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火中の栗がはじける

 季節は春だが、栗の話である。「火中の栗を拾う」、という言い方を経営の世界ではよく使う。

 昨日話題の東芝 車谷前社長のように、問題のある組織の経営に携わり、矢面に立つ時にこの言い方をよくする。そして、大抵、上手くいかずに途中辞任か組織もろとも沈む。私も沈んだことがあるが、今回もそうだった。

 そんなものをなぜ引き受けるのかは人それぞれだが、私の場合は一度目は、「自分が取締役になれるような機会は、誰もやりたがらない、そういうヤバい案件でしかない!(普通の案件では、親会社の王道コースを歩んだ人が選ばれるし、本人も就任を承諾する)」というものだった。こういうヤバい案件を乗り越えなければ、自分が表舞台に躍り出るチャンスはない、と思い意気込み、そして、あらゆる策を講じたのだが、何一つ実現せず…沈んだ。
 ただし、ヤバい案件を引き受けても、反社勢力と付き合わず、メンタルヘルスにだけ気を付ければ命までは取られることはない。不正を隠すとか、不都合な報告を無視するとかしなければ、失敗しても個人で多額の賠償を負うことも実施にはほとんどない。だから、少しの義侠心とあまり大っぴらには言えない冒険心や成り上がり精神とで引き受ける。この点では、財産のすべてがかかっている創業社長や創業家の事業承継者よりはだいぶ気楽である。創業者は「やってしまう」と逃げ場がなく、個人破産を回避する方法も限られている。(ないわけではない)
 今日の本題ではないが、今ここで正直に言うが、一度目の時(30台で就任した)には、私は立案力はあっても、組織をまとめて遂行する能力は不足していた。本当に、株主には申し訳なかった…と思っている。

 そのほかにもたくさんの「火中の栗」を目にしたり、関わったりしてきたが、その中で、大抵のやけどをする火中の栗には共通点があった(私の最初の例もそうだった)。
 それは、表面的には、「ガバナンスが効かない」という点に現れる。具体的には、2つあり、一つは社内がいくつかのグループに分かれてお互い協力しようとせず、そして、今までの自分たちのやり方を強硬に守ろうとし、変える必要があるという自分を排除しようとする。(それしかできないのだから)
 そして、もう一つは、株主や金融機関のプレッシャーに抗うことが難しい状況が既に存在していて、除去が困難である、ということである。

 逆に言うと、組織を構成する、あるいは変えるときにこういう要素が入り込む余地はできるだけ排除しなければならない。それはM&Aや、あるいは今回の東芝のようにやむにやまれる事情とはいえ、外資に大急ぎで(あらゆる不公平条件を呑んで)お金を入れてもらう、というようなことに現れる。東芝については、わかっていなかったわけではないだろうが、それ以前に度重なる会計不正で、そこまで追い詰められていたのだろうと同情する。

 今よりずっと若かった私は、経営者というのはもう少しフリーハンドがあるものだと思っていた。しかし、やってみて3日でわかった。組織の成り立ち方や歴史によっては、そうではないケースが少なからずあるのである。
 さらに、その「ガバナンスが効かない組織」は実は「現象」である。それ自体が経営混乱の原因ではなく、経営混乱の原因は別にある。

 その原因とは、多くのケースで「事業が時代遅れ」であり、そのことを社員や利害関係者がなんとなく認識していて、「何とか自分が関係している間だけでも持ちこたえてくれ」とみんな思っているが、かといってイノベーションを起こすだけの知識やバイタリティがない、という状況に陥っているということである。だから、私はお請けする際、社員の年齢、社齢構成を事前に確認する。当然、この状態は、利益率が低い状態となっているので、この状態で株式を公開していると、株主からは配当力不足を攻められる。
 その状況で、戦略を立て遂行しようとすると、大抵の社員や利害関係者が関わる既存事業はもうだめで、まだ誰もいない「新規事業」や事業転換に賭ける、という「絵空事」を描かざるを得ず、それが成功するとは当の経営者にも確信や具体性がないから、誰も経営者について行かないのである…当然である。

 こういう状況になると、事業を自分で0から作るなんて方法では、資金の減少に到底間に合わないし、成功確率が低すぎる。「カウントダウン状態」である。
 そうすると経営者は「陳腐化しているが、換金可能な部分」を売却し、そのお金で「陳腐化していない」部分を買ってきて、できれば、一部なりともコアのノウハウを残してそこに注入して体質を改善したいと考える。
 しかし、これもまた実行困難である。株主の利益は少なくとも短期的にはそうではない。低利益率を改めるつもりがないならば、「コアのノウハウ」を換金して、自分たちの投資を回収しようとする。(私が体験した冒頭のケースではそうではなく、株主は最後まで付き合ってくれたのだが、世間のケースではそうではない。)
 彼らは、定められた期間内での投資リターンの最大化を目指しているのであり、別に会社の発展を目指しているわけではない。予定のリターンを回収したあとは、潰れてもかまわない。なんなら、配当以外に「コンサル契約」を潜ませて回収を月次で行い、損失回避を確実にするような手法も用いて、回収可能性を高める。それが投資家である。
 網川新CEOが会見で投資家と「Alignする」(目線合わせをする)という言い方をしていたが、投資家の短期要求を排除して実現する方法は、ただ一つ、「中期的な利益率をかなり大きく高めることで、投資家の短期的・短絡的な手法による利益よりも中期的・継続的な利益を大きくする」ことであり、そのためには、低利益率の事業を廃止し、低生産性の人員を減らし、高利益率の事業に投資を集中することである。

ここ数年の「日本の大企業が外資にいいようにやられている」という批判は、経営の実情を全くわかっていない「野次馬」の発言でしかない。外資も迅速にこうした「中期的利益率改善策」を実行し、成果が上がっていれば、「短期の回収の要求」を優先したわけではない。むしろ中期的には、より大きな利益を回収できた可能性があるからである。しかし、日本企業の利益率は異様に低く、しかも悪化する企業も多くある。そして、その改善を日本企業はやれない。やれない理由は、「ガバナンス」であり、その裏にある、「陳腐化した事業への固執と新しいことへの不勉強」「利益率の軽視」「人を切れない神話」である。

 今、日本の株式の売買代金の7割、保有株の3割は外国人投資家(機関投資家)である。そして、昔は、低利益率でも付き合ってくれていた銀行も、自らの収益力を強化しなければ生き残りが危うい時代になっている。
 上場、非上場を問わず、利益率をかなりのスピードで高めていかなければならない時代にこの20年余り確実に変わってきた。労働者から見れば「ご恩と奉公」の時代は終わってしまっているのである。その状況の中で会社は生きているのだが、労働者もマスコミも、あるいは一部の経営者もそれをわかっていない。

 そして、誰も拾わない火中の栗が増えていき、はじけていく。

 

 

 

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