中国では、企業活動は、「共産党の指導の下」行われることと公式に定められています。2018年12月に中国は改革開放路線40周年を迎えましたが、その記念式典でも習近平国家主席は、次の様に述べました。
「開放を堅持しなければならない」「党、政、軍、民、学、東西南北すべてを党が指導する」「共産党の指導が中国の特色ある社会主義の最大の強み」
そして、実際に、10年ほど前から様々な「実際の方法」が行われてきました。例えば、中国では中国向けのインターネットサービスは、サーバーを中国国内に設置し、ログを保管し、中国の情報管理指示に対応しなければならないことと法律で定められています。各企業のサーバーでも同様にログ保管義務が定められています。そして、中国ではインターネットプロバイダーの先に、「金盾」あるいは、「グレートファイヤーウオール(万里の長城にかけている)」と呼ばれる監視装置があり、特定のキーワードを含むと、その投稿はされなかったり削除されたり、ということが広大な国土でほぼ自動化されています。有名なものは、天安門事件(日付を取って六四といわれるが、この隠喩含めて不可)や「太った三代目」(北朝鮮の金第一書記のこと)「熊のプーさん」(習近平主席のこと)などがありますが、他にも政治指導者や反政府運動などの情報が全く流通しない、という仕組みが実現しています。この規則に従うかどうか、がGoogleが中国から撤退したり、Facebookが従うようなことを言って批判を浴びたりしている内容です。つまり、中国国内で事業をするならば、中国共産党の監視を仕組みとして受け入れ、指示に従わなければならない、ということです。今でもこの基準に従い、中国ではFacebook,Twitter,Google,およびそのグループ会社のYoutube,Instagramは展開することができず、10億人市場で中国資本系の類似サービスが生まれそれが巨大企業へと育つ余地が生じました。
また、数年前からは海外から持ち込まれた携帯電話の使用が国立大学や役所で厳しく制限されるようになりました。国内の端末は誰がどこで何をしたかが管理されているようになっているからです。ネットの世界のみならず、10年ほど前には外資系企業に社内に工会(労働組合)を作るように義務付けが行われました。私がいた会社にはその前からあったのですが、この「労働組合」といういい方は状況を正しく反映していないと思います。工会とは、共産党の下部組織そのもので幹部には通常、共産党に忠誠を誓う党員がなります。国営企業や中国独資の大企業は昔からそのような仕組みがあったのですが、これを外資にも広げ、実際には労働者をコントロールすることによって会社は事実上コントロールできるようになっているのです。
中国企業、および中国での外資の企業活動はこのように、共産党の監視下にあり、共産党の指示を受けるという前提で行われています。といっても平時はもちろん何も起きない訳です。その制限内でおとなしく儲けている間は。ただし、歯向かえば継続できない、ということです。ちなみに、日本やアメリカは中国には「民主主義はない」と言いますが、中国共産等の定義では、中国は民主主義です。あまり知られていませんが、選挙もあるし、複数審制度の裁判もあります。ただ、民衆の意思を代表・代弁して共産党がこれらを指導している、という構造になっているのです。定義が違うだけでどっちが正義かはお互いが自分の主張をしているだけです。日本はいろいろ文句を言う人もいますが、世界的に見れば大変民主的で自由な国です。日本に暮らしていると世界中の人がこのような中で暮らしている。あるいはこのような暮らしにあこがれている、と思いがちですが、実際には人口比でいえばそうではない国の方が圧倒的多数派なのも事実です。そして、中国は、この40年、改革開放路線の中で国家の強大な指導力であたかも一つの企業の様に戦略的に国家の経済力を強化することに成功してきたし、だからと言って今後もその独裁的権力を国民に分散させるつもりもないのです。
ファーウェイ問題とは何か?はファーウェイが人民解放軍と親密(創業者は元関係者)だから、とか高度な技術者を多数抱えるから、とかいうファーウェイ特有の問題なのか?というと、上で見たようにそうではありません。中国企業はすべて中国共産党の指示には逆らえない、という状況の中で、共産等の指示があれば、その国からの輸入品を用いている国(アメリカや日本)がネットワークからの情報抜出、あるいはネットワークの破壊という形で国家の危機に陥る危険性があるリスクを取るのか?というのが表面上の問題であり、その実、この「ネットワーク機器」というわかりやすい問題を題材に、中国での企業活動への国家の介入は中国がアメリカと並ぶ超大国になり、世界へ人、モノ、金を送り込むようになった現代、世界のリスク要因になっていることを許すつもりがない、というアメリカのメッセージだと私は考えます。そして、中国がこれだけの経済大国になった今だからこそ、「共産党一党独裁」それ自体を咎めるチャンスとなった、アメリカの特定の勢力はその機会を10年ぐらい窺っていたのではないか?とも思っています。
ただ、こういう価値観を政治的に打ち出している国は少数派です。アフリカも、アジアも、ロシア周辺、南米には中国の効率的なやり方を見習っている国が多数あるし、中国はそれらの国にすでに経済的に大きな影響力を持っています。一時的な業績の影響を一部の企業が受けることはあっても、中国自体の今後の運営に影響を与えるものにはならないし、むしろ数年たってみると、「中国グループ」が「アメリカグループ」を力で凌駕したことを象徴する出来事の一つになっているような気がします。
中国人も日本人と同じように恋愛し、仕事し、酒を呑み歌います。
しかし、日本人は、普段は国家の存在など全く気にすることはなく、テレビでやっていても自分の税金や社会保険料に関係がなければ全くの他人ごとでしょう。実際には、日本でも様々な官僚機構による統制が行政指導やその他の手法を駆使して行われているわけで、事業を行う上ではそれ自体は意識しなければならないわけですが、それでも今の日本で国家が企業運営に直接介入しデータ提供や接続遮断を指示するとは思っていない人がほとんどです。しかし、中国の会社幹部は、その可能性がいつでも存在することを常に意識しています。中国企業でも大卒幹部は共産党の教育を受けてはいるものの、外国の情報に様々な形で触れていますので、その経済運営体制が正しいとか当然とか思っているというよりは、彼らはにとっては所与の条件であり「諦め」です。そして、そこから逃れる方法は、国外に行くことしかありませんが、この15年ほどで中国は世界最大の市場にもなったわけで売るためにはそれに従わざるを得ないのです。
私も中国で働いている間は、腹心の部下の副総経理も秘書さんも人事部長も共産党員ですから、この経済指導体制について、どう思っているとか聞くこともできません。相手に迷惑をかけるか、自分に被害が及ぶかのどちらかが起きるリスクを感じるからです。けれどもある時、秘書さんが、ある許認可の申請書類を作るときにふと言った「そういう国の国民なんです」という言葉が本音だったように思います。