東大発AIベンチャー「エルピクセル」で、管理部門担当取締役による33億円もの巨額の横領が発覚しました。それだけの資金をVCから集めていたのも私の仕事上(私も別の画像系AIベンチャーに関わらせていただいているので)からすればすごいですが、FXで全部溶かしてしまったというギャンブル依存症的事実も別の意味ですごいものです。
もちろん、この問題は帳簿と預金残高を自分でネットバンクにログインして毎日チェックしていなかった社長に問題がありますし、会社が小さいうちはそんなことは当たり前のことだという経営のイロハを学校の成績は良かったであろう東大卒の社長に教えなかったVCにも責任があります。(私は自分ではやっていますし、当社の顧客に対してはネットバンキングの残高が社長、担当者、管理者の3人に見える仕組みを作るということを心がけています)
しかし、社長が本当に毎日そんなことができるのか?というと社長にそういうお金の管理の才覚があるベンチャー企業というのは実は少なくて、社長は「業務の魅力の虜」になっているケースが多いのです。まあ、そうでなければ起業なんてしません。また、少ない人数を割いて、専門外の人間にチェックさせるダブルチェックの仕組みをいれたところで、データの改ざんや隠ぺいは頭のいい人間には容易なことであり、短期的にはそれで隠し通せます。現に今回も通帳残高が改ざんされていたという報道がありますし、過去に私もそういう事例を見たことがあります。(だから私はコピーでの報告ではなく、ネットバンキング残高を直接チェックする方法を用います)。今回のような事例が発覚すると、現代経営学は、「内部統制システムの不備」に原因を帰結させ、それを改善することを是正措置とします。それ自体は、再現性のある仕組みを追求する現代経営学においては必然であり否定はしません。しかし、本当にこの件はそういう内部統制の仕組みの問題なんでしょうか?私はそうではないと思います。
当の犯罪者を知っているわけではないのですが、この人は管理系の最高責任者であり、すべてを実行できる立場にいた人です。一年にもわたって発覚しなかったということには内部統制システム上の問題があるとは思いますが、そもそも発生したことについてはこの人が組織の上部にいる限り防げなかったのです。そして、出納と記帳を分けるとか、実行とチェックを分けるとかいう常識は2,3人で管理系のすべてを回さなければならない(一人というところも普通にあります)ベンチャー企業では言ってもできないことでもあり、同時に何人もの人間がチェックするようながちがちの内部統制システムを作ったところで彼はそのシステムの運用責任者で、かつ仕事のできる頭のいい人間なのですから結局そこをすり抜けることができたでしょう。
では、何が間違っていたのか?内部統制システム以前に、「お金の管理を誰に任せるのか?」という人間観において経営者が基本的な誤りを犯していることがまず最初にあると私は思います。
ベンチャーの内情
想像してみてください。「自分たちは頭がいい」と思っている東大発ベンチャーでは、全員が自分たちが世界一イケてるベンチャーで、自分はその中心メンバーだという高揚感、天下を取るという野心に満ちていたことは想像に難くありません(当の犯罪者は東大卒でも若者でもなく、商社出身の40代のようですが)。そして、これまでの自分の人生では見たこともないケタの金額を年上の大人たちが、貸すのではなく「出資」してくれるのです。しかし、その高揚が通用するのは、自分たちとVCの界隈だけであり、外の世界は取引先も金融機関も採用応募候補者もそんな彼らを「胡散臭い奴ら」扱いします。そうすると、多くの場合彼らはもっとイキって自分たちを大きくみせようとします。それは仕方のないことです。その虚栄に騙された人しか彼らから商品を買ってくれないし、人材は応募してくれないのですから、そうして少しでも実績と資金と組織を積み重ねていくしか生きる道がないのです。ベンチャー企業とはいつもそういう存在です。
野心は事業家の成長の重要な要素ですが、同時に横領、不正を生む原因でもあります。その二つは本来は別のものだと言いますし、そうであってほしいですが実際の人間はそんなに上等には出来上がっていません。危険な言い方ですが「野心的な事業家は不正のリスクが高い」です。外部に対しては創業者含めて皆「虚飾」が常態化し、その「虚飾」を本当に実現するべく水面下では必死でもがいています。また、内部を見ればお金や人事のモラルを十分に教育されたことのないものが、「創業メンバー」として法や利害関係者の目があるという意識を十分持たずに、社内のことだけならば「自分たちの思い通りにやれる」ことの万能感に陶酔しています。特に大手企業からベンチャーへ転身した野心的な人材は、この「自分の判断で何でもやれる」ことに自制を失うことが良く見られます。経営者はこうしたモラルと業績、虚飾とオネストのバランスを取ることが求められますが、ベンチャー企業の経営者は、先ほども言った通り「業務のプロ」であり、その「盛りまくる」トップランナーになってしまうため、組織はバランスをとる機会を失いがちです。
そして、個人破産のリスクを背負って個人のお金を出資し、そして個人保証をして借入している創業者と、それ以外の創業メンバーの間には、通帳にあるお金に対する「大事さ」の認識に大きな差があります。だから、創業者以外の「イキリ」に事業価値算定のスプレッドシートを任せても、通常のお金の扱いを任せてはだめなのです。はっきり言えば、「お金のことは、自分でやるか、不正をしそうにない性格の奴に任せるか?」です。
不正をしそうにない奴
「不正をしそうにない奴」というのはそれなりに数はいます。それは「数字に強い賢い奴」でも、「真面目で仕事熱心な奴」でもありません。おとなしくて、社会的に抑圧的な考え方をして、議論を避け、あまり物事に対する感情の起伏を見せないようなタイプで、言われたことだけを時間いっぱい使って何度も確認して正確にやるけれどもどこかマイペースなタイプで、現状の仕事や家庭にそれなりに満足し、家や車や飲食、遊び、特にギャンブルにあまりお金をかけることもない人です。
いますよね、こういう人。そして、やっぱりそこそこの規模の会社の出納を任されているのはこういう人です。でもこういう人は、一般には、「仕事ができる人」という扱いは受けません。特に「皆が特攻兵」であることを求められるベンチャー企業では「ぼんくら」扱いでしょう。
でも、それは経理という業務に対する理解が不足しています。経理というのは、一円単位で正確に伝票と銀行残高が一致していないといけませんし、のちのち外部の会計士や税務署がチェックの際に説明力もあるよう手間をかけてコメントを追記したり、補足資料を作って、それに「承認印」をもらって、綺麗にファイルに綴じて保管しておく、ということが必要です。それが全社の業務プロセスの中で営業の現場から一貫して実現できていれば経理も楽なのですが、中小企業では多くの場合現場は現場で混乱していてその混乱したデータを何とか組み合わせるというジグソーパズルのようなことをして経理は穴を埋めているのです。もちろん、システム投資で工数を減らすようなことは必要なのですが、多くの場合、日々の作業は「効率追求」の枠外に置かざるを得ないのです。それを「お前も目標を設定して達成したら昇給、しなかったら降給」と目標管理の枠組みを強制すると誤った人材を優遇してしまう恐れがあります。
ならば、「丁寧」で「不正をしない」ことに特化した「信用できる」人間をそこに置くべきです。それができないならば、ほぼ同じコストをかけることにはなるのですが、出納を含む業務を信用できる外部の代行会社に任せて、社内の懸念のある人間からは遠ざけるべきです。そして、社内に置く場合も長く担当させることは避け、若い担当者に定期的に交代させるべきです。20代の頃は大丈夫だった人でも、家庭の事情での金銭が必要になったり、精神面での退化-たとえば愛人とか、ギャンブル依存とか、自分の先が見えてきたことへの怨嗟とか―などでそうではなくなり、30代、40代になり巨額の不正を行うという事例は歴史上たくさんありますし、創業メンバー内での経理不正というのも過去にも多くあります。
経理だけでなく会社には数多くの不正の種が存在します。たとえば営業でもカラ出張による新幹線チケット払い戻しのような人生を賭けるにはあまりにもつまらない不正から、売上の偽装、最近ではコールセンターでの三井物産系りらいあコミュニケーションズで契約の偽造や音声データの改ざんもありました。表に出ていない不正はその何十倍も世の中にあり、ひとたび表に出れば大ごとになることでしょう。ただ、経理での不正は一人で巨額を自分で動かせてしまう、という点で営業の不正よりもはるかに大きなリスクを抱えています。
社長は、自分以外の社員の中に数多くの不正の可能性を常に抱えていて、それを疑い、防止策を打たなければならないのですが、それを内部統制や賞罰規程の整備に変えても決して防止はできません。いつかばれて懲戒解雇になるとわかっていても、それでも不正をする人はします。
こうした事例の実行犯を振り返って見てみると、「自律心の弱さ」「社会的な幼稚さ」のようなものが共通していることを感じます。そして、多くの場合、10年選手で30代以上の役職者です。人は不正をするものですし、昔は大丈夫だった人が大丈夫ではなくなるものです。今回の事件は、お金は「仕事ができる人」ではなく、「任せられる性格」の人に任せるという「人間に対する洞察」が頭がいい人なんでしょうが経営トップに欠如していたことが本当の原因なのだと思います。