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昨日からの残業規制の改正にあたって

4月になり多くの企業で新年度がスタートしました。国の制度や法律も4月から変更というものが多くあります。これを読んでくださっている方は中小企業の経営者や幹部の方が多いのですが、その方々に関わる中でも大きな影響があるのが、労務関係の法律の改定です。今年は残業規制が中小企業にも強制適用になったほか、賃金に関する時効が2年から3年に延長になりました。(賃金台帳の保管期限も3年が必要になったということです。)昨年の「有給休暇年5日強制取得」に続いて大きな変化です。

賃金の時効については、民法の未払金の時効が5年に改正されるのにあわせて、本来は5年なのですが時限措置として一旦5年間は3年ということになりました。ニュースを見ても誰もそんなことを書いていませんが、これは、経営者にとっては、「残業代等未払の請求(一部の弁護士が飯の種にしている)がこれまでは2年だったところ、3年間遡及して請求されるようになった」ということです。いまだに適当な理由をつけて残業代を本来の額より少なくしているような会社が世の中には少なからずありますが、そんなケースの抱えるリスクはますます巨大化しているということもできます。

一方、残業規制の方は、細かい内容は、ここで書き連ねるよりも厚生労働省の以下の特設サイトをご覧いただいた方が良いと思います。

https://www.mhlw.go.jp/hatarakikata/overtime.html

簡単にいうと、従来大企業のみに適用されていた残業制限である、月45時間、やむを得ない場合は年6回まで80時間、年間総合計720時間という規制が全ての企業に適用になります。これは労使が合意していても、特別な事情があっても除外対象にはなりませんし、罰則もあります。

果たしてこれは、「中小企業には酷な、困った事態」なのでしょうか?

時間と売上は相関しない時代になった

私が知るところでも、「昔の強かった日本はそんなものではなかった。ますます日本は弱くなる」と嘆いている人が少なからずいるのですが、そういう人に限って、小さな表を作成するのに、紙を見ながら電卓叩いて結果をEXCELに入力しています。昔は、転記や清書、計算や入力が「仕事」だったので、終わらないと次へ進めなかったのですが(私も20年以上前は家電店で商品登録のJANコードと価格を毎晩1時2時まで打っていました)今はそれをやらずに済ます仕組みを作ることが仕事です。

昔は作ってドアをひたすらノックすれば多少まずいものでも売れましたが、今は売れないものはどんなに足を棒にしても、どんなに安くしてもさっぱり売れません。そして、今の仕事は、うまい人は5分で終わってしかも出来が良く、ダメや人は1週間かかっても不十分な物しかできない、という「知恵」「センス」に依存するものが増えています。昔は時間をかけると利益が増えた要素が沢山ありましたが、今はその相関関係は希薄化しているのです。

それでは、「知恵」や「センス」のある人は稼げて昇進し裕福になれるでしょうが、それがない人はどうすればよいのでしょう?貧富の格差の拡大やワーキングプア問題など今、多くの労働者の前にある問題は実はこれですが、これは今回は置いておきます。

日本の中小企業の現場では

中小企業が存続してきた基盤が「事実上無制限の残業による低コスト労働の大企業元請への提供」であることは少なくありません。特定の顧客の業務に顧客以上に詳しい長期担当する窓口担当者がいて、顧客の要望に密に柔軟に、あるいは急な要求に徹夜で対応する「我慢強さ」が競合の参入障壁になっているのです。しかし、こんなことをしていても大企業は、下請けに対して「生かさず殺さず」の価格水準を維持して儲けさせてはくれませんので、利益率は低迷したまま、残業は特に設計製造部門で長時間化し、しかも特定期間に集中し時には徹夜になる、というのが日本の中小企業の労働者の現実です。

さらには、このような働き方が「素晴らしいこと」と賞賛され、「コツコツはたらくことが一番確実で安全」と親が子に、教師が生徒に諭す文化がこのような酷使を常態化させてきてきました。それが今は確実で安全ではなくなっているにもかかわらず、です。

しかし、こうした中小企業の現場で何が起きているかというと、①若い社員が入ってこない、定着しない。②残業代を(きちんと払っていない会社がざらにある)払わなきゃと思うと経営的に苦しいし、このままでは摘発リスクが増大する。③顧客の大手企業は「働き方改革」の名のもと、さらに作業遅れのしわ寄せを発注先に押しやり、納期に無理を言って自分の責任を下請けに押し付ける傾向が強まる。というようなことです。

これに対して、中小企業に「価格を維持でき、対等な立場に立てる独自プロダクツを確立するべき」というようなことを平気でいう外部のコンサルを信用してはなりません。そんなことが出来ればとっくにしているわけですし、今から挑んだところで(挑むべきではあるのですが)成功確率が高いわけではない、長く苦しい道のりです。今ある現場の問題は、今の顧客と人員、スキルを前提に解決策を考えなければならないのです。

変わらないといけない

法律だから、以前に、これから先若い世代に事業を継承して維持していくためには、もちろん残業と給与水準だけの問題ではないのですが、いかにやりがいがあっても、上司が魅力的でも、過労環境では全く人が定着しない時代になっています。(厚生労働省 「雇用動向調査」では30代以下男性の退職理由の1位は「休日、労働時間」、同女性の一位は「人間関係」、つまりハラスメント)。

どうやって変えていくのか?と言った時に、事業そのものの改善・強化がもちろん望ましいのですが、今ある仕組みの運用の仕方だけでもまず改善できることは多くあります。しかし、それは今までのやり方を変えるということでもあります。例えばこんなことを取り組んでいる会社があります。(弊社のお付き合い先複数社の事例を組み合わせた説明です。)

①出張の在り方の見直し

  • 社内での支社(海外含む)だけの出張は原則行わず、電話、リモート会議に変更(たまたま時勢にピッタリでしたが)
  • お客様先への出張は1人で実施するルールとし、夜間作業立ち合い以外は日帰りが原則。(これは私は当たり前だと思っていましたが、ずいぶん反発があったようです)また、実施時には複数アポを入れることをルール化(これも当たり前だとおもっていましたが)

 結果、出張費も激減しましたし、所要時間も大幅に削減しました。稼ぎに直結しない「なんとなく出張」して、「夜は呑んで帰って来る」が慣習化してしまっていたのを見直せばよいのです。こうすると、「人間関係が損なわれて受注できなくなる」という人がいますが、今時は「安くて小回りが利く」が損なわれなければ大丈夫です。また、「若手が育成できない」という反論もありましたが、いつもいつも二人で出歩いていて何年もかけて背中を見て覚える、というスタイル自体若手が育成できない(定着できない)原因であることを理解していません。カリキュラム化して短期間で覚えて、社内ロールプレイイングして、そのうえで少数回の実地同行は本社近くの顧客で行えばよいことです。

②紙伝票、手集計の見直し

①が営業や企画の前線の話ならば、これは営業部門の事務担当や経理部門の話です。勤怠管理と経費精算をクラウドサービスに移行しました。どちらも従前は紙でした。これにより入力や集計の工数は大幅に減りました。これまでも電子化の検討はあったそうですが、比較的高齢な層が対応できないことへの懸念で躊躇していたのことでした。それが今回待ったなしの状況で踏み切られたということです。

その高齢層はどうなったのか?と言いますと、もちろん説明はしたのですが、わかりやすい言い方をすると「見捨てた」のです。企業は学校ではありませんので、不効率な人員のために全体が不効率を甘受する必要はないし、例外工程を残す必要もないわけです。

③前日の急な依頼をどういなすか?

私が一番感心したのはこの点です。前日依頼は、質も価格も個人レベルの検討で十分ではないので、きちんと質の高いものを集団で確認して提案するにはきちんとした期間が必要、という提案書を作成され、経営陣がお客様にきちんとご説明されていました。

そんなやっつけ仕事ではお互い問題を抱えるということは当たり前のことなのですが、それが関係が長くなると「なあなあ」になってしまっているのです。それをキチンとリセットしに行くということを実行できるというのは大変なことです。

④「残業を減らせ」と明確に指示

多くの中小企業経営者は、この問題に対して、「業務に影響が出ない範囲で何とか改善しろ」といっています。中に手を入れられず傍観者であるがために責任を持てないのです。しかし、それでは不十分ですし無責任です。この会社では、「減らせ」と明確に数値を指示しています。(それが法律を守るために必要なのですから)そして、こうも言っています。「利益率の低い業務は止めてよい」そのために業務別採算を集計する仕組みも構築されました。

ここに一つの正解があります。付加価値の低い業務や取引は止めてその分、25%以上の割り増し賃金の発生する残業を減らしても、多くの場合利益は大して変わらないのです。もちろん、そういわれると必死で改善しようとしますので、一時猶予を上げても良いとは思いますが、そう簡単には改善できません。

⑤会議の参加者数を減らす。会議のレジュメは箇条書き。データは生でいいし、パソコンでいい。

そもそも会議が多すぎませんか?Slackでレポートしてもらってそれに必要なコメントをすれば済むようなものに雁首並べていませんか?そして発言もしなければおそらくは大して考えてもいない出席者がいませんか?参加する必要がないと自分で思う出席者は参加しないで良いのではないでしょうか?

そのうえで、会議に向けた「きれいな資料」を「何度も点検して修正する」ところに膨大な手間を各所で掛けていませんか?実は、このコストはどの会社でも相当大きいものです。その実、何を相談しているのか?何が報告なのかよくわからないような資料が多い。経営者の皆さんもそんな「きれいな資料」は全然望んでいないはずですし、生データを見て自分で取捨選択できるはずです。むしろ生データ全体の方が、恣意的なピックアップがされていないし、他の論点もついでに見えるので経営者としては好都合です。(逆に経営者の目をごまかして通したい担当者はこれをうまく使うすべを身に着けている)。紙を会議前に長時間プリンターを占有しているのも全く無駄です。パソコンやタブレットでよいし、パソコンならばその場で自分で検算も加工集計もできます。

それで「わかりにくい」という幹部はデータドリブンな経営という時代の流れについていけていない人です。

むしろやるべきは、「前日にレジュメとデータを配布しろ」です。

これでいいのか?

ここに上げた例は、効率的な「新商品、新サービス」に頼らずに残業削減を実現している短期的改善の例です。もちろん、抜本的な改善にはそうしたものも必要ですし、不得意分野を捨てるなどの取捨選択も必要でこれも並行してお手伝いしています。ただ、こうして改善することで若手社員の定着が改善し(高齢層は逆に定着しなくなるのですが)残業代が削減できれば、報酬制度の変更やシステム投資に回す余資も生まれます。

日本はホワイトカラーの生産性が低いという指摘がかねてからされていますが、そのことは企業の低利益率、そして変革速度が遅いことの原因にもなっています。「個人が心身を犠牲にして企業がやっと収益を維持する」というのは、若者の意識の変化に伴い、もはや維持できないビジネス構造になってしまいました。今回の法改正はその社会の変化を後追いしているだけで、これを「迷惑」と捉えるのは間違っています。

会社は次の10年存続していくために、「時間当たりの稼ぎ」を追求し、自らを変革しなければならない状況に置かれている、それが2020年の労働基準法改正が示すことです。

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