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高額報酬は罪なのか?

最近、会社役員の高額報酬をめぐる2つのニュースがありました。

一つはすっかり罪人扱いされているカルロスゴーン日産会長。投資資金、経費の不正流用のほか、主たる報道の対象は、「日本では高額な報酬は社会的に避難されるので、これを10億円以内になるよう抑え、退職後をふくめて貰えるものを隠していた。というものです。事実関係については現在報道されているものがすべてかどうか、正しいかもわかりませんので、その程度にしておきますが、昨年度の有価証券報告書で開示されたゴーン氏の報酬は7億35百万円、その前年は10億98百万円でした。昨年度の日産の世界連結売上は12兆円、当期最終利益は7500億円弱でした。

もう一つは産業革新投資機構という組織で一旦は、監督官庁である経済産業省から推奨される形で固定給に加え業績連動部分を加えると1億円を超える報酬を予定していたが、大臣が世耕さんに代わって、「国民の理解を得られない」と手のひらを返されて、同社の田中社長が怒っている、というものです。(その後、それだけではなく、一般の資金の運用を巡っても対立しているようですが)この機構は、およそ2兆円の政府資金を運用し、政策的重要性が高い案件への投資、主として経営不振に陥った大企業や地域中核企業の立て直しを行うことで政策的目標の達成とともに、対象企業の経営を改善し、収益を上げるという役割を担う政策意図を含む「投資ファンド」です。

 

【世界と日本の役員報酬とその開示の状況】

世界では経営層の報酬に株価連動報酬を組み込むことが多くなっています。また、それ以外の指標でも、「業績連動報酬」を組み込むことも多くなっており、たとえば、ソニーを退任された平井元会長は、昨年度ゴーンさんをはるかに上回る27億円の報酬があったのですが、そのうち退職慰労金部分が11億円、業績連動部分は6億円だったそうです。ソニーは長年の不振から平井体制下でなんとか復活を果たし利益が継続的に上がる体制を実現し株価も復活してきました。

また、ゴーン事件の際に、世界では、高額報酬は当たり前、というゴーン氏の主張がありましたが、これは本当です。ただし、通常は、その7~8割は短期、および長期の業績連動です。その中で業績のよい世界企業のトップは、20億円以上はゴロゴロ存在していて、上場益や売却益ではない役職報酬だけで40億円、50億もたくさんいます。日本の高額役員報酬を見ても上の平井元会長を除くと上位はほとんど日本の大企業の世界戦略を担う外国人取締役です。また、世界でみるとプライベートイクイティファンドで買収した会社が大きく改善して売却、あるいは上場により大きな利益が発生した場合には、時に100憶円を超える報酬が発生することが見られます。

彼らは具体的イメージでいうと、ある日突然経営者に指名され、時価総額(会社の価値)を1兆円増やしたら10億円あげる、とか利益を1000億円ふやしたら10億円あげるとか言われて、そこから1年で結果を出せ、と言われて周囲の意地悪な目にさらされながら「自分はそれに挑戦する」と宣言し、そしてそれを成し遂げた人たちです。その経営者たちの稼ぎ出す利益もまた巨額であり、上場企業の場合は株価や業績が低迷しようものならば、退任を余儀なくされる厳しさにさらされます。

日産を立て直したゴーン氏が業績を今後も上げ日産の利益を1000憶円単位で増やし続けるという前提ならば、彼が(本当かどうかは知りませんが)「自分は20億円もらうべき」と言った、というのは世界の趨勢です。

 

上場企業は1億円を超える役員報酬については開示の義務があります。役員報酬については、取締役を任命する株主総会がこれを決める権限を有しているのですが、多くの場合は「総額上限枠だけ決めてあとは取締役会に一任」という決定が日本ではされています。そのため、決定プロセスが不透明化しやすいことが問題となり、このような制度が2010年に導入されました。なお、同時期に海外の主要市場でも上場企業への義務付けが行われました。

 

【日本の経営者は損なのか得なのか?】

私は最初に取締役になった30代のある日、親会社の役員から「業績を上げて、株主と従業員に満足してもらえているならば、お前なんてハワイで寝てていいんだよ。それが役員というものだ」と言われました。社員は日本の法律では所定の労働時間、会社に労働力を提供することによりその対価を支払われる、という契約を会社と結んでいるのですが、役員は違います。株主との間に「株主の預けた資産を活用して、最大限の利益を上げて、配当により株主に利益を還元する」ことを委任される契約を結んでいる存在です。その安定的な利益還元のためには、もちろん従業員の安定的な活躍が必要なわけですが、それらを含めて強い指導力、業務への理解やマーケティングやファイナンスの知識や応用能力などを兼ね備えた「希少な能力の持ち主」が本来、経営者の役割を担うべき人です。

それができる人は決して多くはありません。似たような業界で知識があり、すでに大きな会社でのマネジメント実績があり、結果と人望があり、若くて体力があり決断力がある人、というのは非常に希少価値の高い存在であり、しかもその彼らをもってしても成功するかどうかは確実ではないために、市場原理から彼らには数億円の値が付き、そして成功の暁にはさらに報酬が増える仕組みになっているのです。これ、何かと似ていませんか?そう、プロスポーツ選手です。アメリカ大リーグやアイスホッケー、バスケットボール、あるいはヨーロッパのサッカーの有名選手と同じ「希少価値」と「成功報酬」なのです。そして、失敗したときの批判も同じように受けます。

日本には、そういう「プロ」の経営者はまだまだ蓄積が少ないように思います。日本では、ことさらに、「金持ちの足を引っ張る」ことが行われます。まるでただで奉仕を行うことが善であるかのように思っていてそれを公然と口にする人もいます。そのことがこのような事件を生んでいる素地になっているわけですが、社長の役割とはなんであるか?ということが日本では理解されていないし、それは中小企業を見る限りでは社長級自身にすらわかっていないケースも多く、ただの営業部長の延長のような人もいるように見受けられます。それは一つは知識の部分で教育を受けずに、「ご褒美」としての役員昇進という慣習がまだまだ多く行われているし、それ以上に、組織が小さくても良いので、20代、30代のうちからマネジメントを任せPL,BSを追求させて修羅場をくぐらせる、ということが日本企業ではなかなかできておらず育成選抜する仕組みがないことが大きな理由であるように思います。

 また、日本の場合、業績が悪いからとして短期間に退任を迫られる、というような苛烈さはあまり見られません。多くの上場企業では「大きな失敗がない限り」だいたい2期4年はやらせてもらえるケースが多くくなっています。これは社外取締役が経営陣(執行役)を指名権含めて監視するというガバナンスが聴いているアメリカ、中国などとこれが分離されておらず社外取締役の権限も弱く、「仲間内の論理」で選ばれる日本との差に起因しています。そのために、役員は10年後のための変革よりも、無難な4年を選ぼうとしてしまいます。それが当たり前になってしまっているので経営者に株主から与えられるミッションもおおむね低いものが多い。すこしずつ成長すればそれでよい、というレベルで、それならばできそうな人を選んでいるというのが多くの日本の企業のこれまでの在り方であったように思います。

 

何人かの上場企業経営者の姿を日々間近でみて、自分も小さいながらも子会社の経営を担う経験をして、経営者の大変さは、なかなか社員や一般の人からはわかってもらえない、ということを痛感しました。株主と社員、それに政府や地域社会がそれぞれ勝手なことを言いたい放題言う中で、経営者だけはその全部の満足を追求しなければならず、社員のように法律で健康や権利が守られることもなく、取引先に頭を下げ、社員の首を切る苦渋の決断を自分の責任でしなければなりません。私も小さいながらも、「今日チャレンジして結果がでないならやめよう」という緊張感で仕事をしていて毎日、自分がすり減っていくのを感じていました。その数百倍の規模で舵をとらなければならない人の重圧たるや、とても「自分がやります」とは言えません。

日本の経営者のうち、海外のような業績に対する苛烈な要求にさらされていないような企業の経営者は多分、今のように1~数千万円でよいのだと思います。しかし、経営界のイチローを要求される立場であるならば、その報酬もまたイチロー並でよいのではないか、と思いますし、そうでなければそのような人材はみな、大リーグに行ってしまうよ。それが産業革新投資機構の問題だと思います。

日本のトップ選手が大リーグに行き、厳しい競争と批判にさらされながら手にする巨額報酬も批判する人がまだたくさんいますが、この「巨額報酬問題」は世耕さんがいうような「国民の理解が得られない」ということに起因する問題ではないと私は思います。10兆円の売り上げをさらに大きく伸ばす責任を負う人、2兆円の運用を任せることができる人、そういう人を今どうやって選ぶのか、あるいは今後の日本でどうすれば育成し選抜することができるのか?の構造の問題であると思っています。

 

先週、別の経済ニュースとして武田薬品工業が日本史上最大の7兆円のM&Aについて株主総会にて創業家の反対をはねのけて承認を受けました。同社の創業は1781年、連結売上高は1.8兆円。代表のウェーバー氏は外資大手製薬幹部からのヘッドハントでトップマネジメントに就任し、取締役16名のうち、4名が外国人です。ちなみに 話題の日産の志賀取締役も取締役です。ウェーバー氏の昨年度の報酬は12億円以上であり、うち基本報酬は2億円あまりで残りは、賞与と業績連動の長期インセンティブでした。この巨大M&Aが成功するかどうかは5年後をみないとわかりません。しかし、彼でなければ、この「世界メジャーへのチャレンジの道」は開けなかったのではないか?と思うのです。12億円はそれでも「不当」ですか?

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