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ストックエコノミーを実現する②~ストックの実情

前回から始まったこのシリーズでは、「年初に売上計画の8割が見えている会社を作る」「事業価値を主張できる商品を作る」ということのカギが、「ストックを積み上げることにある」ということをお話しし、これをどのように実現するかをご説明しています。前回は前置き的な話でしたが、今回からは、「ストックとはこんなもの」ということを例を元にご説明していきます。

例とする商品は、仮に皆さんに分かりやすいようにこうしましょう。「利用料は、月額2000円のインターネット接続サービス」この商品、金額には特に意味はありませんが、具体的イメージを持ってもらいやすいようにこうします。そして、ある会社、ここではオーナー家が経営するK社としましょう。この会社がこの物語の舞台です。

Episode1 社長室にて

2019年4月、K社では新たに法人向けインターネット接続サービスに参入することを決めました。K社のオーナー社長のK社長は、個人では価格下落に見舞われる接続サービスも、法人向けのインターネット接続サービスならば自社の”強み”を生かして勝ち目があるというのです。形ばかりの役員会も何のことだかよくわからないままに、社長の提案をその前に承認していました。

月額料金は2000円で固定IPアドレスと、メールサービスが付帯されており、その他のオプションもいろいろと考えがあると言います。この謎の新事業を仰せつかったのは、これまでの法人向けのオフィス家具を販売していたチームのリーダーのAさん(30)です。K社長はAさんにこう言います。

「何も自分でネット回線引っ張って、システム構築するわけではないんよ。その部分は委託できるの。だから、あんたがやるのは、どうやって顧客を獲得し、維持し、利益を生むかの設計と遂行。人が何人必要とか、販促費がいくら必要とか一度予算を立てて持ってきてよ。えーと、今日月曜だから、金曜の朝なら俺時間取れるから。8時半よりも前だから、とりあえず8時に報告して」

「あ、言い忘れたけど、7月営業、提供開始ね」

と言うや否や、K社長は応接室の来客へと向かっていきました。

後に残るのは、頭の上に?マークがいっぱい回っているようなAさんです。

「俺、何から始めればいいのだろう?」「てか、なんで経理とかじゃなく俺なんだ?」

Episode2 黒字になる…のか?(オフィスにて)

社長室からオフィスに戻ってきたAさんの茫然たる様子に、皆興味深々です。「あいつなにかやらかしたのか?」「いや、社長の気まぐれで新しいこと言いだしたんだろう」みんな勝手なことを言い出します。

Aさんは席に着くと、EXCELを起動し、左上のセルに、「K社法人向けインターネット接続事業 事業計画」とうちます。そして、「7月開始とか言ってたな?」と月を引いて、そこで手が止まります。

「ふぅ~」

オフィス家具の販売計画を課長の手伝いで作ったことはありますが、そもそも要領がわかりません。

すると、隣の新卒2年目、N美がのぞき込むなり皆に聞こえるような声でいうではありませんか?「あらまた、いまさらインターネットプロバイダー事業ですか?今度は!」

「そうなんだよね。たしかに、うちの会社、法人のオフィス環境の整備という点では関係があるんだけど、物販の会社だからね、びっくりだよね。とりあえず、事業計画作れって言われて…今日も含めて4日にしかないんだよね。どこから手を付けてよいのやら」

いつの間にか、A君の周りにはちょっとした人だかりができていました。皆、仕事は嫌いではないので、新しいことには興味深々です。誰かが言いました。「まず、売上のイメージ作ったら?いままでのオフィス家具の時も、訪問数と獲得数、単価なんかから仮定して作っているじゃない。それと同じじゃない。ごめん、営業行くんで手伝えないけど」

売上か…売上はどう決まるんだろう?そもそも2000円じゃ営業に訪問する交通費も出ないし、訪問じゃダメってことか?獲得のモデルは後回しにして、獲得数は仮に一人10件と決めて作ってみよう。まず、組み立てて、勘を見るの大事…

とりあえず、最初は自分で2か月ぐらい一人でやってみて、要領がわかったら、9月ぐらいから営業メンバーを一人入れよう。俺、これ続けてやるんだったら営業だけやっているわけにもいかないんだろうし…。管理方法とか教育方法とかできたら、そのあと3人ぐらい増やそう…半年後とかいうとまた、社長せっかちだから怒り出しそうだから、「12月には本格化させます!」ってことにしておいて…売上は、1件2000円だから、人数×10件×2000円で7月は売上2万円、12月でも10万円か…おいおい、俺の給料大丈夫かよ…

「でも、7月の2万円は8月もまた入って来るじゃないですか」

N美が椅子を滑らすようにしてこっちのほうへ移動しながら言ってくる。「お前見てたんか」「見てなくても聞こえてますって。そんな大仰な独り言言ってたら。そんな顔して困ってたら、助けたくなるのが、後輩ってもんじゃないですか?」「昼奢るわ。助けて。マジ。わからん。今のもう一度」「つまり、7月に獲得した10人はそのままずっと継続して使ってくれる上に、8月にさらにそれに付け加わるわけだから、8月は売上が増えるわけですよ。」

「なるほど、でも、それどうやって表現すればいいんだ?」

「そうですねえ。とりあえず、累計で契約してくれている数がわかればいいんじゃないですかね、こんな感じで」

「おま、頭いいなあ…どんどん増えていく…ってこと?」「そう…なりますね…」「これすごくね、ちょっとさ、次の一年も同じ人数で延長してみるとさ」

「月間、200万円超える…この調子でいけば黒字化するじゃん。」「ですね…。」「やった。終わったね」

このように、一定期間の継続が見込めるサービスでは、一件当たりの金額は小さくても、これを積み上げることで、大きな売上をやがては実現することができるのです。そして、次の月の売上は、前月にはほぼほぼ決まっています。これが「ストックの力」です。

A君の頭には、毎月月末になって、売上が足りなくてあちこち電話をかけまくる、いつもの風景が浮かびました。「社長が気まぐれで言い出したのかと思ったけど、これなのか?社長の意図は?」

そんなことを考えていると、N美が水をさすように言います。「でもさ、まったく同じっていうのはありえなくない?やめるお客さんとかでてくんべ」

「他社を見ると2年間の契約で途中解約は違約金を設定している会社とかあるんだよね」

「それはそれで考えるにしても、それでもやめる人は辞めるよね」

「だな、で、どうすんの?」

「うーん、人数が目減りするってことだよね…とりあえず、一定の割合が毎月減ると仮定してみたら、つまり『解約率』。こんなでしょ。」

鮮やかな手つきでたちまち表を改造して見せる。見た目も整えてくれ、なんだか、事業計画っぽくなってきた。

「解約率2%ということは年間24%解約するということか?」

「ちょっと違いますね、(1-0.02)^12ですので、21.6%ぐらいですね」

「天才か、おま」

「でも、こうしてみると、解約率の差ってやっぱり大きいですね。1年でこれだけですから2年、3年となると差はどんどん開いていきますよね。」

「解約されないことってめっちゃ重要やん」

「ですね…」

このように、ストック型の事業の売り上げは、「月間獲得数」「単価」のほかに、「解約率」により決まります。解約率は上の例でもあるように事業の成長率を決める非常に重要な要素であり、解約率の高い事業は、「穴の開いたバケツで水をくむようなもの」と例えられます。

「N美のおかげでだい様子が分かった気がする。あとで数字入れかえればいろいろシミュレーションできるのもわかった。お前すごいな、なんでこんな事知ってんの?」

「学生時代、スポーツジムのインストラクターのバイトやっていたんですけど、毎月の退会数を社員さんが気にしていたのを思い出したんです。知ってたわけではありません。」

「そうか…あれも同じか?そういえば、今までの机・チェアの販売だって同じだよな。毎年継続して買い続けてくれるお客さんと、一度買ったけど2度と買ってくれないお客さんがいる。なんで買ってくれなくなったんだろう?」

「それって、ものすごく大切なポイントですよね。これを見ると改めてそう思った。」

だな…とりあえず事業計画たてろ、って話だから、まず売上以外のところも表にしてみるわ。2000円全部利益何だっけ?社長は、仕組みは他社が提供してくれるって言っていたから、実はこれ仕入れと同じ考え方なんだろうな。とりあえず、仕入れは600円と設定して後で変えられるようにしよう。人件費は…自分が給与30万円、他は25万円で一応設定しよう。

「Aさん、その辺はさすがですね。」

「この辺は今までも課長についてやってたからさ。」

※本例では、原価率は実際よりも低く設定しています。また、賞与、地代家賃等一部の費用は省略して項目を減らして記載しています。


人数増やすと、おい、月100万円以上損が出続けるよ…これじゃダメじゃん。」

「ちょっと待って、さっきどんどん売上増えていたじゃないですか、もっと右右」

「そっか」

「だいぶ先だけど、2022年3月には単月黒字になる。解約率2%の場合だけど。」

「グラフにするとこんな感じ。2025年春には累損一掃…。このまま言ったら、社長に、『そんなときまで生きとらんわ』とか怒られるけど」

「おー、美しいですね。ずっと続けていれば、黒字になるし、この先さらに描けば…」

「そう、そういうことだね」

「めっちゃ儲かる。」

「すごい利益。あっ、かぶった。あとは、この利益をどれだけ前倒しして、どれだけ改善できるかだね。それはさっきの数字をいろいろいじってみればよいということだ。」

Aは、こうして表にしてみて、改めて「ストック」のすごさを思い知ったのだった。そして、みんなから三代目社長と影では揶揄されるK社長がやろうとしていることが実は、大きな改革であり、K社70年の歴史を変えることになるような予感に少し興奮を覚えた。

「はい、行きますよ」

「えっ、どこに?」

「もう忘れたんですか?お昼奢るっていったじゃないですか?」

「お、おう」

Aは自分では決して選ぶことはないであろう、手打ち麺の小さなパスタ屋さんでカウンターの向こうでN美と同じぐらいの若い女性が手際よく麺の生地をヌードルマシンに掛け、それを丸めて大鍋でゆでるのを眺めていた。さっきの「できた」っという高揚感は自分が優秀なのではなく、N美のセンスの良さに助けられたものだ。よく考えれば、仕組みを理解できた、というだけで、実際にはまだ事業計画と呼べるものではない、ということは自分でもわかっている。

「なんでさ」

「えっ?」

「なんでさ、こんな儲かるのにさ、みんなやんないんだろう」

女性の店員がちらっと自分のことかと目を上げるが、そうではないらしいと分かり、また大鍋に目を戻した。

「うーん。やんない、というよりやれないんじゃないでしょうか?」

「たとえば、誰が売るんです?そりゃ自分たちもチラシ取引先にもっていくぐらいはしますけど、説明しろとか言われても、月の売上計画が200万円とかいわれているのに、2000円の商品言われても困りますよね。それは協力店さんたちも同じです。今は一部の大手企業以外は協力店さんがオフィスファーニチャー売ってくれていますけど、それはちゃんと利益があるからですよね。これは100倍換算とかならいいですけど。それに…」

「なに?」

「そのうち、もうかるとは言っても最初はだいぶ赤字なんですよね?それってうちの会社レベルで大丈夫なんですか?」

「だな。さっきのレベルじゃまだ全然だな。もっといろいろ考えないとダメなんだ」

「ですね…」

「午後もう少しいろいろ考えてみようか」

「ええ…って私メンバーみたいになってるじゃないですか!」

「頼む!お願い!っていうか結構面白がっているよね?」

「まあね。少しならしょうがないか。課長に怒られない程度に」

(③へ続く)

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