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経理の知識は経営者にどこまで必要か?

先日、Twitterを見ていたらある美しい女子大生が「起業するには、会計の知識が必要というので、公認会計士を目指すことにしました。」と高らかに宣言していて、それを著名な企業人がリツイートしていました。「おいおい」と思ってリプライ…は相手が相手なのでしませんでいましたら、その翌々日ぐらいに、「やっぱり、経営に会計の知識は要らないということなので、会計士を目指すことはやめます!」とまた宣言。「おいおい」

一体だれが周りにいるんだろう?と心配になりました。経営に会計士の資格や知識は完全にはいりませんが、会計の知識はある程度必要です。しかし、一通り企業会計の本を読んでも実務にあたると、大して応用できません。現実に対処するのに必要なのは、会計の「知識」ではないのです。

一方で今まで出会った経営者の中で、まったく会計の知識がなく、それが原因で会社の方針を大いに誤った、という事例もいくつか見ました。そういう経営者に限って、会計的な説明を全力で拒否します。

以前も紹介した事例なのですが、たとえばこちら

私が総経理を務めていた中国現地法人は、500人3交代稼働の可能な寮、食堂を完備していました。そこの管理人員や建物・設備類も抱えていますので、結構な規模の固定費がかかりますが、その分通勤手当等の人件費は抑制できる事業構造でした。(2000年代に主流だった「華南モデル」ですが、この現地法人は1986年からこの体制で稼働していました。)

一方この親会社は中国の別の大都市にこことは別に現地法人を保有し、ほぼ同じ業務を実施していました。そちらは寮、食堂はなく、その分を会社が借り上げたり、仕出し式を採用していましたので、人員に比例してコストがかかる、という構造でした。

私が赴任中、2社への業務委託量は激減し、親会社の無作為により2社がほぼ均等に人員を削減しました。私も、460人から最終的には150人体制まで人員減を実施し、私の人生の中でも1,2を争うつらい出来事でした。すると、何が起きた、というと、私が勤めていた方の現地法人は、一人当たりの平均費用が増加し、もう一つの会社を上回ってしまったのです。

これは平均費用と限界費用の差という管理会計上の概念を知っていれば当然のことであり、私がいた方の会社は、稼働率を高くすることで平均コストを下げられる構造を持っていたのです。ところが、日本側経営者はこれを全く理解できませんでした。

ここでもう一つの誤りがありました。一人当たりの平均費用は高くても、同様に一人当たりの平均生産高(生産効率)が高ければ、利潤はその差ですので問題ないはずです。最初はそれに取り組み、もう一つの会社よりも品質と生産効率が高い体制を実現したのですが、これも日本側経営者には理解できないようでした。いや、理解したくなかった、というのが実情でしょう。現地法人責任者として私が取った方策は結局、もう一つと同じ「変動費型事業構成」に急速に転換し、20年のストックを手放すことでした。

この発注量が減少するときに経営者がやるべきことは、2拠点の「生産量当たりの限界費用」に基づいて生産配分をし、当面必要のない資産の売却による配当という方策でした。それを厳密にやった場合、おそらく私が担当していた拠点に統合することが数値解であった可能性が高い、と私は今でも思っています。

経営者にとって経理・会計とは

経営者が、自分で集計したり、仕訳をしたり、あるいは利子計算をする必要はないわけです。また、少し規模が大きくなっても時価総額や株価の計算は専門家に任せることができますし、決算や買収等も専門家に任せることができます。

しかし、やっぱり知らないでよいというわけではありません。次のようなところで会社のリスクとなって現れます。(全部実際に見てきたものです)

  • 正しい資金状況や利益状況を把握するために、どんな能力の人間がどの程度の時間を割く必要があるかがわかっておらず、必要な情報が届かなかったり、精度が低く、経営がリスクにさらされる。
  • 上の事例のように、固定費と変動費が区別できておらず、生産規模と利益の関係が予測できず、誤った選択を行う。
  • 上と似た事例で、管理費を按分賦課した収支で事業の存続判断を行い、一層の他事業の平均収支の悪化を招く。(上と同じ経営者で起きた事例です)
  • 売上と紐づく費用の管理が適正にできておらず、利益水準が適正に把握できない。あるいは恣意的な操作の余地が生まれる。
  • 調達可能な資金水準が財務状況からある程度定まることを理解せず、大きな資金需要のある事業を行うリスクを冒す。また、財務状態の改善に必要な施策を整理できず対策が不適切である。
  • 金利や為替のボラリティを軽視した「賭け」を行い、賭けに負ける。
  • 知らないうちに、不正会計、業法違反や税務上のリスクを冒している。これを後からリカバリーするのは本当に大変
  • 専門家、金融関係の事業者、担当者の言っていることの吟味をすることが出来ず、口車に乗せられ、コストの高いディールを強いられたり、相手に有利な条件を飲まされる。

大きな会社ならば、信頼できる優れたCFOを招くこともできるでしょうが、経営のわかる財務担当というのは、財務のわかる経営者と同じくらい希少です。多くの場合、財務は経理畑だけで育ってきており、1円単位の精度、理論的整合性にばかり強くこだわり、成長や安定という企業の当座の目標のために譲ることを好としませんし(これは必要なことでもあるのですが)、営業の現場で実際に起きているドロドロとした現実を体感したことがなく、彼らへの配慮ができません。それでは会社を束ねる力にはなれません。

税理士は税の適正処理は助言し代行もしてくれますが、多くの場合、こうした経営判断のお手伝いはしてくれません。たとえば、税理士にとって関係のない「部門コード」「固定費区分」の重要性を理解せず、税理士は自分に関係のない工数増を嫌がる、という場面には何度も出くわしました。また、親身になって資金調達を手伝ってくれるようなケースもなかなかありません。

結局、成長過程の中小企業では、経営者が財務戦略を立てざるを得ないし、そのためには、会計や経理のことをある程度具体的に知らなくてはならないのです。そして、資金に関するリスクやコストを抑制することもまた、経営者にしかできないことが多くあります。

また、経営を営業側だけでなく経理側からも見てみると、社内の「個別対応」「例外」が沢山あることで、その集計作業が膨大になるだけでなく、全社・営業現場での業務の効率性や正確性が損なわれている様子がよく見えます。

経営者が営業を中心とした現場出身であることは私は正しい状況だと思います。顧客、市場への洞察力は、経理マン一筋では養われませんし、組織のマネジメントも数字と商品を作り上げる血のにじむような努力の中で確立されるものだと思います。しかし、そういうリーダーこそ経理、財務を学ぶべきです。


そして、必要性を体感しないままの座学講座は、忙しい経営者には不適当です。経営者が決算期を挟む数か月、財務にきちんと貼りつき用語やルールを勉強しながら実情を理解することができれば、きっと多くのことを得、会社の実情を今までとは反対側から透かして見ることができると思うのです。そのうえで、数字の積み上がり方の理解の上に管理会計や業務フローを改善していく、というのが正しいアプローチなのです。

私自身も、初めて年度決算を経験し、税理士や会計士に説明する責任を担い、あるいは担当者が外形税の収束計算をする様子を見て、年次報告書を株主総会向けに作成して、ようやく会社というものを理解できた、という実感、自信を持った経験があります。



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