前回は、「予算というがいろいろな種類がありそれぞれ使いようがあること、そして、そこに至る精緻化、細分化の成長ステージがある」というお話と、当面の最終ステージである「モデル化予算」は容易に理解・定着されないというお話をしました。こちら
前回の冒頭に書いた、私の「初めての予算体験」の時、私は敬愛するべらんめえ部長に、「これは作成したあと、具体的にどのように使うのですか?」と聞いています。部長は、まずは「財務がつくれっちゅうからよ」とホンネを言った後、思い直したようにこのように私に説明しました。「一つは財務で銀行との間であらかじめどの時期にどんなことがあるからどのくらいのお金を借りるかをあらかじめ交渉するのにつかうんよ。」「もう一つは、自分たちでどこまでやるかを決めると、そのために何をやるか、いつまでにやるかがきめられるでしょっ!」
部長は口調はアレな人でしたが、実は切れ者でして、この二つは予算の存在意義を的確に言い当てています。そして、それをきちんと理解できていないし、説明できていない管理者は世の中に多くいます。それが現場に予算を浸透できない一番目の理由です。でも、仕方がないのです。大きな会社になればなるほど、全社の各部門の動き方が見えている人はいなくなっていき、「部分しか知らない管理者」ばかりになっていき、「自分の会社として人、金を考える」人は減っていくからです。
1 予算は何に使うか、を全員理解しよう
予算の一番大きな意味は、上の部長が後半で言っていたことです。つまり、会社には、経営理念があり、それに基づき、いつまでにどのような状況を実現する、というような中長期の達成ビジョンがあるはず(いや、ない会社もたくさんありますが)です。そして、そのビジョンを達成するために、3年程度の中期計画や単年度の計画を立案します。予算は、その「会社の存在する意味・目標」を達成するための今年一年のワンステップを表すものです。そして、その全社の目標は月別、部門別に若干のバッファを持つ形で按分されて行き、最終的には「あなたの今日達成すべきこと」へとブレイクダウンされます。
私はこれを「縦の一貫性」と呼ぶのですが、こうした全社の将来の目標に対して、今のそれぞれが成果をコミットする、それも具体的な数字としてコミットすることが予算の最大の存在意義です。
しかし、ここで答えるのが難しい問題がでてきます。経営理念は、「地域の皆さんの生活を豊かにする」とか「技術を通じて世界の発展に貢献する」とかもっともらしいことが書いてあるし、自分もそうしたいと思って入社したのに、なぜ毎月毎月「今月は君は予算、粗利300万円ね」と売上ノルマ「だけ」が予算として言われてしまうのか?そこを若者に消化させれない会社は人が辞めていく会社なのです。
あなたならどう答えますか?
自社で開発した独自性が高いサービスや商品があり、それが顧客の体力、時間や金銭の消費を抑制したり、あるいは楽しい時間を提供するならば、「いままでよりも、ユーザーの暮らしは改善するでしょ?」ととりあえずは答えられます。しかし、世の中の仕事・サービスや商品の大部分は、そうではないものなのが現実です。商品を開発していようが仕入れていようが、似たようなものは他にもあり、顧客が得られるメリットも微々たるもので特にほしいと思っていないものを錯覚させ、プッシュし寄り切って買わせる、そんな仕事が大半なのに、若者はそれを嫌がり辞めていきます。「商品がきちんと差別化できている」ことが望ましいのは言うまでもありませんが、実際にはそんな会社はなかなかないのです。
私は、この答えは、中期の事業計画の中の部門間連係や開発計画、そして、「ノルマ」の短期売上以外の項目の設定の仕方にあると考え、それを一つの表で管理し、毎日社員それぞれがそれを見るように指導しています。営業が売るだけ、生産が組み立てるだけであるならば、そりゃ自分が尊重されていないと思うに決まっています。しかし、「営業だけ」「生産だけ」しかしらず、マーケティングの観点から両者を統合できない管理者はこれができないのです。
もう一つ、予算には別の顔があります。それは、社員とお客様以外の会社に関わるセクター、たとえば株主、金融機関、ときには行政や取引先に対する「公約」としての性質です。これは私が若い頃の部長がいった「財務が銀行と交渉するのに使う」に該当する部分です。特に、銀行は「物事が計画通りに進む」ことが前提で、その計画に必要なお金を貸して金利を取る企業経営体ですので、計画と実績を報告し、それが概ね一致していることがとても重要です。彼らに事業の中身と誤算を延々説明してもそれは無駄です。だからこそ、粉飾が後を絶たないのです。したがって、社内では思いっきりチャレンジしてもそれは構いませんが、銀行をはじめ外部に「公約として出す」数字は、「おそらくは達成できる数字」とするべきです。かなりの大企業であっても、この「公表予算」と「各部へ下命された内部の必達予算の合計」は乖離しています。当然後者の方が全社よりもかなり大きい。
逆に、ここの見極めがきちんとできていない会社は、大幅な下方修正をたびたび引き起こします。勢いよく上場した会社には、この辺の「金融機関との呼吸合わせ」を知らない会社が時々あります。
会社は、社員とお客様だけでなく、様々なセクターが人、お金、法律などの面で関わっています。その時にその会社が多くのセクターから信用・信頼できるかは、「立派な理念」ではなく、「事業を計画通り推進することができるか、結果として人とお金が予定通り拡大しているか」という点にあります。(それ以外にコンプライアンスが確立していることが前提条件としては必要ですが)これは、人に例えれば、「約束=予算を守るか」ということです。これが、予算のもう一つの「意味」です。
2 予算の立案と管理に必要なこと、必要でないこと
ここまで社員に理解させることができたら、次に最低限必要な知識と能力を身に着けてもらうことになります。ここでも、大きな誤解があるのですが、予算の立案と管理に経理の知識は大していりません。しかし、業務と顧客の知識はいります。したがって、予算を経理が作ることはできず、現場が作る必要があります。
そういうと、「勘定科目はどうする」とか「計上時期はどうする」というような反論を受けるかもしれませんが、予算上の勘定科目は多少間違っていても問題ありません。差し引きした「利益額」には変わりがないからです。やっているうちにだんだん分類ルールが経験で身に付くのでそれでよいのです。計上時期の問題は、コンプライアンスの問題とも絡むため、やや厄介ですが、それが重要なのは決算においてであり、予算においては、「納品を完了する時期」「入金する時期」を計画すればよいのです。
逆に、現実問題としてあると便利なのは、EXCELで大きな表を扱う、時に参照関数などをあつかった経験です。予算に出てくる関数は、四則演算以外は、ほとんどがV(H)lookupが多いのです。また、シート間での参照や演算も多く発生します。こうしたことが「できる人」というのは見つけにくいかもしれませんが、「できるようになる人」を見つけることはできます。それは、使い方がわからない時に人に質問したりそのままにしたりせず、ネットでちょこちょこと調べて解決している人です。
予算管理を初期からプログラムで作りこむことや、ERPの機能を用いて実現することは全くお勧めしません。これという形が出来上がるまでに現場で部分を試行錯誤するフォーマットの変更が頻繁に発生しますし、2年目に入ると、勘定科目の仕分けミスなども見つかり、実績データ自体も比較のためには操作しないといけない、ということが起きてくるからです。
もちろん、EXCEL名人が予算責任者か、というとそういうことを言いたいわけではありません。予算責任者に適した人、それは、「ビジネスのストーリーテラー」です。ここがとても重要なのです。ストーリーを語れる、あるいは他人のストーリーを読める人がそれを表現するのが予算であり、逆にストーリーのない予算こそが、「ノルマ地獄」を生んでいる元凶なのです。そして、ストーリーを語るには、「モデル化予算」がもっとも使いやすいし、理解してもらいやすいのです。
しかし、この「ストーリーテラー」という能力は簡単に身に付くものではありません。これができる人がいたら採用するべきです。とはいえ、何とか育成しようと思うと、それなりの言語能力を有している人が、これをできる人に付いたり、ケースを経験したりすることで獲得することが多いようです。私自身は、もともと大学時代に社会現象の数値モデル化ということにだいぶ入れ込んだということでこうしたことが好きな方でしたが、はっきりとこのことを意識したのは、30歳ごろに自費でビジネススクールに通った時の周りの大企業から派遣されてきた優秀なビジネスマンとケースを元に対話する機会を多く持って彼らの「抽象概念を操作する言語力」に触れたときでした。それをこのブログでは、何とか文章でつたえようという工夫をしているわけです。
ストーリーテラーはただ、語るだけでは本当はだめで実際には、演出家としてメンバーを演じさせストーリーを舞台に描かなければならないのですが、そのリーダーシップとストーリーテラーもまた、必ずしも一致しません。そんな万能を要求するぐらいならば、このそれぞれの能力を持つ二人を組み合わせる方が現実的だと思います。
それでは、次回は、焦点を「モデル化予算」の構築と運用に限って、それに必要な組織体制やマネジメントの留意点を整理することにします。