クリスマス、祝日ということで全然経営論ではないのですが、いろんな仕事をいろんな場所でしてきた私のとっておきの、そしてぞっとするクリスマスの体験談をご紹介します。
20世紀末頃のある年の12月24日、私は家電店の中堅店のパソコン売り場で数か月前にアルバイトから社員に採用してもらったばかりでした。新入りですので、ご招待セールでの駐車場ご案内係だったり、引越しのまとめ買いの際の設置サービスの助手に駆り出されたりと、いろいろな経験に毎日が精いっぱいで失敗ばかりの日々でした。その日も午後になり、となりの棟の2階にある事務室から電話があり、店長から「ちょっときてくれな~い」との指令がありました。この店長は私より10ほど年上でして、そのお店でも、そしてそのあと二人同時に異動する本社商品部でも大変お世話になった、私がニート人生を歩まずに済んだ「大恩人」でして私はこの方をとても慕っていました。売り場は平日で人もまばらですので、他の先輩社員に「店長に呼ばれたので、行ってきて良いですか?」と声をかけて事務室に行くと、そこにはいつものようにニヤニヤとした笑みを浮かべる店長と情報家電売り場の主任(私の上司)がいて、「集金行ってきてくんないかな~」と元気な調子で言われました。時々そういう用事も仰せつかっていたので、「はい、わかりました。小切手ですか?(時々あったのと、小切手だとその足で銀行に行くという頭があったので)」というと、「いや、現金だけど、用意しておいてくれたというので」と言われて伝票と領収書を受け取りました。
商品は、当時、キャノンが発売していた卓上コピー機「ファミリーコピア」の上位機で20万円弱のもの(私の売り場の商品でしたので下っ端の私が行かされるのは自然でした。)で、住所は、お店からも私の実家からもほど近い、歩いて5分ほどのところでしたので、金額もさほど大きくないということもあり、お店の軽トラではなく歩いていくことにしました。
そうして伺った先は・・・普通よりはだいぶ高いブロック塀、四隅には監視カメラ。
伝票の名称は、確か「〇〇建設」だったように記憶しています。そこに暴力団事務所があることは実家の近所なので、知っていましたが、住所、名称とその家とは記憶の中では一致しておらず、その家の前まで行って事態を悟りました。そして、そこからは時々ピアノの音色が流れてきて、超美人の深窓のお嬢様がそこにはいる、という「伝説」があり、その辺をよくランニングしていた私もピアノの音を耳にしたことがありました。「店長のあのニタニタはこれだったのか(いつもそんな感じのアニキでしたが)、謀ったなあ」と思いつつも、仕事は完全遂行するという意思はその頃から強く、インターホンを鳴らし無言の相手に「〇〇電器〇〇店の〇〇です。先日お納めしましたコピー機の集金に伺いましたっ!」と一気に言い切ってあとは流れに任せるしかありません。
ワイシャツの上にお店の制服のブレザーで、コートも着ないで(たしか当時は持ってすらいなかった)12月の午後の黄色い太陽の中待つこと2,3分、それがとても長く感じられたのですが、なぜかこういう場に立つと強がってしまう性格からむしろいつも以上に直立不動で待つと、普通よりもだいぶ縦長の玄関のドアが開き、中から現れたのは、ドラマ「アブナイ刑事」に出てきて柴田恭兵に蹴られていそうな(そういう時代でした)チンピラさん。「こりゃあ、ますます本格的だなあ」、と思ったら、
「ナカはいり」(えっ、ここで渡してはくれないの?)
通されたのは、普通の家よりはかなり立派な応接間。ただ、代紋があるとか、刀があるとか、それらしいものはありませんでした。窓がないのか、雨戸が閉められているのか(そこは記憶があいまい)で、昼下がりだというのに立派なシャンデリア風の照明が煌々と光っていたのをよく覚えています。とりあえず、そこで立って待つことにしたのですが、その後は誰も何も反応がなく、ただただ待つばかり。いい加減座りたくもなりますが、一度立って待ち始めるといつ座ってよいかもわからず、戸惑いつつも、一時間たち、二時間たち・・・外の様子はわからないのですが、もう暗くなってきたころ、部屋の中も暖房も効いていないので寒くなってきて…それでも立ったまま待っていました。
お店で店長待ってんのかな?売り場ずっと不在にして大丈夫かな?とかいろいろ考えるものの、誰もいないですし、建物の中は人気がないかのように静かで誰かが動く気配もなく、心細くなり始めたころ、ピアノの音が聞こえてきました。防音がいいのか?同じ建物の中のはずなので遠くでなっているようなその曲は、その日にふさわしい「もろびとこぞりて」でした。
その音色にしばらく聞き入っていると、声が聞こえてきます。「来とるんか?」「こっちか?」「〇〇(女性の名前)に降りて来るよう言って」
やがてピアノの音が止み、そしてまた2,3分。立派なドアが5時間ぶりぐらいに空き、そこの家主らしき人、つまり組長が入ってきて、「待たせて悪いな」。そのあとに続いて入ってくる私と同じぐらいの年代の、家の中とは思えないようなきれいな服装、きれいなお化粧の色白でスマートな女性、この人が「伝説のご令嬢」なのか!一瞬目があうのですが、コミュ障の私は、目をそらしたその先は、ちょっとぽっちゃりの組長。一度目があうとそこからもう目をそらせない。むしろ見開く感じで緊張しています。
挨拶もそこそこに、
組長「ずっと立ってたんか、あほやの、すわり」(どこかで見られていた!)
組長「あんた大学出てるんか?」
私 「はい」
組長「どこや」
私 「・・・・東京大学を出て、大学院を中退して・・・」
組長「ほんまかいな なんで電器屋なんかおるんや」
私 「いろいろあって、地に足をつけて再出発 云々・・・・」
組長「あんた結婚してるんか」
私 「いや」
組長「そうやろ、そんな感じや。おぼこっぽい」(余計なお世話)
私 「あの、再来月予定はしています」
組長「なんや、おるんか、つまらんのう」
お嬢 ニッコリ
組長「この子どうや」(!!!)
私 「いや、どうと言われましても・・・」
組長 「これ(小指)とはどこで知り合ったんや、いいとこの娘かあ?」
私 「いや、普通です。高卒ですし、病院で入院中知り合いました」
組長 「そうか、わかった。ええやつおった、思うたのに」(あなた、河内方面の出身?)
私 「そんな・・・小市民として生きていくつもりです。」(というようなことを言ったと思う)
そのあと、少し話したあと
私 「お納めしたコピー機に問題はございませんか?お使いになるうえでご不便はございませんか?」(今から思えば付け込まれたら大変なことになっていた)
組長「どや」
お嬢「すごいたすかってますう~」
あっ、こんな声なんだ。(割と普通)
組長 「ハイハイ、これな。ありがとうな。」お嬢様の勉強とピアノの練習にあると便利ということで買っていただいたものらしかったのです。
普通でしたら、私はその頃Windows95ブームで普及期だったパソコンについてどんなお考えかとかを伺ったお宅で話して再来店につなげるのですが、さすがにそれをここでやる勇気はありませんでして、お札を数え、用意してきたお釣りと領収書を渡し、お暇させていただくと、もう夜8時半。お店はもう閉店したあとです。頭から湯気が立つような感覚、いや本当に立っていたかもしれません。お化けでも見たかのように後ろを振り返らず、小走りに店まで戻ると店はとうに閉店していましたが、事務所には、店長と主任が待ってくれていました。
私 「遅くなりました。回収してきました」
店長・主任「大丈夫だった?」(そう思うなら、行かせるなよ!大丈夫じゃないわ)
その1月ちょっとたった後、店長と二人、入籍の直前に本社に異動し、そのあとに店長から聞いた話では、「独身のちゃんとしたやつを集金に来させろ」という依頼があり、私が指名されたらしい。いや、確か主任自身もだいぶ年上だが、独身だったはず。
どうやら、お嬢様のお相手探しが目的で、インターホンを押したときから数時間にわたり生態観察させていたらしい。翌朝、開店前に(今の妻となった)本命の方の彼女に車で走って行って(毎朝会っていた)会った時に、初めて昨日は危なかった、とちょっと泣きそうになりましたけど、この話は妻には一度もしたことはありません。
話はこれで終わりではありません。
それから数年後、その建物で拳銃の乱射事件が発生しました。今でも検索すると「いじめが原因の内紛」とか出てきます。組長はその事件で射殺されました。当時は東京を離れていたのですが、数年ぶりに実家を訪れた際に、その家の場所を車でわざわざ通ってみると、そこにあった豪邸はとりこわされ、児童公園になっていました。お嬢様がその後どうされているのかは私はわかりません。
波乱と流転に満ちた私の人生のちょっと危なくてちょっと甘酸っぱい思い出です。