4月1週目は、朝電車に乗ると、集団で研修会場へ向かう、明らかにスーツに着られている若者のグループによく出会います。今年は時期的に就活生と混じっているのですが、大企業の新入社員はだいたい群れているので区別がつきます。
大企業と中小企業の力の差を最も感じるのはこの若手社員の教育研修の仕組みです。エレベーターやタクシーの乗る場所や順番などの社会人マナーから始まり、その会社の実務知識まで短期間で効率的に習得できるカリキュラムが用意されているというのは、小さな会社ではなかなか期待できないことです。一部は外部研修を利用する(大企業も外注している部分も多い)こともできますが、カリキュラムを考え編成することもなかなかできないが、できたとしても一人当たり何十万円もの経費に中小企業はしり込みしがちです。
中途入社が多い、とある上場企業ではこれに変わるものとして各職責毎の資格制度があり、それに必要な知識体系が教科書として提供され、試験が随時オンラインで実施されていました。部長級になるには、13科目(その後、10に減らされたのですが)の試験に合格しなければならず相当の勉強量を必要とします。その教科書には、一般的知識だけでなく、利益をあげていくための「その会社のルール」、そして守るべき「コンプライアンス事項」がたくさん散りばめられていて、それを会社の「共通言語」としていますし、リクルート、キーエンス、GEなど学ぶべき先例の学ぶべき点をまとめた200ページ近い事例集もありました。
大きな会社とはいえ、これだけのものを独自に自分たちで編纂し、そして資格制度として数千人に適用するという労力は、その会社の経営者がいかに教育を重視しコストをかける覚悟をして進めてきたかを如実に示すものであり、中小企業では到底真似のできないシステムでした。
なぜ、この会社がこのようなコストをかけてでも、このような仕組みを整備したのか?というと、それには大きく分けて二つの理由があります。
一つ目は、この会社では、営業関連部門の人員で「適正な新陳代謝、人材の流動性」を確保することを方針として持っており、結果として人員の2割近くを毎年入れ替えるため、継続的に大量の中途採用を不定期に行う体制であったことです。下位2割は入れ替えていく(文言上は部署異動です。)ということが会社の方針として掲げられていて、常にパフォーマンスの平均値が上がり続けるよう求められていたのです。私もこれはどのような方法を用いるかは別として日本の組織には必要な方針であると思っていますし、そうでなくても、成果主義的評価報酬制度が徐々に拡大する中では社会全体はその方向へ向かっています。
もう一つの理由は、新規採用した人員が実戦投入され実績を上げられる水準に達するまでのコストが非常に大きい、ということを意識してそれを如何に短縮するか、ということが管理者の主要な課題と経営陣から明示されていたことです。同社ではどの部門でも、採用後3~7日の研修のあと実戦投入できる水準に達するよう部門の業務設計の中に教育システムが組み込まれていました。もちろん、これは教育システムだけではなく、業務分掌の最小単位がある程度小さく、ミッションがある程度シンプルに分解されていて習得が容易な状況を作り出して置き、そこから最初はスタートできるというように業務を設計できていることとセットで行われています。
そのほかに大企業ではOJTという形で、業務の準備計画から実行、改善までの進め方、稟議書や提案書のロジックの展開方法や事前の関連部門とのすり合わせ方法、といった「ビジネスの進め方」が1,2年目までにかなりの先輩社員の時間を割く形で行われます。そして、役割自体は非常に部分的ではあっても、1年目2年目から参加しているビジネスのサイズが中小企業に比べると数十億、数百億のサイズであり、そこで見聞きするクライアントの担当者もかなりビジネス的に鍛えられた方を見ることになります。そして数千万円、数億円というお金の動かし方を知っていきます。それは中小企業勤務ではどんなに優秀でも、何年経っても手に入れることができないものです。
どこの大学を出たか?大学時代何を勉強したか?よりも、この社会人1,2年目にどれだけ多くのことを学んだか?の方が、その後の社会人としての活躍度合いには大きく影響しています。この期間に学んだことはその後のその人のビジネスマンとしての人生を大きく左右します。しかし、中小企業にはこのような充実したカリキュラムや重要な項目を意識したOJTカリキュラムを構築することはなかなかできていません。お金や人手以前に、そもそもそういう経験のある人が社内にいないため何をどうすればよいかがわからないという問題がまず生じます。結果として、同じレベルの人を新卒で採用できたとしても、大企業と中小企業では3年目、5年目で比べてみるとビジネスマンとしてのスキルに差がついてしまいます。それがわかっているから余計大卒就職戦線は、決して一生頼りにならないとしても、「まずは大企業」を志向するのです。
それでは中小企業はどうすればよいのでしょうか?民間の研修に出せばよいのでしょうか?マナー研修等はいいとして、ビジネススキル系研修は少し実務を知り、何が自分に足りていないかを自覚出来てからの方が効果があると思います。ただ、それでもなかなか育成には自信が持てないし、そこをしっかりサポートできないと、今度は若者の方も自分の将来に不安を覚え「やっぱり大企業の方が自分の力になる」と考え始めて離職してしまいます。
私は、中小企業は大卒新卒を採用するよりも、3年目程度の中途採用で、ある程度大企業で訓練された人を採用した方が育成という面では有利な可能性が高いと考えます。エース級がなかなか来てくれないのは新卒でも中途採用でも同じことです。しかし、その方が、スキルも訓練されているし、世の中を知っていて、しかも大企業に飽き足らず自分の力を伸ばしたいという人を採用できるので、定着の期待もできます。もちろん、高めの給与設定は必要でしょうが。
お付き合い先で、OnBoarding研修カリキュラムの準備の重要性を言ったのですが、誰もやはり着手できません。忙しいというのもあるし、彼ら自身それの必要性も必要項目もを理解していない、そもそも一人一人に万能を要求して職務を分解できてからです。そんな様子を見て、やはり新卒育成は時期尚早なのかな、と思ったのです。