これは、NHKの番組「プロフェッショナル」で、70歳を過ぎてなお、長編アニメの制作に挑む宮崎駿氏が述べた有名な言葉です。
天才は、他人の仕事に納得がいかず、命を削るようにして、苛立ちながら、物語の細部のデザインに自分の思いを込めて作りこんでいく中で、こうつぶやいたのでした。
自分の腕で大作を削り出していく鬼のすさまじさに、視聴者は度肝を抜かれ、感心し、そして、こう思ったことでしょう。
「こんな人とは一緒に仕事はできない」
世の中の多くの人は、「仕事」と言ったときに、「大枠の流れやルールは与えられていて、その中で、顧客や材料の個別の差異で起きる問題には創意工夫をしつつ対処して、何とか納品しきって入金していただく」ということを頭に思い浮かべます。もちろん、完全に流れ作業が出来上がっているというわけではなく、問題も起き、改良もしつつ進めますので、「単純作業」とも言えません。
会社が一定の規模になると、そういう仕事をしている人が全体の9割以上になり、その対応品質とスピードが会社の競争力の根源となります。「オペレーショナル エクセレンス」が実現した定常状態が実現していることになります。
オペレーショナルエクセレンスについては、この特集連載をご覧ください。
しかし、経営者の仕事はこれ、つまり「日常業務をうまく進めること」ではありません。こうした「オペレーション」の話、そこで起きるトラブルや対処の話は、「部長」に任しておいて、経営者が出ていくのは、いよいよ「事件」になったときでよいのです。
状況を注視して異常がないかを見張っておくことは経営者の仕事だ、という方もいます。余力があればそれもやればよいのでしょうが、中小企業では実際には、その「計器盤」すら十分ではなく、見張るだけで大仕事になっていて一日の大半が費やされます。もちろん、比較的望ましい状態での定常運転状態が維持できる状態になれば、そんなことはないはずなのですが、それも机上の空論です。実際には、普通の中小企業には、そんな「望ましい安定状態」はなかなかやってきません。もし安定状態にあると思ったら、それはきっと「緩やかな下降局面にあるが、それに気づいていない」状態です。そうした「パイロット役」だけで経営者本来の仕事に時間が割けなくなっている本末転倒な事例が実際には多くあります。
経営者も万能ではありませんし、時間も無限ではありませんので、何かをあきらめ、何かを優先しなければならないなかで、「日常の仕事」はあきらめるべきことなのです。
作り出す仕事
経営者の仕事は、「会社の将来に向かって必要な変化を起こし、新しい仕事の像を「作り出す」ことです。具体的で鮮明なイメージを描ければ、そこに向かって幹部の精鋭たちがどんどん自走してくれれば、会社はどんどん発展してくれるでしょうが、実際にはそういうことは起きません。幹部たちは、現場で起きる様々なことで疲弊し手一杯で、経営者が先頭に立って脚を棒にして、手を動かし、制度を変えて、何度も何度もやるべきこととやらないべきことを言い聞かせて、時には強権を発動しないと会社は進行方向を変えてくれません。
逆に、たった一人でも、巨大な船の方向を変える力を持っているのは、会社の中で経営者だけであり、その馬鹿力を如何に発揮するかが経営者の仕事なのです。
英語で取締役は、「Director」ですが、これは、「方向づけする人」という意味です。
私は、中小企業の経営者の仕事を目にすることが多いのですが、現代の厳しい環境下で生き残り、そして会社を変化させている経営者は皆、「自分で新しいことを立ち上げ、試行錯誤している」姿が見えています。
新しいことはめんどくさい
新しいことをやろうと思うと、最初は全部手作業です。データ管理も注文管理も全部自分で手作業で、その中で何がコストがかかり、何が品質やスピードのネックなのか、どこがシステム化できるのかを体感的に把握していくのです。また、顧客に対しても、自分が一流の物知りであるかのようにふるまいながら、その水面下では必死にその場でサービスや商品を構築し、あるいは情報を仕入れて勉強しているのが、経営者の真の姿です。
最初は全部手作りでやらなければならず、他人任せにできないものなのです。そうしたことをずっとやり続けなければならない中小企業の経営者という仕事がとても過酷なものだと思います。そして、それに耐えられなくなった時が、後継者に会社を託す時なのだと思います。(そういう私も、昔に比べると、その限界点を間近に感じることが増えてきました。)
私より若い、とある経営者が、2年がかりで取り組んできた新規事業で、最新ようやく初出荷がありました。彼は自分で出荷検品をして、自分で搬入し、自分で設置し、顧客に説明していました。彼は、「人にやらして報告を聞いても、本当のことは分からない。自分でやってみないと次のステップに進めないし、今の段階では、社内で自分が一番詳しいので、顧客に説明するのも自分が顧客にとって最善なのである」と言っていました。その前には、毎晩遅くまで提案書を作っている様子が伝わってきていました。社員が手助けしてくれている様子はありません。
彼の姿を見て、思い出したのが冒頭の監督の言葉でした。