先週から、大企業同士、あるいは大企業と中小企業が一緒になって新たなサービスを生む仕組みとしての「オープンイノベーション」の障壁が何で、それをどのように乗り越えるか?ということについて整理してきました。ここまでの要点としては次のようなことがあげられました。
当たり前のことを言っているようですが、うまくいかない原因は、このように「部品を調達すること」と「アイデアやソリューションを組み合わせること」の区別が担当者やそれを承認・評価する管理者側についていないこと、あるいは新しい仕組みが必要なのにそれを社内で構築していないことが原因なのです。
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2020年度からは、大企業のベンチャー投資に対する税制優遇制度が創設されるというニュースがありましたが、これにより一層大企業のCVCの動きは盛んになるでしょう。大企業がイノベーションを起こす仕組みとしてCVCが数年前から注目されてきましたが、一部を除いては芳しい成果をあげてはいません。これもオープンイノベーションと同じこと、あるいはそのものであり、ただ単に資金を出して開発させる、というのではなく社内の資源、あるいはその情報収集力をいかした必要とする外部の資源をうまく組み合わせていくプロセスを提供することが大企業側にないと、成果に乏しいCVCとなってしまうのです。
小さな会社の「使い方」
弊社もこれまで、いくつかのベンチャー企業のお手伝いをしてきました。小さな会社には、多くの場合、「価値」(社会的存続価値、大企業にとっての利用価値)は一つしかありません。しかし、その一つの濃度・強度はなかなか持って立派なことが多くあります。それはオーナーの人脈であることもありますし、社員が皆言語能力が高く、抽象概念を扱うのが得意、というような一見何に使えばよいかわからないようなケースもあります。
また、特定の業界の「人事部」だけにやたら食い込んでいるとか、医療法人にはとても強いとか、そういう「偏り」が一般にあり、その「偏り」こそがその会社の強みであり、存在意義なのです。
そして、そのほかの点、例えば経営・財務の安定性であるとか、社内の情報管理であるとか、品質管理であるとか…は多くの場合不十分です。今販売しているその会社のサービスですら不安定なことも多くあります。これらは、大企業の「調達」という観点からは不合格となるかもしれませんが、オープンイノベーションという観点からは、その強みが必要な箇所があればそこを部品として使うべきです。
そして、「使う」といっても、「要求仕様書を渡して、概略設計と見積もりをもらう」というプロセスから始めると結局「調達先選定」と同じこと、そこに失敗の本質があるであり、「対象市場の問題を特定し、それをどうすれば一番効果的に解決できるのか?」を組み立てる「協働プロジェクト」として始めるべきなのです。
協働プロジェクトの最初の一歩
ベンチャー企業とお付き合いしていると、彼らが対象としている顧客の等身大の像について実に深く理解していることに、毎回感心させられます。
恥ずかしながら私が実際経験した事例をご紹介しましょう。「漁業」といっても、遠洋と沿岸、沿岸の中でも、湾内と灘とでは必要としている情報も道具も全く異なりますし、コスト構造も異なります。これらは国家統計である、漁業経営体統計やその他の統計からはシャープに見えるものでは決してありません。当初の事業計画を立てる時には、それでも「仮説」として何等かのモデルを考えるわけですが、それは実際の漁業従業者、あるいはその人たちに日常密接に接している中小企業にお話を聞くと全然ぼやけているし、響かない、ということがわかります。そこで大きく軌道を修正し、あるいはプロダクツの在り方を修正しなければならなくなるわけです。
「恥ずかしい」と申しましたが、もちろん私もそんな「机上の空論」が大して当たらないということは承知しており、できるだけ早く実際の現場の声を集めることが必要であることはわかっていましたし、そのようにお付き合い先にもご相談していました。恥ずかしいのはそこではなく、「信頼関係の中で現場の声をきちんと聴かせていただき本当の意見を集める」ということは、実に難しいことということを見落としていたことの方です。幸いにもこの事例では、いくつかのご協力者を見出すことができ、この点を突破できたのですが、そのご協力者は全てが、多くの大企業が知らないであろう、そして従来の基準にはサプライヤーの候補にもなりにくいであろう小規模事業者でした。彼らは実によく知っているし、信頼されている。そして問題を当事者と一緒に解決しようとしていることを当事者から理解されていることにより、彼らの紹介により有益な調査が可能になったのです。
協働プロジェクトの第一歩はこのように、対象に現時点で存在する課題をきちんと理解するパスを確保することであり、最初に探すパートナーは、技術や資本ではなく、対象に対する理解が深く、直接話をきくことができる人がよいのです。
何を作り、誰と組むのか?
大企業が社内にあるリソースで物を組み立てると、高くて響かないものが出来上がる、ということは第2回でお話ししましたが、では何をどのように組み立てるべきなのでしょうか?
いうのは簡単ですが、それは、「顧客の問題を直接的に解決するソリューションを新たに0から構築する」ということです。多くの製品・サービスは社内事情や時代の変化を受け今の顧客の抱える問題に対して決して最適ではなくなってしまっています。そこにまたプロダクツの微調整をしても、大して響かないし、そもそもプロモーションの仕方も商流の組み方という他のマーケティング要素もあるべき姿からはずれてしまっています。それを一括してリニューアルする、という決意こそがオープンイノベーションを生かすためには必要となるでしょう。
もちろん、問題の構造をキチンと理解し、それに対処するソリューションであることが重要ですし、それは多くの場合、「ハードウエア」と「ソフトウエア」と「人的サービス」を組み合わせないと実現できない仕組みでしょう。それを、「自分はIT屋だからIT分野だけ切り出す」とやってしまうと、その他は誰がいつやるのかわからない、という無責任で売れない、ソリューションではないソフトウエアが出来上がってしまうのです。
そのうえで、必要な機能のうち、大企業である自社が強いものがもちろんそこそこあるはず…(コアコンピタンス)と言いたいところなのですが、実際にはそこも実は外注で、実態としてあるのは実は、「ゼネコン(元請して実際には下請けに各プロセスを分割発注して完工までのプロジェクトマネジメントを担う)機能だけ」という事例も多く見かけます。むしろ、はっきり言うとそういうケースは実は相当多い。そのような場合には、新たに構築するサービスの各パーツを担っていただきたい各分野での技術なのか顧客層を有しているのか、あるいは競争力のある類似のパーツを有しているNo1に近い企業をその協働体に誘い込み、全体のサービスとしてコーディネートして、稼働と利益配分の仕組みを作り、販路、販促などのマーケティング計画を練る、ということがリーダーの仕事になってくるわけです。
その際、従来型のプロジェクトマネジメントは製品の定義が存在し、その中で納期、コスト、品質をコントロールし、目標値に着地させる、ということが仕事の中心でした。いわゆるPMBOK的な知識体系もこれを基本としています。しかし、この協働体の組成と運営にあたっては、この伝統的プロジェクトマネジメントはその一部でしかなく、より重要なのは、効果的なソリューションの構築のためのチームビルディングとチーム運営であり、マーケティングの各要素での各社での分業という高次の協力体制です。当然、仕様書が当初から固定されるようなものではなく、開発プロセス自体が共同で行われる中で、徐々に確定され修正されていくようなものとなります。
だからこそ、ここまで見てきたように、マネージャーに求められる性質も、受発注の仕組みもこれまでの仕組みではうまくいかないで、新しいものが求められるのです。
オープンイノベーションの実現のために
オープンイノベーションをうまく進めるためには、従来型の品質やその他の管理を目的としたマネジメントから、より良いアイデア、相手の知らない知識を出し合い、ユーザーの課題の本質に手当てする「ソリューション」を完成させることを共通のゴールとするマネジメントが必要です。
そして、これに必要なコアコンピタンスを持つ、いまだ世の中に名の知れていない一芸に優れたプレイヤーを探し出し、仲間に引き入れる不断の情報収集と求心力、そして足りないところには目を瞑って前に進む妥協が必要です。大企業では、優れた人材と機能が社内にそこそこ揃っていて、自分もまた、その一部分であることが長く続いていると、このような「事業全体の戦略立案と遂行を行う」、という考え方自体が失われ、一部にしか責任を有さないという態度を取るのに、一方では協力会社に高い要求をして引かれる、というようなちぐはぐな対応を取り、プロジェクトは立ち往生してしまうのです。そして、「サプライヤーの能力不足で時間がかかる」とか、「市場が当社が対象とするには小さい」というような言い訳が並ぶケースが多くあります。しかし、これらは責任転嫁にすぎません。それは、現代のリーダーが対応しなければならない現実なのです。
もちろん、これらを会社という枠組みを超えて実現するリーダーに求められる資質は当然高いものが要求されますし、こうしたことへのトレーニングも関係者には必要になります。ところが、このトレーニング、会社を超えてやらないといけないため、実践で身に着けるか、会社外の団体スポーツ競技チームで本格的に磨くか…ぐらいしか方法がありません。その辺にフォーカスしたトレーニングカリキュラムがあれば、CVC関係者や、ゼネコンを自任せざるを得ない大企業の事業開発者にはそこそこ受けるのではないか?と思っています。