ここでは省略しますが、稼働率差益、差損というものを肌感覚で理解している方はこれがすぐわかると思います。それが、どうしてもわからないという人がいて「赤字ならばやめてしまえ」という事業判断力のない人が経営者として親会社からやってきた、というのが私の経験なのですが…
ちなみにそれをどうやって計算するか?は結局一年分、伝票単位で再度集計し直す方が近道のことが多いと体験上感じています。それを言うと、そんなことできない、という高齢の経理担当者が多いというのも中小企業の経営のボトルネックになっているケースが多いと思います。そういう時は私がやります。3日で概略は何とかできるケースが大半です。
2 顧客の生涯価値をどうとらえるか?
もう一つの赤字でもやるべきケースは、初回は赤字だが、2度目以降、リピートでの収益が見込めるケースです。ただしこれを説明すると、「収益が見込める」=「解約違約金や次回課金期日などが契約でキチンと明確化されている」というようなルールを設けないと、全然次回など見込めないのに、調子に乗って、「リピートがある」と主張してごり押しする営業が出てくるので、社員にこの説明をする方法には気を付けてください。
わかりやすい例としては、携帯電話やネット回線を切り替えると、「5万円キャッシュバック(最近では携帯電話は少なくなりましたが)」というような数か月~10か月分程度の利用料に相当する還元がされる販売方法があります。なぜこれが成り立つかというと、過去のデータからその金額を上回る(おそらくは倍以上)売上が平均すれば1顧客から得られることがわかっているので、獲得のためにコストをかけても、あとから回収できると見込めるからです。
いわゆる「サブスク型」商材で解約率が十分低く、利用料単価が維持される見通しがある場合には、この方法が有効です。たとえば、一般家庭の電気、水道、ガスなどはなくなることはありませんし、ネット回線もそれに近いでしょう。あるいは、生命保険や駐車場契約なども継続する動機が非常に強いものです。
ただし。この「獲得コストをかけてでも、継続顧客を獲得する」という方法は、十分気を付けないと計画倒れになります。実際、こうしたビジネスモデルを打ち出して上場を目指したものの、うまくいかなかったという事例は多数あります。その理由はいくつかありますが、価格設定に関する部分では次のようなものがあります。
そもそも顧客の生涯価値なんて計算してみたこともないという会社も多いでしょう。ただ、多くの中小企業の社長さんと話してみると、「紹介料なんて10%、20%払えば相場でしょ?」という思い込みが色濃くあるように思います。この「紹介料」「代販手数料」というのは、獲得コストの最たるものですが、10%でも相手先がどんどん動いて獲得してくれればよいのですが、相手にとっても十分な利益がなければ相手は動いてくれません。その辺は以前のこの記事でもご説明しておりますので、ご参照ください。
価格を下げる勇気
もちろん、価格を下げると利益は激減するわけです。売価が100円、原価が50円のものを、2割引きにしたら、利益は50円から30円に4割も減ってしまいます。原価が70円ならば、30円から10円に1/3になってしまいます。だから、経営者が価格を下げることに慎重なのはよくわかります。しかし、2度目に買ってもらえる仕組みづくり。そして、社内に余っている資源を使って売っていくことの2つができるならば、そのような単純な計算とは別に、「下げた方がよい」局面を生むことができるわけです。
また、「下げればその分数量が増えるのか?」(需要の価格弾力性)ということも、よく考えなければならないことです。その点については、次回に少しまとめようと思います。