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値段に関する思い込み 中小企業の価格論①

『マーケティング』とは「広告宣伝」のことではありません。商品自体、価格、流通経路、そして広告宣伝策をうまくMIXして、「売れる仕組み」を実現する様々な施策全体を指します。中小企業の経営者の方とお話ししていると、小売りや飲食などのC向け事業では、それなりに意識されていることが多いものの、製造、卸やソフトウエアサービスなどではそうした意識が希薄で、たいていは、「大顧客様が〇〇と言っていて…」と主導権を奪われた状態で現状に汲々としていることが多いようです。その中でも、「価格」については、「大顧客の指値」「競合との競争」が理由で下がる一方で上がらない、という状況を変えられないことが常態化しています。

もちろん、空論を振り回しても意味はなく、その現実は踏まえざるを得ません。しかし、そこで何かをやるのか?が大きな差を生みます。新年最初のシリーズは、その「価格」について、根拠のない「付加価値追及」でもなく、社員を犠牲にしての忍従でもない道を探ることを何回かに分けて進めたいと思います。

あらかじめ申し上げておきますと、これまで特集してきた「オペレーションエクセレンス」や「ジョブ型雇用」と異なり、この問題には私としても解答はありません。ただ、考える材料を提供していくことになると思います。

今日は最初に、そんな価格をめぐる「経営の光景」からいくつかをご紹介!あなたの会社にこんな状況はありませんか?(例示のケースは、わかりやすいように記載しており、実際のケースとは相違します。)

①価格設定は面倒だから

 ある会社のEC部門では、仕入で人気用品を販売しているのですが、その中のダントツ人気商品を競合が3798円のところ、自社では同じ商品を3300円で販売していました。その一方で、各ECモールでは月に1,2度何らかの銘を打った「セール」が実施されていますが、その時、競合は2980円に価格を下げてきますが、その会社は3300円のままでした。

 実は、この3300円に至るまでには、担当者には、競合を見ながら利益を確保する大変な試行錯誤があったのですが、毎日価格チェックして価格を変えるほどのマンパワーも自動化投資の余地もないということで、とりあえず安定しているこの価格に据え置いて、1年余りが経過しました。

 この会社の経営者は、EC以外の成熟した本業での体質改善を意識して、利益「率」への意識を持つように各役職者に強く求めていました。しかし、成長セクターに位置付けるEC事業に別のメッセ―ジを発するということはしていなかったため、担当者は、値下げもせず、さりとて競合付近まで上げた後で競合が下げたらまた作業をしなければならなくなるため、競合が普段は追随してこないが、利益もある程度確保できるこの水準に落ちついたようなのです。担当者は担当者で自分なりの「最適点」を見つけていたのです。

価格を自動調査・制限範囲内で自動追随するツールをもし開発したら、普段の価格を3698円(競合より100円安)にし、セール時を2970円(競合より10円安)にする。ということができるわけですが、これは正しいでしょうか?それとも、競合との間で地獄の価格競争に陥るでしょうか?正解はやってみなければわかりません。そのやってみなければわからないことに対して、担当者は責任を取り切れるでしょうか?経営者であるあなたは、その時、主力商品の利益体質が崩壊したことについて担当者を叱りませんか?私は担当者のおかれた立場での熟慮と、これまでの経営の無作為を感じました(と経営者に直言しました)。

ちなみに、このバランス感で競合企業の数倍をこの会社は売上げており、一応国内シェアではトップのようです。でも、売上はさらに伸ばしたい。原価で同じという事はあっても負けているということはなさそうです。さあ、あなたが経営者ならどうしますか?どう準備して、担当者のミッションと経営者の責任をどう切り分けますか?

②利益は必要だから

とある繊維工場の社長さんのお話し。コロナの影響もあり、小ロット中高価格帯のアパレル製品向けを中心とする同社の事業も現状打破が必要です。

お話を聞きデータを少し拝見してみると、やはり、これまでの発注先からの注文が細っていますが、単価的には死守できているようです。営業(と言っても社長がされているのですが)の方が、なんとか頑張っているのが感じられます。

社長に設備の稼働率を伺うと、最初はとらえ方がよくわからないようでしたが、話を総合するとどうやらざっと半分というところのようです。そして、従来の稼働率は100%というわけではないが、7,8割の稼働率で採算がとれるという程度の価格設定を顧客との兼ね合いで「経験則的に」していた、ということのようです。

こうした製造業は、どうしても設備産業という性質が強いということで、固定費と変動費を大雑把に分けて計算してみると(もう少し詳細にデータがないと、きちんとした計算はできないのですが)、限界費用(1単位増産するために必要な直接原価)は現在の平均売価の40%付近にあるようでした。つまり、今の半値にして残りの稼働率50%を全部埋めると、利益は増加するし、採算点付近まで到達できるということです。

「しかし、既存の商流を値下げするといかに「期間限定」と言ってもそれが常態化するリスクはありますから、既存商流と直接関連しない、価格メリットを大きく感じてもらえる「直販」をネット経由で行って「初回限定」「小ロット限定」などの制約を設けて、それが必要とされていて、自社の小回りが利くという特徴が生きて、そのうえ同様の施策をとる強い会社がいないマーケットに行きましょう」

???

そんなマーケットはどこにあるのか?は私もその市場に入り込んで勉強したり、話をきいたりしていかないと詳細にはわからないのですが、社長にもピンとは来ていないご様子でした。

この「違う市場に違う価格」論は、エリヤス・ゴールドラットの「The Goal 2」(実は原典署名は、It’s not luck.)(1994)の中で会社を救う決め技として取り上げられたものですが、この時は、「異なる国」への販売でした。しかし、この会社ではとりあえず国内市場を相手にせざるをえないでしょう。その中で、しかもネットを用いて低価格攻勢をかけて、稼働率100%付近までもっていき、しかも既存商流が価格下落圧力を受けない、という事が可能でしょうか?

だからと言って、需要が先細るばかりの国内製造の繊維産業で、「高付加価値製品」路線が正しいのでしょうか?そもそも社員に、この稼働率上昇策をどのように説明すればよいのでしょうか?あるいは、低価格の中で「特急料金」を設定したら払ってくれるような顧客というのはどういう顧客でしょうか?低価格を提示したら本当に需要は増えるのでしょうか?需要が増えるかどうかはどうやって確認したらよいのでしょうか?

低価格を実現し、コストを下げるためのオペレーション改善はまだまだ余地がありそうな気もします。

③高さには理由がある

とある士業事務所さん。価格見積もりを出すとかなりの確率で負けています。内情をきくと、実はこの価格には他社では別料金、あるいは別料金でも能力的には全然対応できないような支援サービスがいろいろと含まれていて、特に起業して間もないが経営管理回りにコスト・労力をさけなかったり専門知識が不足している経営者には願ってもないような付帯サービス込みの価格でした。それに管理体制がかなりしっかりしているので、個人レベルの同業他社とコスト体質が違っています。

ところが、webで問い合わせの来る問い合わせの多くは「見積もりを取って安いところに依頼します」というものなので、そこへの対応はほとんど徒労に終わります。そもそも、士業サービスに「松竹梅」が存在することなど多くの事業会社の管理系社員や駆け出しの経営者は知りませんで、どこでも同じようなものだと思っています。

 それでは、こうした表面的な安さにひかれる顧客を取るためには、これらを標準料金とオプションサービスに区分して標準料金をわかりやすく表示した見積もりにすればよいのでしょうか?
 士業事務所というのは、業種によりますが、一般には「究極のストックビジネス」でして、顧客のことを長く付き合う中で理解して行く中でコストも下がり、助言の精度も上がっていくという性質があります。その生涯価値(LTV)の高い顧客を集めていくことが必要なわけです。そのため、「安さ」につられて獲得できるような顧客は、結局安さでまた離脱してしまうし、LTVの高い顧客に転換させていくには大変な労力がかかるわけです。

 では、一生懸命説明をwebで付記して、それをベースにそこに関心を持ってくれる人だけを獲得していけばよいのでしょうか?ある程度はこの「きちんと説明する」は必要でしょうが、そもそもそんなにきちんと読んでくれる人なんて本当に希少ですし、そこから問い合わせと契約へのそれぞれの転換を期待するほど市場が大きいというわけでもありません。
 それならば、webではなく直接的(人的)アプローチを行うとすると、そこに発生する獲得コスト(紹介料や無料期間)を見込んでも生涯価値は十分でしょうか?あるいはもっと値上げしてでもそうするべきなのでしょうか?そもそもそうした「望ましい顧客」を持っている紹介者をどうやって探し味方につければよいのでしょう?

それらが全部めどが立ったうえでの「価格」でなければ、砂上の楼閣、机上の空論なのです。

「価格」は経営者の最大の責任

MBAスクール等で学ぶケースは、「価格」にフォーカスが当たっており、策が絞りやすいものが多いのですが、実際には、中小企業では「価格」の問題は今回ご紹介したように、組織の問題、経営者の考え方の傾向、これまでの歴史などに大きく依存していています。しかも、「稼働率」「LTV」…と言われても、これまでそんなことを試算したこともない会社がほとんどです。そんな中では、なかなか担当者が提案し変えるということが難しいのが実情です。ですから経営者が、価格をめぐる基礎知識や自社での考え方を常に勉強しながら整理し社員に提起していかないと、担当者は「無難に」「現状維持」をしてしまうのです。

一方、市場はますます価格に敏感になっています。「競合のない製品」は見果てぬ夢ではあるものの、容易に模倣が可能なのが現実で短期的にどうこうできるものではありません。それがオペレーショナルエクセレンス特集(こちら)を実施したわけですが、これは1年、2年と時間のかかる話です。その一方で市場への対応としての価格戦略は今必要な施策です。今、どうするか?をきめなくてはなりません。

では、次回は、そんな中でよくある経営者のよくある話題「利益率か利益額か」について取り上げてみたいと思います。

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