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ナショナリズムの炎に焼かれる

先週22日~23日にかけて、日本でも人気のイタリアのファッションブランド 「ドルチェ&ガッバーナ(以下D&G)」のオンライン上の店舗が中国で一晩で全部消滅する、という事件がおきテレビのニュースでも取り上げられていました。D&Gは中国でも主要都市の高級ショッピング街のメイン通りに路面店を出しているような人気ブランドです。

 

■ことの経緯

知らない方のためにこの事件の経緯を簡単にご紹介します。この事件自体、なぜこんな極端な差別的行動にD&Gのような世界ブランドが及んだのか、今のところ全く分かりません。私からすると、このような目にあって当然だと思う出来事でした。

まず11月18日に、22日に行われる上海でのD&Gのファッションショーの告知動画が、中国で7億人以上の利用者がいるWeibo(中国国産のTwitterみたいなもので中国ではこれがTwitter、Facebookの代わりに使われている)で公開されたのですが、この内容が、「キレイなアジア人女性がピザを箸で食べようとしてうまく食べられない」という動画でした。中国の高級ショッピングセンターにはアメリカのチェーンのピザ店がどこも入っていて(そして、隣は多くの場合、タコベル)結構若い人に人気があります。もちろん、箸で食べようとして困っている人はいません。なぜ、こんな動画を公開しようとしたのか?それを中国側スタッフがなぜ止めなかったのか?がまず疑問です。もしかして最初から炎上狙いだったのか?

この動画をみて、「イタリアを代表する大衆料理のピザをアジア人はうまく食べられない」、というのを「中国人にはD&Gのようなイタリアンブランドはふさわしくない、という意味だ」と騒動になり、ネット上で不買運動が起き、一部のサイトでD&Gの取り扱いが中止される状況になり、動画は削除されました。

ここでおとなしく謝罪して中国文化と自分たちのファッションの融合がどうのこうの、と適当にしのげばよかったものを、D&GのGの方のガッバーナ氏がインスタグラムのDM機能で、口汚く中国人を罵っているスクリーンショットがショー当日の22日に流出。(実は、彼以前は日本人に対しても似たようなことを言ったことがあり、アジア嫌いらしい。)それを受けて、ブランドの中国での公式キャストのタレントが契約を破棄、当日のゲストスターが空港まできていたのに引き返し欠席、そうなると連鎖的に中国人の招待客やゲストは欠席しショーは開催できず、中国人モデルもボイコットを宣言。通販サイトは取り扱いを即時中止、百貨店や空港免税店も商品を撤去した、というのが事の顛末です。なお、路面店はさすがに閉鎖されていないようです、以前も書いたように今後、消防や税務局から嫌がらせを受けるかもしれませんが。

 

この事件、さすがに酷すぎて、中国でなくても他の国でも大きな問題になるでしょう。本タイトルの「ナショナリズム」以前の問題です。ただ、スター、モデル、サイト運営者、免税店経営者などがそれぞれ迅速に自分の意志できっぱりと抗議した、ということは刮目するところです。日本だと、「本社に報告して・・・」「事務所に報告して・・・」でうやむやになっていたところでしょうから。そこには、やはりそれが許される「背景」があるのです。

 

■中国、アジアのナショナリズム

アジアでは、戦後の独立ブームのあと、どの国でもナショナリズムが国家の統合のために多かれ少なかれ利用されてきました。実は日本も例外ではなく、駐日アメリカ大使を長く務め、アメリカでの日本学の碩学であるライシャワーはたびたび彼が活躍した安保闘争期の日本のナショナリズムについて言及しています。どの国にも尊重すべき民族の歴史と文化があり、尊厳がある。これを侵害されたり、今回のように侮辱されたりした場合には、一瞬にして全土に炎が燃え上がる、というのは中国だけでなく多くの国でそのような素地があるのです。ビジネスや政治、文化の交流が盛んになればなるほどに、政治的にも文化的にも「自分たちは他国に劣ってなどいない」という主張が力を持つようになっています。

 

中国に関して言えば、習近平主席は国家主席選出後の全人代の場でこのように演説しました。「小康社会の全面完成、富強・民主・文明・調和の社会主義現代化国家の完成という目標の達成、中華民族の偉大な復興という夢の実現は、国家の富強、民族の振興、人民の幸せを実現させるものである。中国の夢とはつまり人民の夢であり、人民と共に実現し、人民に幸せをもたらすものだ。 」

この「中華民族の偉大な復興」という言葉は今、中国全土を覆うスローガンであり、以前は、川崎重工の技術を導入して製造された新幹線車両は「和階号」だったのですが、今の純国産(最高時速400キロ以上)車両の名称は、全土で「復興号」です。スローガンはバスの中、駅の看板など至るところで見かけます。これは政治だけでなく深く若者にも浸透しています。先日、ある国際的なゲーム画面を見る機会があったのですが、プレイヤーの半分以上が中国人で、そのエリアで覇権を握っているグループのグループ名が中国語で「偉大な復興」でした。中国は、18世紀ぐらいまでは世界中で群を抜く経済規模を有する国でした。それが清の失政による立ち遅れからここ200年ほどは苦難の時期であったが、再び世界最大の経済大国に間もなくなる、ということを、この「復興」は意味しています。

このような素地の中で、D&Gのような燃料を投下してしまい、一人の著名人が「人民のプライドのために契約破棄」と言い出せば、あとはすべてがあとに続いてしまう、そうせざるを得ない状況になることは容易に予想ができます。(ちなみに中国は漢民族が95%を占めるものの他に多数の民族がいる多民族国家であり、建前上少数民族を守るという政策をとっているため、「民族」ではなく、「人民」という言葉をつかいます。)

 

■「国内企業優先」

もう一つ、これに関して言えば、各国とも、明に暗に「国内企業優先」です。技術だけもらって、あとは国内企業を育成する、というのは先進国からしたらたまったものではありませんので、これに対して先進国は「フェアではない」という言い方をしますが、これはいいようであり、要は「自分たちに有利なようにルールを固定したい」というのをお互いに主張しあっているわけです。仮に形式的に「フェア」なルールになっても、実際にはそうは制度運用上も消費者の意識上もなりません。これらのナショナリズムが燃え上がっている国家において「国産品を買おう」というのは何らかの形で加わる力である、ということを前提にするべきであり、それを「ルール上は大丈夫」と思い込むのはとても危険なことです。

国家からして、発展にもっとも有利なよう制度を変更して時代に対応するのは当然のことであり、多くの国が口では「国際協調」「公正な貿易」といいつつ、実際にはそうしている、ということに対して、公然と「それならば自分たちもそうするよ」と言い出したのがトランプ大統領の「America First」です。中国の挑戦に対しては当然の政策であると私は思っています。そういえば、彼の「Make America GREAT AGAIN!」(2015年)は、習近平の「中華民族の偉大な復興」(2013年)を後追いしたものだと思っています。

 

結局、中国をはじめ外国で仕事をする、ということは今の時代、その国の「民族心」を尊重する、という言い方がわかりにくければ、「民族の誇りを尊重し高らしめるもの」の方がよいし、少なくとも「誇りを傷つけるもの」であってはならないわけです。また、それは商品や宣伝だけではなく、駐在員や出張者の普段の言動にも表れます。日本で子会社にぞんざいな態度をとる親会社の管理職は、中国でも現地社員にそういう態度を取ります。その人は、「子会社にはその程度の対応でよい」という姿勢で年を取ってきただけなのですが、現地の受け取り方は「中国を小ばかにしている」となります。それで損をした親会社の管理職というのは結構な数見てきました。

私は中国の悪口ばかり書いているようですが、中国の文化や歴史は大好きです。実は私の祖父は私が赴任する深セン(当時は宝安という名前だった)の地図を旧日本陸軍で作成した測量技師で、小さい頃、北回帰線の上で夏、影がなくなる中で測量した話を聴かされていました。小学校の塾の先生は私が進学してすぐ北京に日本語学校を開き現地で亡くなりましたし、中学校の恩師は老子の研究者でした。小学校のころは三国志演義を愛読し、中学高校時は中国の思想書や歴史書を読み漁りました。その時は、まさか自分が中国で働く日が来るとは全く思っていませんでしたが、いざ赴任した時に役に立ったのは、そうした知識でした。「総経理は中国の歴史書にやたら詳しい」というのが、いつの間にか、「総経理は中国が大好き」として彼らに浸透していき、それは仕事をする上で大きなアドバンテージになりました。

今、中国をはじめアジア諸国は、「日本に追いつける」「アメリカに追い付ける」という機運に満ちています。昔のように「上から目線」は火種となるばかりです。

 

ライシャワーは、1960年、その論文「損なわれた対話(Broken Dialogue)」の中で、安保闘争後の日本との関係について、こう述べています。「アメリカをはじめとする西側諸国は、日本の政府(閣僚や与党議員)や財界の指導者層だけでなく、野党や右翼、左翼活動家、知識人とも異端視することなく対話を重ね、日本の主流から外れた人々の実態や抱える不満を把握するべきである。」我々は広く相手を知り、理解するところから始める必要がある、と中国や他のアジア諸国との関係を思うたび、私は考えます。

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