社会的に一定の認知がある商品ジャンルであれば、販売に際して商品説明、他社比較、価格交渉の順に商談を進めればよいですので、基本的には、「アポ電話回数」を投入すれば売上は増えるということが言えます。しかし、商品ジャンル自体が世の中に認知されていない場合には、上のようなプロセスをたどっても、「それが自分に必要とは思っていない。」という最初の段階で進行が終了してしまいます。
若い営業マンは誤解しがちですが、営業がやれることは限られています。いると思っているものを買わせることは難易度は比較的低いですが、いると思っていないものをいると思わせるのはかなり難しいことです。しかもそれが「世の中で初」の商品であれば、自社にいらない、の以前に「世の中に特に必要とされていない」(だって、今までなくても済んでいたのですから)状況から議論がスタートするからです。
ベンチャーが生み出す商品は往々にしてこの「世の中で必要性があまり認知されていない」アーリーステージの商品です。その商品の拡販のために、ただ単に他社からBtoB営業のエースを連れてきても必ずしも成果は上げられない、そういう事例をよく見ます。その時に、「物売り営業と提案は違う」とか「抽象概念の表現力が劣る」とか言って担当者の能力不足という結論に帰する事例を数多く見てきましたが、それは間違っています。
「その商品は自分にとって役に立つものである」、それ以前に「その商品が解決してくれる問題は自分にとって重要である」という認知、気づきがないと、営業力を生かしてスケールさせるということはできないのです。そして、その気づきは、営業で言われて「はい、そうですね」と得られるものではないのです。
アーリーステージの商品は誰が買うのか?
では、こういうアーリーステージ、わかりやすい言い方をすれば、「新しすぎて誰も自分にとって価値があるとわかっていない商品」は誰が買うのでしょうか?これには有名な「商品ライフサイクル」の理論が説明に役立つでしょう。
有名なこの図で言えば、その商品はまだ、導入期にあり、イノベーターしか買ってくれないのであり、今からアーリーアダプターを探していかないといけない状況にあるのです。標準的には、イノベーターは全体の2.5%、アーリーアダプターは13.5%程度存在する(もちろん数字はモデルケースであり、個別商品で相違します。ただ、こんな分布をしているという一般論が大事ということです。)と言われており、残りの84%は対象外です。その84%への営業に時間とお金をかけても売れないに決まっているのです。
では、イノベーター、アーリーアダプターはどこにいるのでしょうか?それがわかればそこにいけばよいのです。
「類は友を呼ぶ」
この一週間でこの言葉を書くのは3度目なのですが、「どんな業界でもイノベーターはいる」ものです。そして、イノベーターはイノベーションが好きであり、他のイノベーターと知り合いだったり、知り合いになり情報を仕入れたいと思っています。そのイノベーターから他のイノベーターを紹介してもらう、ということが一番の近道です。
そんな回り道を、と思われるかもしれませんが、しょせん、イノベーターは2.5%、アーリーアダプターまで合わせても16%しかいないのです。そのうえ、通常は商品ごとに事業規模や業種でさらにターゲットを絞り込みしていることからすると、実はある一つの分野において、自社のターゲットとなる日本にイノベーターの数はさほど多くない上、地域的にも点在しています。それを探し出すのは容易ではありません。ならば、イノベーターのグループを作ってしまえばよいわけです。この方法は、イノベーターが感心してくれるような最新の業界動向や技術、ユーザーの成功体験などを継続的に発信する力がある限りは有効です。古くはメルマガという方法が使われましたが、最近では、SNSのグループ機能を使って発信もメンバー集めもそこで行うことで地理的な距離を超え、時間を問わず情報共有ができるようになりました。そのうえ、イノベーターたちに支持してもらえれば、ですが彼らが積極的な情報発信役となってくれます。
ただし、このコミュニティ上での過度の商品宣伝は禁物です。彼らは情報を知りたい、あるいは共有したいのであり、商品を買いたいのではありません。むしろそういうものを嫌がります。その彼らの参加動機を尊重せず、そうした行為にでると、かなりの速度と確率で退会し、コミュニティは崩壊します。
この状況を「営業的には価値がない」と評価するならばもちろん、こんな婉曲な方法を取る意味はありません。成熟期にある商品の場合は多くはそうでしょう。しかし、マーケットで「認知されている」という状況が重要であると思えば、そして、その商品のライフサイクル上のステージが早期であれば価値があるケースは多いものです。また、イノベーターの持つ課題を知るという点では非常に貴重な機会となります。通常、こうしたニーズ調査ではわざわざ出向いて対面でインタビューを行うわけですが、それでもインタビュアーの巧拙で成果にだいぶ差がでます。それが自然発生的に、あるいは主催者の問いかけに答える、という形でN=1ではない意見集約が可能になります。
どうしたら運営できるのか?
そうはいっても、この手のコミュニティの大部分は三日坊主、そしてメンバー数は内輪を除くと十数名から数十名というケースがほとんどで、かなり短期に形骸化しています。それはなぜなのか?というと、大きく分けて二つあります。
一つは投稿が続かないこと。ことに、企業経営の小難しいことを週に何本も投稿する、というようなことは普通は続かないものです。もっと大きな問題として、営業する意図をもって主催する側よりも、読み手の方が現場の問題を具体的に知っていて知識もある、ということが実は当たり前(ただ、言語化できていないこともある)なのですが残念ながら多く、主催者側の投稿が響かない、ということが良く起きます。
こうしたコミュニティが機能し始めた場合には、主催者側の姿勢は「現場の困りごとや解決事例を教えてください」で良いのだと思いますが、そこに至るまでの協力してくださるメンバー集めの過程では自分たちが参加することによって得られる有益性を見せなくてはなりません。しかし、メンバー全員がその分野の第一人者、という事業は実はなかなかありません。
もう一つの問題は、参加者、それも情報発信してくれるようなメンバーが集まらないことです。そう思って無差別的に広告などを使って集めると今度は、反原発運動、電磁波、がんが治る穀物、セドリなど怪しい面々が自分都合の有害な発信を行い始め、ますます本当に必要とする人が離れていくということが起きます。あるいは、匿名性を利用していわゆる「クソリプ」が発生し、コミュニティの建設的な空気を失わせます。
こちらの問題から対処策をご説明すると、まずそのコミュニティのセグメントはできるだけ絞り込み、実名制とするべきです。
一見すると分野を絞り込みするとメンバーは集まりにくいですが、それを必要としている人からは見つけやすくなり、参加者のモチベーションも高くなります。たとえば、「人事」では広すぎて、「人材教育」であるべきだし、さらにいえば、「大企業の中堅、幹部人材のリカレント教育」であるべきです。
絞り込めば、そこに関心のあるひとにとっては、「自分のためのもの」という印象を与え、広告も効きやすくなり、専門的キーワードにより広告単価も下げることができます。同時に、関心のある人の口コミにも上りやすくなります。対象者をTwitterの検索機能で探すこともして、フォローして情報収集するということもしやすくなります。マーケティングの基本は、対象とするマーケットセグメントを適切に絞り込むことで精度をあげていくことにありますが、ここでもそれは同じです。そのうえで、やはりメンバーは承認制にする方が良いと思います。過去の私の経験では、どうしても不適切な営業マン、商品宣伝が入り込みます。
もう一つの、先に述べた、「質を確保したうえで投稿数を得る」、という問題ですが、こちらは、最近のSNSの機能を生かした良い方法が2つあります。一つは、「その分野に関連する業界ニュースをピックアップし、簡単にコメントする」ということです。主催者側からすると自分が勉強になった関連ニュースを人にも知らせる、ということです。そのためにも、できるだけ分野は絞り込んだ方が良いし、取り上げる話題はローカルなものでもよいのです。ニュースを集めるのも、最近ではキーワードを登録しておけば自動的に収集してくれるような機能が充実していますので、用意になりました。
もう一つは、「写真」の活用です。自分でやっておいてこんなことをいうのもおかしいのですが、ずらずらと文章を書くよりも、写真に語らせる方がよほど雄弁です。これはご協力いただくメンバーの方でも同様で、文章は簡単でもよいので、写真を入れてもらった方がよほど参加者に多くのことを伝えることができるのです。
メンバーを集める、という問題については、Twitterなどで個人レベルで情報発信している方に参加をお願いする、あるいは随時引用を許可していただくという形がまず第一案としてはあります。また、研修サービス参加者の同窓会的なグループとしてスタートして情報交換の場とするという方法が成功事例が多いようです。
自社で集めた関連商談の名刺に配信する、という方法は、片方向だけであれば有効なのですが、双方向性には欠けてしまいます。
最近の成功事例
こんな大変なことは大企業の優秀な人が集まっていないとできないのではないか?と思われる方のため、最後に個人に近いレベルでこの分野で成功をされている事例をご紹介したいと思います。
漁師コミュニティ (株式会社Salt)
こちらには私も先週ご紹介した株式会社オーシャンアイズの関連で参加させてもらっています。このコミュニティの中でご関心のある方に開発中のサービスのトライアルユーザーになっていただいているのです。
https://www.facebook.com/groups/fisherman.community/
水産業の生産に携わる方を中心にメンバー数1700名以上。毎日たくさんの投稿がアップされ、それぞれの投稿には100前後のいいね!が押されるという非常にアクティブなコミュニティとなっています。ここでは、実際に生産に携わる方が写真付きで日々の様子をアップしてくださっていて、私も水産業のリアリティを知るということで大変役に立っています。
先週はついに、SNSから自社サイト化したのですが、これは検索のしやすさや今後企画されるであろう自社サービスへの連動という点では大きな前進ではあるのですが、参加者の投稿しやすさ、チェックする頻度という点ではどうか…というのは注目しています。
https://fisherman-community.com/
ここが成功した要因で一番大きいのは、主催者であるSaltの山口代表が自社サービスをコミュニティに売るということを控えて、コミュニティの価値を高め、参加者を募るということに半年以上集中してきたことにあります。さらに言えば、コミュニティの価値が実務的にも重要である、ということを彼が信じることができたことが素晴らしいと思います。実は山口代表は、昨年まで医師をされていた20代の若者で、実家が漁業というわけでもない門外漢でした。そうだからこそ、曇りない目で情報を受け止め整理して発信することができるし、実際に生産や流通に携わる方へのリスペクトをもって運営することができています。
そして、漁業の情報交換、発信の場があるといいな、と思っていた若手漁業関係者が全国にこんなにもいる、ということを、根拠が何もない時に信じることができた、ということが慧眼なのだと思います。半年ほど彼の活動を見させてもらってきましたが、ほぼ独力でここまでのコミュニティを作り上げたことは素晴らしいことだと思っています。
もう一つ、私が所属する同窓会コミュニティでも成功事例があります。これは、事務局の責任者をされている方が、各界で活躍されている国内外のOBの投稿や、業界ニュース内でのOBの検索などを積極的に行い、一日にいくつもピックアップする、ということを中心に行っています。こちらは、責任者の個人力、という面もあるのですが、「投稿が得られない」という問題に対して、嘆いているだけでなくて、拾いに行っているという点では優れた事例だと思っています。学校だけでなく、セミナー、研修やJVなどのプロジェクトメンバーがその後も価値を共有するということは、これも婉曲化もしれませんが、本人にもその提供会社にも価値があることです。
短期の売上数字に追われる中で、このようなサービスを提供することは数字の責任者にとってはイライラさせられることではあるのですが、逆に言えば、こういうことはできるが、売れと言われるとさっぱり、というメンバーもまたチーム内にいるのではないでしょうか?もちろん、「認知してくれている社数」というような成果基準は必要なのだと思いますが、人材を生かす、という点ではアーリーステージの商品で、しかも大きな広告費をかけられない場合には、コミュニティ構築により、まず必要性認知、それと合わせた自社の認知ということはトライすべき施策です。