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とん挫した中国現地法人人事制度改革

今日ご紹介するのは私が自分で事業をやろう、その三本柱の一つに海外法人との懸け橋役になりたいと思った出来事です。

総経理の私と中国人の副総経理の下に各部門長がいたのですが、そのうち、一人に清華大学(中国の理系トップ大学)出身の王君という私より一つ年上の幹部がいました。奥さんも同じ会社で日本語通訳兼ソフトウエア技術者として働いていて、非常に理知的で私と相通じる部分がありました。2005年当時でもう、日本企業の人気はアメリカ企業や現地のハイテク企業に比べて劣り始めていて、また同じ日本企業でも現地に適した人事制度を採用している会社に幹部人材が流出し始める状況が発生しており、人事制度の改革は喫緊の課題でした。

改革の方向性はいくつかあり、
1 幹部(大卒管理者)のうち、優秀者の水準の大幅引き上げと継続的なアップの見通しの公表
2 幹部人材の絶対数の削減
3 労働契約法に先立ち、10年以上の雇用者に対する経済補償制度を採り入れ、継続勤務を動機付けする。
4 品質指標の生産量コミッション計算に対する影響度の大幅増
が主なものでした。

少し解説しますと、1については、中国では、ワーカー(ブルーカラー)と管理者(ホワイトカラー)の職務は明確に分かれており、給与水準は数倍~10倍の差があります。使う側とつかわれる側の区別がはっきりしていて管理者はある意味眺めているだけのようにも見えます。こうした体質は、「みな公平で均質」が正しいという教育や会社制度の中で育った日本人からすると「悪弊」と見え日本側は歴代拒否していたのですが、もちろん、これは日本が特殊なだけです。最近もワールドカップで日本人がごみ拾いをすることが「美談」になっていますが、美談と思っているのは日本人だけであり、欧米や中国では、「それは私の仕事ではない」「その仕事を与えられた(社会的階層の)人が別にいる」という認識が一般的です。また、中国では、企業の給与水準のガイドラインがCPIを参考に政府によって示されています。守る義務があるわけではないのですが、ある程度の昇給見通しを与えないと、有望な人材は他社へ流出してしまいます。せめて平均5%、できれば、7~8%程度を示して、その中でメリハリをつけていくことで優秀人材を残していきたいと考えていました。

2については、1を実施する上で、全体としての生産コストをむやみに上げられないわけですので、個人の生産性を追求するだけでなく、組織としての生産性を上げることを要求することで1を実現する助けにしようとしたわけです。3は、どちらかというと日本側の要求でした。先見の明があったといえばあったのですが、まだ若い会社ならば、10年まで先があったのでよいのですが私がいた会社はすでに創立20周年(天安門事件の前から進出していた)でしたので、10年以上の社員がたくさんいましたので、膨大な隠れ債務を抱えることとなりました。また、中国の場合、今の55歳以上に比べ、それ以下の世代は明らかに教育の質が高く特に今の40歳以下の世代の大卒はビジネスマンとしての自立心や学習能力に富んでおり、王君とはそうした人材を積極的に登用する新陳代謝策が必要だと話していました。その意味では、この制度はその上の世代を固定化することになり痛手でした。

この人事制度改革は結局は董事会(日本語でいえば、出資者会議、取締役会に近い。総経理は、CEO的な立場)に上程前に日本側の同意が得られませんでした。一つには、日本人が考える「人間としての正義」から外れていると親会社の社長に軽蔑されました。そして、もう一つは、日本側からすると、単なる生産子会社であり、幹部の果たす役割は理解していなかったこと、幹部が考え意見することも良しとしなかったことがありました。私は半年以上このプロジェクトで意見を聞いた王君に誤り、王君は3倍の給与で他社へ移りました。王君は最後に、「総経理、かわいそうね」と逆に私を慰めてくれました。後に残ったのは、膨大な職務定義書でした。

実はこの手の「日本の思い込みの押し付け」は至るところにいまだにあり、それが現地で人が辞めたり生産品質が上がらなかったりする原因になっています。日本人経営者の中には「公平主義」と「低成長」に感覚が麻痺していて、「機会の平等」「大きな成長への挑戦」を押しとどめる傾向がまだまだあるような気がしてならないのです。しかも、自分がそうであることに全く気付いていないケースが大半です。

そんなとき、耳に痛いことをヅケヅケ言えるようにしたい、それが自分の責任だと思ってこんな事業を始めたのです。

 

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