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経営者にとっての契約書作成

数多くの中小企業でその企業にあったお手伝いをする、という立場を取っていると、契約書の要件を洗い出すとか、契約書を作る、という業務もかなりあります。最近も新規業務を立ち上げようとするお客様の契約条項の洗い出しをやっていました。

もちろん細かな条文、特に一般条項はこうしたことに熟達した専門家の方が圧倒的に生産性が高く、漏れもないのでそうした方々に力を借りればよいと思います。最近ではこの分野でのAIの応用事例も出てきており、もう少しすると契約書作成の風景は一変することになりそうです。しかし、どんなにAIが発達しても、そしてどんなに優秀な弁護士でも対応できない、その会社の結果にコミットしている経営者や営業責任者でなければできないこともあります。

①業務フローや条件分岐は弁護士には決められない

一般条項は別として、契約書の根幹は、「誰が当事者なのか」「どのような手順を踏むのか?(業務フロー)」「どのような事態が起きたら、どのような処理を行うのか?」を他組織との間で事前に合意し、それを文面化することにあります。しかし、多くの中小企業では、契約書どころか発注書もない状態です。そして、実際にはないのは契約書だけではなく、その中身もないのです。つまり、条件分岐はもちろんのこと、業務フロー自体も曖昧なまま、金額すら曖昧なまま、業務が進行し、相手の言いなりですべてが決まっています。

この理由を多くの中小企業経営者や営業の現場は「力関係」「めんどくさいことを言うと切られて他社にとられる」からと言います。それは確かに日本の大企業、特に小売業本部のよくある一面であり、否定はしません。文面がないからと、あとから平気で約束を違えたり力づくで無理を通すという点では中国以下の非道ぶりを日本で耳にすることも多くあります。もちろん、その背景には他社でもできるようなドメインで競争力の差もないところで価格だけの競争をしているという戦略の不備があるからなのですが、そんなことを言っても変えるには時間のかかる話であり、今効く薬ではありません。

しかし、違約条項を含む契約書にするかどうかは別として、文面化して共通認識・計画を持って進めることはできるはずであり、それ自体はマイナスではありません。その計画書があって顧客に事前に示されているならば、あるべき契約書の目的の半分は達成されていて、残りの半分のトラブル時対応のルール化が残っているだけです。そのトラブル時対応は基本泣き寝入りというのは現状、「しょうがないこと」なのは認めざるをえません。

しかし、その文面化すらやらないのは、力関係を言い訳に面倒な作業から逃げている、もっと言えばそれをやるべき管理者が自分にそのアウトプットの力量がないことを言い逃れているだけのケースが多いのが実情です。つまり、契約書がいい加減なのではなく、プロジェクトマネジメントがいい加減なのです。力関係でしょうがないのではなく、契約書には契約書らしいもっともらしい言い回しが必要なのではなく、プロジェクトを成功させるために、あるいは失敗した時のためにどうなったらどうするかを表でも図でもいいから整理して相手と話し合って一定のコンセンサスを得ておくことが必要なことなのです。

そして、この部分がなければ弁護士に「契約書を作りたい」と言っても、一般条項と金額と支払条件しかない契約書しか作れません。それは、実際には何ら意味のない契約です。実際、私がお客様の何をやっているかというと、この業務フローを作って、相手と交渉、確認すべき点を洗い出しているのです。

②全ての事業はたくさんの法律に縛られている

現代社会においてはすべての事業は、たくさんの法律の制約を受けています。従業員を雇えば労働基準法の制約を受けますし、ECに進出すれば特定商取引法に定める表示義務を負います。旅行業ならば旅行業法、運送業ならば運送業法などの業法があり、その他にも衛生、安全、経営開示など様々な許認可と規制の中で事業は存在しています。自分たちがどのような法的枠組みの中で生きているのか?はその業務ごとに最低限は知っておかなければなりません。

これは誰かがまとめて教えてくれるものでもないし、顧問弁護士と契約したって、聞かなければ教えてくれないし、その分野に大変詳しい弁護士でもない限り、個々の業法まで詳しく知っているわけではありません。したがって、経営者が自分で意識して把握理解し、従業員に事業開発にあたって知っておくべきこととして周知しなければならないことです。

これがまた、「法律」だけでなく、「実施細則を定めた政令」(これは公表されている)があり、さらに運用指針やガイドラインなどがあり、と多層構造になっているため、全体を把握するのは一苦労です。長々とある条文や説明文のうち、自社に関係がある箇所はほんの一部であることが通常なので、隅から隅まで熟読する必要はないのですが、その辺の要領もわかっておられないケースが多いので、私が指摘すると、なるほどそりゃそうだと取り組み始めて15分程度で思考停止状態に陥っているケースを目にします。

いわゆるベンチャーの多くは、自分たちが多くの規制にがんじがらめになっていることをあまり意識しておらず、ひとたびそれに気づかされると、「規制が古く、発展を妨げている」という主張をしがちです。しかし、多くの事業規制はそう遠くない昔に我々の先人たる経営者がモラルや配慮に欠ける行動をとり、世の中に迷惑をかけたがため市民の声を受けて再発防止のためにできたルールです。経営者が世の中に貢献してきたことがあるのと同じくらい、人の命と気持ちを粗末に扱って犠牲を生んできた歴史があることを現代において経営に携わる者は忘れるべきではありません。

だから、ある新しい事業に携わる時、私はその業界、その業界の買い手やサプライヤーなどの状況を調べるのと並行して、その業界にどのような法律の網がかけられているのかを調べます。主要な法律には、監督官庁のwebサイトに解説書類も用意されていますし、その他の法律専門家のwebサイトにも解説があるものが多くありますので、その辺の内容は理解したうえで、事業の内容を把握していきます。その上で契約書の相談を受けたときに、項目を列挙していきます。法律の定めは契約に優先するものですが、そのうち、一部は契約類にも反映させて相手にも認識させておいた方が良い内容ですので盛り込みます。

実際あった例としては、旅行業では、「約款」は①業界で統一基準として定めた標準約款に従う。か②あらかじめ官庁に届出したカスタマイズした約款を用いるか、のどちらかが必要であり、サービスごとににwebで表示するような形や顧客に契約と同時に示す形での無届出の約款を作ることはできないことが定められています。これは旅行サービス利用者の安全と財産のほぼのために作られている規制です。中小企業の実務的に言えば、「標準約款を用意し、それに反しないようサービスを定義して説明していく」(個別に専用を作るとその維持と届出が大変)ことが必要なのですが、それを忘れていて、新サービスの約款を一生懸命考えていて相談を受けた、というような事例がありました。「これ、これから全社用として届け出するんですか?」と質問したら、「?、あっそうだった」みたいな感じでしたので、私ももう少し早めに首を突っ込んでいたら工数の無駄も無くせてあげたな、と思ったことがありました。

また、資本金1000万円の会社の資金流動改善策を策定していたら、大手上場企業からの支払サイトを末日締め、翌々月20日で注文を受けている事例も最近ありました。これは下請法違反です。20年以上の付き合いということなので、下請け法ができる前からお互い何も意識していないようです。だからと言って、すぐさま要求を顧客にねじ込め、というわけではなくて、相手も問題を意識していない中でうまく気づく用よう耳に入れる方法を考えて助言するなどしています。

考えることを放棄している人は管理者にしてはいけない

こんなことがは当たり前だ、と思ったあなた!あなたが正しいのであって、私が特別偉いわけでも賢いわけでもありません。しかし、実際にはその当たり前ができないし、自分が出来ないから部下にも指示指導できない管理者は中小企業にはたくさんいます。日本語でできた論理的な長い文章をきちんと読んで、それを自社に該当する部分を抽出・適用して考える、という作業ができる人は少なくとも中小企業の事業の現場には決して多くはありません。残念なことにこうした読解力は大人になって身に着くものではありませんで、ある程度そういう訓練を学生時代や若いうちにされた人間は大企業に勤務している、というのがこれまでの日本の現実なのだとも思います。

しかし、救いようはあります。企業を取り巻く法律も早々急激にかわるものではないし、一度作った事業のプロジェクトマネジメントと条件分岐のスキームも少しずつ変えながらもその会社の中ではある程度汎用性があるものです。一度整備してしまえば、事業構造が大きく変わらない限りは、少しずつの整備改良で対応できるはずのものです。だから、ある程度確立した事業構造の部分を集中対策すればよいのです。

なかなかこの部分にお金をかける気になれない経営者の気持ちもわかります。しかし、ひな形、マスタープランがあれば営業は格段にやりやすくなり、相手からみても「ちゃんとしている感」が出てきます。もし、まだコロナ禍で営業が本格化できていないとしたら、それは今がこうしたことに取り組むチャンスでもあります。

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