ブログ

人件費って結局どのくらいかかっているんだろう?どのくらい増えているんだろう?

前回は昭和と平成のHRM(人的資源管理)の罪深さ、そこから変わることの大変さをモデル化してご説明しました。そこでの単純モデルでは、「構造」を示したため、金額感が実際にはずれていました。規模感の議論をするにはそれでは不十分なんですよね。ちょっとそこを補足しておきたいと思います。改めて歴史含めて整理すると思いのほか、時間がかかってしまいました。

前回はこちら(初回アップ時にスマホでは表が見にくくてすいませんでした。画像に修正しました。)

そこで今回は、人ひとりを雇用するのにどのくらい費用が掛かるのか?それはどれくらい増えているのか?というところをもう一度整理したいと思います。結構皆さん、見落としていると思いますよ…というお話です。今回も「代表的な中堅コア社員」として、月の給与が30歳で30万円(総支給です。手取りはもっと少ない)を想定することとします。ここではAさんとしましょう。

この30万円という金額も今の50歳代以上からすると、「もらえて当然の額」だった方が多いと思いますが、今や、「30万円」がもらえるのは、「一部の恵まれた人」だけです。厚生労働省の令和元年賃金構造基本統計調査によると、30歳~34歳の賃金では、24万円以上28万円未満が全体の24.9%とボリュームゾーンで、30万円を超えているのは、35.3%です。その先にある、かつての一人前ラインだった「手取りで年齢分もらう」は遠い夢の話なのです。

それでは話を始めましょう。

①社会保険料、年金等「法定福利費」

現在(令和2年)はこんな感じになっています。この表はあちこちのサイトに載っているものです。

社会保険保険料率企業負担個人負担
健康保険料9.87%4.935%4.935%
厚生年金保険料18.30%9.15%9.15%
介護保険料1.79%0.895%0.895%
雇用保険料0.90%0.60%0.30%
子ども・子育て拠出金率0.36%0.36%
労災保険料0.30%0.30%
合計31.52%16.24%15.28%
令和2年東京都協会けんぽの例での社会保険料率

労災保険料は、業種により相違します。また、健康保険料は、東京都の協会けんぽを例に作成しています。(北海道、佐賀が高いのは有名な話です)また、後から出てくる賞与にもこれが賦課されるのですが、基準金額が給与の方が大雑把で2万円刻み、賞与は千円きざみと不思議な差がありますが、平均すれば同じです。

介護保険は、40歳以降で発生する費用であり、この人にはかかりません。

というわけでAさんについては、ここで発生する額は、30万円×15.345%=46,035円 …① です。

ちなみに、社会保険料の全国平均は、40年前に1980年は8%、20年前の2000年は8.5%(企業と個人で折半負担)が現在は9.87%(全国平均は10.0%)でしたので、この20年で会社の負担は、増えた分の半分の0.7%ぐらい増えていることになります。

また、年金保険料は、1980年は10.6% 2004年は13.934%(制度の変更があり、それ以前と単純比較ができない)であり、現在は18.3%ですので、こちらは20年間で会社の負担は2.2%ぐらい増えています。こちらは定期的に見直す制度があり、ここ数年はその端境期で改定されていないのですが、いずれまた上がっていきます。

会社(というより社会全体)が高齢化し40歳以上の割合が増えていることで介護保険が新設され、料率が急ピッチで上がっていることもありますし、児童手当拠出金も過去5年で0.15%から0.36%まで上がっています。

こうしてみると、過去20年で給与に対する会社の負担はざっと4%ぐらいは増えているということです。そう見てみるとそんなに増えてもいないように見えますよね…そこが政府のうまいところなんです。では次に行きましょう。

②賞与

賞与がどのくらいかは会社によっても違いますし、旧財閥や家電のように夏冬合わせて4.5か月~5か月などという会社は夢のまた夢です。(私も一度もそんな経験はありません。)。それでも経営のしっかりしている中小企業では、4か月分を引き当てているという会社も多くあることには驚きます。(私が少ない会社ばかりを経験してきたからでしょうか?)

とすると、月当たりの負担は

30万円×4か月分÷12か月=10万円

これに社会保険料が発生します。この方は40歳以下なので、先ほどの計算と同じく10万円×15.345%=15,345円です。

したがって、賞与の月額負担は、115,345円…②となります。

実は、2003年よりも前は、この賞与にかかる社会保険料はずっと低くて1%、つまり1,000円でした。私が最初に会社の数値管理に携わったときはそのように計算した記憶があります。それが総額報酬にかかるように2003年に変更されたのです。つまり、賞与は会社も個人も社会保険料負担が少ないため、同じ金額をもらうならば「給与を低めにしつつ賞与を増やす」という動機が20世紀には会社にも個人にもありました。それが「夏冬2か月」の前提条件であり、「ボーナス払い」ローンの前提だったのです。ところが、いざ制度が変わっても、だからと言って同じ金額を年俸制の12か月均等割りにするという変更を行う会社は少なかったのです。(もし、こうしておけば、少なくともそのあと入ってくる社員の人件費を抑制することは容易だったはず。)

③その他の人件費

コロナ禍で見直す会社も出始めていますが、90%程度の会社で通勤交通費を実費で支給しています。これは税務上の「費用」として認めることができるからです。平成27年の就労状況総合調査(年によって調査項目に相違があり、この歳だけこの調査項目があった)にこれの調査があり支給された企業では全国平均で11,462円ですので、支給率とあわせて考えると1万円です。

家族手当は約2/3の会社で支給され支給対象者の平均支給額は17,282円、住宅手当は46%の会社で支給され支給対象者の平均支給額は17,000円なのですが、支給対象者の基準が各社ばらばら(Aさんが対象かどうかわからない)のため、これらの数値をそのまま足すのは正しくありません。しかし、ほかにも、食事手当、単身赴任手当、勤務地手当などが給与とは別に存在している会社は日本ではまだたくさんあります。30歳でどれが対象かは一概に言えませんが、控えめに1万円にしておきましょう。

必ずかかる費用としては、法廷義務の「健康診断費用」があります。方法によって1人当たりの費用は相違してくるのですが、中小企業の個別の病院予約を想定して、これは1.2万円(月あたり1,000円)としておきましょう。

以上を合計すると、月あたり、2万1千円の「福利費」がかかっていることになります。

④人がいるとかかる経費

会社にはオフィスの賃料などその人がいてもいなくてもかかる「固定費」もありますが、その人がいるとかかる-たとえば、採用したら準備しなくてはならないような-費用もあります。

代表的なものは、パソコン回りです。事務や営業、企画職では最近では一人一台のノートパソコンが標準的です。(製造、飲食業、小売店の現場社員はそうではありませんが)ただ、会社のパソコンは本体だけではすみません。Officeソフト、ウイルス対策ソフトや暗号化やMDMなどのセキュリティソフトなどが費用として発生しますし、小規模法人だとGsuiteでメールを運用しているケースも多くあります。

パソコンは一括10万円ぐらいで十分使えるものが買えて、5年は耐用できますので、月1700円ぐらいと見なせます。

ところが、Officeはバージョンにもよりますが900円/人月、ウイルス対策ソフトもものによりますが、400円/人月程度、暗号化にセキュリティに…と普通に一人月2,000円ぐらいかかるんです。

そのうえ、最近では、勤怠クラウド、経費精算クラウド、マイナンバー届け出、メンタルヘルスチェッククラウドサービス…にそれぞれ400円/人月ぐらいかかって…とこちらも1000円ぐらい普通にかかります。つまり、パソコン本体よりも、こうした業務に使うシステム利用料の方がだいぶ高いのです。小売業や飲食業ですと、従業員一人一人にパソコンや経費精算が必要というわけではないのですが、勤怠管理は…いるんですよね。これがなかなか一人当たり課金のクラウド型が普及しない原因にもなっています。

というわけでIT系費用は業種にもよりますが、大胆に割り切ると月一人あたり4,700円ぐらいかかっていると見なせます。異論がある方は自社のパターンで算定し直してみてください。(大企業ではこれをはるかに超えると思います)

ほかにも机がいるとか(耐久性が高いので今回は無視),椅子がいるとか(意外に高いし破損汚損するんですよね)、いろいろあるんですがあまり大きくはないですので、今回は省略します。

⑤退職金制度

退職金は、実に8割以上の会社に存在しています。私はない会社の方が多かったんですが…。意味合い的には給与の後払いです。この引き当て規模をどう見積もりするかというのは2000年頃から会計の世界で問題になって巨額の費用計上が発生していましたが、これには、自己都合で退職したときの退職金が、1年間でどれだけ増えるか?ということが重要な指数です。

伝統的な日本企業で多いのは、2年で1か月分の基本給+αの退職金が増え、自己都合では、その半分(ただし、若いうちはその割合も低い)というパターンです。ですので、Aさんの場合、1年間で荒っぽく見積もりすると、7.5万円引当を積み増すことになります。(実際には、制度が年数とともに加速度的に増えるようになっていることや割引率や昇給率なども関係します)つまり、月額6,250円程度の負担になります。

⑥採用費用

まだ、大きいものがあります。採用費用です。人気企業でwebで記事を出すと応募者がメールで人事部あてにたくさんくる、という会社はよいのですが、そうではない会社は中途では人材紹介会社に頼ることが多くあります。この方法がよいかというと、これに頼らないでもよい仕組みを作ることが本当はよいのですが、そえが実現できずに結局ずるずると頼っているというケースがままあるのが実情です。

この手数料は会社によりまちまちですが、ざっと「年収の」35%です(この付近に集中しています)。Aさんの場合は、30万円×12の・・・と言いたいところですが、夏冬の賞与2か月分も足されて、30万円×16=480万円の35%=168万円となります。

もちろん、これは一時金ですし、一般の紹介で入社する場合もありますので、多くの会社で80万円程度が中途採用のコストの平均値となっているようです。この費用には、適性検査費用や採用時の社保手続きの委託費用なども含んでいるものとします。また、新卒の場合は、その半分ぐらい40万円ぐらいが採用に直接かかる経費という会社が多いようです。

ここで仮に最近よく見られるパターンとして新卒と中途の割合が半々である(60万円)平均勤続年数を最近の統計(国税庁:民間給与実態統計調査)に基づき12年とすると、年間平均負担額は5万円、月額にならすと4200円かかることになります。

ここをいかに低コストにしていくかは人事部だけでなく全社の課題であり、紹介入社制度などを駆使していく必要があります。営業会社などで退職率の高い会社ではこの額が1万円を超えるケースも見受けられます。

⑦ここまでを合計すると

ここまでを合計すると次のようになります。

  • 給与      300,000円
  • 社会保険料    46,035円
  • 賞与と賞与にかかる社会保険料 115,345円
  • 通勤費等福利費  21,000円
  • IT関連費     4,700円
  • 退職給付引当金  6,250円
  • 採用費用     4,200円
  • 合計  497,530円

仮に賞与水準を夏冬各1か月分の半分としても44万円です。

多いと思いますか?少ないと思いますか?自分の分だけでもざっと給与の1.6倍ぐらいの費用が実際には発生しているのです。そして、歴史的経緯の中でできてきた制度のうち、現在の法的義務の部分を除くとこの構成は本当に「しょうがない」ものなのでしょうか?言い換えればもし今0からもう一度作り直せるとしたら、同じ制度にするでしょうか?

この498,000円を1,000円単位(0.2%)で改善する方法はいくつかありますがどれもそれなりに大変です。しかし、10,000円単位(2%)で合法的に改善することはなかなかできません。同じように、働き方の効率を0.2%改善することはできると思いますが、2%改善することはなかなか大変なことです。

私が口癖のように経営者の方にいうのは、「それぞれが担当分野で0.1%の改善を毎年何十個かずつ積み重ねる組織づくり」ということですが、それはこうした「構造」を見ていただければご理解いただけると思います。経営に魔法の杖はないのです。

ちなみに増え幅ですが、ざっと20年を振り返ると

  • 社会保険料 4% 12000円
  • 賞与の社保    14000円

が増えたほか、電車代の値上げの反映(東京のJRはさほど上がっていませんが、地域によっては上がっています)などが起きています。人件費はやはり、この20年で給与水準が同じだとしても給与に対して5~6%法定福利費の伸びだけで負担が増加しているのです。こうした「会社はなにもしていないし、インフレも関係ない(インフレは理論的にはコストと同じく売上も増える)のに、じわじわとしらないうちに費用負担が増えていく、という事例は実は会社にはほかにもたくさんあります。最近ですと、再エネ促進賦課金の高騰による電気代などその代表的なものです。それに気づかずに、逆に毎年すこしずつ苦しくなっている、ということに後になって気づいても、前回お話ししたような「下策」しかとりえなくなってしまうのです。

「知らないうちに」と書いてしまいましたがもちろんこうした制度があり、毎年改定されることは予告されています。そのことをどれだけ重く受け止め対策しているかどうかの差なのです。

⑧会社には稼ぎには直接関係ない人もいる

ここまでご説明したついでに、もう一つトピックスを加えたいと思います。Aさんは営業マンとして、50万円…では建物の賃料やコピー機費用などもでませんので、例えば給料の倍の60万円稼げば合格なのでしょうか?

数字を追いかけなければならない営業職は、昔から決して人気があるとは言えませんでしたが、昨今はますますその傾向が強まっていて、若者はみな「企画をやりたい」と言います。

もちろんそんな話ではなくても、経理や給与計算の担当は数十人規模になると置かざるを得ませんし、業務内容によっては物流担当や貿易担当などの専門家を置かざるを得ないこともあります。しかし、そうこうしているうちに、「営業する人」、つまり稼ぐ人の割合がどんどん下がってきているケースが見受けられます。

あなたの会社では、全従業員のうち、営業として実際に数字を持っている「兵士」はどのくらいの割合になりますか?業態にもよりますが、もちろんこの割合が大きい方が営業担当の負担は少ないですし、「企画」「サポート」がたくさんいれば、商品・サービスは同じなのにどんどん負担は大きくなっていきます。実は、この基本構造に甘いことも業績が悪くなり、営業を苦しめ定着しなくなる大きな原因になっています。

営業比率が80%の会社では先ほどの60万円は75万円の「ノルマ」となりますが、営業比率が50%の会社では、120万円となります。その企画やサポートがこの単価1.6倍アップや営業の1.6倍の効率アップに寄与してくれるならばそれでよいのですが、そうなることを意図せずに組織が肥満体になっているケースが最近では特に多くなっているように思います。

こうした「知らず知らずのうちについた脂肪」をどうすれば溶かすことができるのでしょう?それを次回以降すこしずつお話ししていきたいと思います。

関連記事

  1. 元〇〇を採用する
  2. 「中国」が「旧態依然」を温存した?
  3. 中小企業の「リモートワーク」
  4. ラグビーワールドカップVS日本シリーズ
  5. 実録再生トナー運用(プリンタメーカーと対決編)
  6. 経費削減講座20 小さなことからコツコツと
  7. 短期融資の併用を
  8. 経費削減講座4 ガソリン代
PAGE TOP