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退職者をめぐる様々な話②

これはまた別の実績ある中堅企業の経営陣のお話です。前回はこちら

上場を目指し、内部統制とセグメント別会計を強化したいという課題を伺って「それ得意分野です」と言って準備をして商談に望んだのですが、内情は、そう簡単ではありません。もちろん上場はトップの目標ではあるものの、むしろ、現場で営業からの原データを集める担当者が続けて辞めてしまい、同時に新型コロナ対策の各種助成金の申請作業や上場に向けた「ちょっと上等な」経理要求に40歳前後の既存の経理マンが対応しきれないので、パワーを増強したいということが喫緊の課題でした。まあ、これもよくある話です。

一言で経理担当と言っても、中小企業会計を着実にこなして税理士にデータを提出できるという水準と、上場審査、あるいは上場企業の連結子会社の基準に耐えうる水準とは、必要な知識や能力に大きな差があります。そして、そのような経験者、特に仕組みを構築できる人はかなり高くつきます。高いだけでなく、そのような柔軟でアジリティのある対応のできる人材を実務担当として中小企業が採用することはこの10年でかなり難しくなってきていると感じます。

それは経理人材への要求事項がこの20年増え続けている中で、大企業でも上場したベンチャーでもまだまだ人手不足で需要が旺盛ということが一つには背景があります。しかし、もっと大きな問題は、そのような上場企業を作りたいと思うような人材は経営に対して厳しい目を持っていて、ビジョンと足元の業績、それにサービスや商品の独自性や競争力などがそろっている「勝ち組」に行きたがるのですが、「上場したい」会社の大部分は、そうではないし、実際「上場したい」というばかりで実際には上場できない会社が大半であることを経理人材は皆知っているからです。私もそういう会社に20代の頃、「どうせ無理だろ」と思いながら転職し、実際上場どころか消滅に近い目に遭いました。

私はたびたびこのブログでも書いていますが、「上場は成長のための最後の手段で、やらないでも目的が達成できるならばその方がよい」と考えます。その理由は、コストだけではありません。むしろ、より重大だと思っているのは経理、あるいは経営の本質であるスピードと精度、それに問題点を明確にしてそこに集中して取り組む、ということに対して、上場に伴う様々な要求事項が実務的にはこれらを阻害することが多くあるからです。顧客満足にも売上増にもつながらない作業や業者にあまりにもお金と時間がかかりすぎると思います。

この会社が直面しているのも、そういう「要求は厳しい」のに、「社内の仕組みも人材も不足していて」、「しかも社員が辞めていく」、という状況でした。それでも何とか人材を補充し、社長の指示を実現しようとする役員陣の奮闘ぶりにはただただ頭が下がる思いです。私は外部からみてモノが言えますが、役員の方々は当事者として今そこにある事態を何とかしなければならないのですから大変です。せっかくの機会ですので、いくつか提案もさせていただきました。

私の提案の一つ目は、上場にまつわる様々な整備を一旦全部停止して、枝葉を全て落とした状態で、正確で迅速で基準を明確にできる経理をまず実現することに集中するということです。半年間スケジュールを遅らせてまず体幹を鍛えなおすべきということです。

多くの経営者は、「セグメント別」を見たがるし、これができると進歩したような気になるので、真っ先にこれをやりたがります。実は全ての伝票に部門コードを付与するだけなのでこの実現はそんなに難しいことではないのですが、一旦やり始めると共通費の按分が各部門の意図が絡んでドンドン複雑化し、作業を圧迫します。そして、より大きな問題は、そんなことの一方で、より本質的な問題が置き去りにされることです。本当に、相手に検収された売り上げが正しいタイミングで報告されているのか?それは規定の時期に入金されるのか?そして、計画された価格で仕入られ、売られるというルールが守られているのか?という本質的課題が多くのケースで問題を抱えているにもかかわらず、そこへの問題意識が薄れてしまうということです。多くの問題は、この「基本」ができていないことから生まれます。そして、精度が低い情報が社内を漂い労力が無駄になり、やり直し、修正、やがては取り繕いに終われる状況を生むのです。

このようなシンプル化を行えば既存の経理人員でも対処できる可能性が高まります。シガナイ中小企業に安い値段で優秀な人が来て定着してくれるという幻想は持たないで、今いる人員でできることを前提にしなければ、やがて過労死する人が出るでしょう。

そのうえで提案の二つ目は、シンプルになった経理工程のうち、入力、集計などの作業は多少高くなってもアウトソーシングするということです。これは、企業が成長軌道に乗って安定化するまでは経理人材を採用してもまた退社リスクを抱えるので、ベースになる部分を外注という形で維持可能性を高めるということです。同時にその外注にあたって経理のプロセスの定型化と文書化を進め、例外処理を次々生むことを避けることを強制することを狙っています。上場へのコスト投下をこちらにまず回すことでルーチンが回る状況を作るのです。

そのうえで、提案の三つ目は、上場準備よりも会社の戦略の立て直しを行い、浮いた言葉ではなく、実行可能なものにまず経営陣の中で方針を統一することをトップが優先するべきということです。ここの具体的内容は省略させていただきますが、それなくしては退職は止まらないし、採用の勧誘も無力です。もっと言ってしまえば、ここが問題を抱えていることを直視していないことを経営陣が皆見て見ぬふりをしていることがすべての問題の根本であり、現場で起きている現象を叩いてもなんら解決には至らないということです。

そんなことを言われても、オーナー社長の思い込みの前に役員陣はみな無力であることは承知しています。私はそれを、「自分の仕事が徒労に終わる」という言い方で突き放すような言い方をしましたが、本当は違います。あなたを含めた社員みんなの仕事がこのままでは徒労に終わってしまうのです。

退職者が出れば補充すればよい、というのは多くの場合で正しくありません。会社の在り方のどこかに歪みがあってそのままでは維持できないことが多いのであり、そこに手を付けることが必要なことが多いのです。

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