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中国とんでも事件簿 総経理 地方に出張に行く・・・

中国の華南地域で会社を経営していると、年に2回ほど、採用のため地方出張に行きました。

大卒層は深セン市内で「人材市場」という官営の場所で募集します。あらかじめ電話で申し込んでおき受付で少しの料金を払ってブースを借ります。2000年代前半ぐらいまでは、そこの背景に模造紙に手で書いた募集要項を張り出し、外国人総経理がスーツをきて座っていると面接希望の列がどんどんできる、という状況でした。ただし、私が赴任したころには深センでは日系企業の人気はもう落ち目であり、深セン中心部の人材市場でも全体の2割ぐらい、6ブースから8ブースを富士康集団(FOXCONN)が占めていました。並ぶ若者にも圧倒的人気、その次が当時の新興IT企業だった華為集団(HUAWEI)という状況でした。ちなみに富士康は、その後シャープの親会社にもなった、iPhoneの製造受託で有名な鴻海グループの中国での名前で、高速道路のインターチェンジ名になったり直通のバスが駅からたくさんでていて、かなり広い範囲の街が全部富士康、というような存在感でした。

それでも、二線級かもしれませんが、大卒はそうやって必要数を充足することができました。以前も記載しましたが、中国では大卒と中卒、高卒の「身分格差」は日本とは比較にならないくらい明確にあり、学生の方も大卒だから管理者になれるはずで、労働者になるつもりはない、という態度で最初から面接に来ます。この辺はまた別の機会にご紹介しましょう。

 

ところが、従業員の大部分を占める16歳以上の「(あとで述べます)中卒、高卒層は深セン市内で採用すると高くついてしまいます。具体的には給与水準も他社に勤めたあとだとそこよりも上がらないとだめ、という意識であることと、なによりも社会保険料が高いのです。中国では、戸籍が基本的には生まれた町に紐づいていて、そこの社会保険制度が適用されるというのが当時の原則でした。(今は少し変わっています。)。「基本的には」というのは、会社が毎年1%程度の社員に推薦して深セン戸籍を社員にプレゼントしてあげる、という制度がありこの推薦枠を巡って悲喜こもごもが繰り広げられた、というのもまた別の機会のご紹介したいと思います。そうしたわけで、深セン育ちを採用すると他エリアで採用するよりも2割程度高くつく、という状況がありました。また、都会の状況を知ってしまうとすぐやめやすい、ということでいわゆるブルーカラーの2年程度の定着という観点からは地方採用の方が有利、ということも理由です。

そういった理由があり、二泊ぐらいで夜行列車の旅で地方に採用に行くのです。これを当時は、日本人会では、嫌な言い方ですが「人買いに行く」と言ったりしていました。人事の責任者(この人も「党員」で名門大学卒)が紹介等で地方政府の「人売り」の担当者と連絡し要綱を伝えておいて、期日を決めてお伺いするのです。夜行列車でよく寝れない中、地方の駅に20両も30両もある長い汽車が着くと、駅では地方政府の役員が立派な車でお出迎えしてくれ昼間からの大歓待です。で、案内される会場にいくと、履歴書を持った十代の女の子が100人程度朝から待っているのです。地方ではなかなか仕事が少なく、都会に出て成功したい、という本人の意識、それと親の側も多くは低収入ですので都会の娘からの仕送りを期待する気持ちでいっぱいであり、そうした親たちの期待を受けて地方政府もなんとかたくさん送り込みたいのです。

募集人数は訓練の都合や人件費の都合もあり、だいたい1回30人前後のことが多いので応募者の中から厳選できる、という状況があるにはあります。そうして、2つの列で人事部長と私の秘書を兼ねる課長とが面接をし始め、私はその間で話を聞いているわけです。(といっても全部わかるわけではありません。)ただ、実際には、能力評価以前にチェックしなければならないことがたくさんあります。実際あった事例としては、こんなものがありました。

  • 年齢詐称:16歳未満は青少年保護に関する法律の定めで雇用できないのですが、それを本人や家族の意思でごまかして面接を受けにくるのです。法律の定めなので大変です。中国は全員が政府発行の顔写真入りの「身分証」を持っていて、それで生年月日や住所(本籍)、それに民族!なども確認できるのですが、お姉さんの身分証を持ってくるが髪形を似せていてごまかされる、というようなことが毎回一人人二人あるのです。お姉さん?そう、一人っ子政策のはずなのに、地方にいくと姉妹がいるケースは普通にあるのです。漢族以外の少数民族は認められていたのですが、漢族でも普通にいました。そういうものなのです。それを話の流れで見破る部長ってすごい。でも、ある時、数年務めた社員が入れ替わっていることが発覚したことがあります。それはお姉さんも深センに出てきてちゃんとした会社に勤めたらしく、社会保険を登録しようとしたら登録済みとして、エラーが出て先方の会社から連絡があったためです
  • 病気:中国の農村部では人糞由来のB型肝炎がまだまだたくさん発生しています。また、一例だけHIVという事例もありました。法律上はこれらで就職差別を行ってはならないことになっていますが、同時に適切な治療も受けさせることも定められています。それは日本だろうが、中国だろうが企業の責務です。中国も法律制度の体系という点では日本以上にきちんと整備されています。市政府等の「通達」という形で上書きされるものが多いというのも日本と同じです。とにかく、病気が見つかると「都会にでて裕福な暮らしをして発展する」という彼女たちの野望は、少なくと一時的には断念せざるを得ないのです。また、中国ではB型肝炎に関する誤解や差別が根強く、同僚の女子たちが同じ寮、シャワー、トイレを嫌がるという問題も現実に発生します。説明すると、泣いて「検査結果を偽造した」とか「間違っている。自分でもう一度検査を受ける(地方では医師にお金を払えばこんなものは偽造してくれる医師はたくさんいるので)」とか言い出すので、説得する人事部長の「お母さん」ぶりがとても重要です。

大汗かきながら、面接を終え、暫定評価をしたものをホテルに持ち帰って、部屋に集まって私と人事部長と秘書とで判定会議を開きます。明日の朝には合格者に通知し、招集をしてから帰るのです。ホテルの簡素なレストランで3人で食事をすると、深センでは店のテレビで娯楽ドラマが放送されていることが多いのですが、地方ではほとんど抗日戦線ドラマで日本軍が残虐行為を働いて、それを八路軍(共産党)のヒーローが表れて打ち破って村人に称えられる、という遠山の金さんのようなティピカルなドラマが何話も続けざまに放送されていています。特に今の9月ごろはそういう季節でした。あまり気にしないようにして食事をして判定会議を進めるのですが、7時8時ぐらいになると地方政府の下っ端の役人が来て、総経理と食事をしたい、と言い出すのです。だからその前に終えておいて断るのが常套手段でした。そして何を言い出すかというと、毎回「受験者の中に幹部や地方の有力者の娘がいるので、それを合格にしろ」というのです。

その手のケースは4例ありましたが、それなりの成績だったら私も少しは考えなくはないのですが、4例ともむしろ障害があるに近い、表情も反応もおかしいし、学力試験も誇張ではなく0点、というケースでした。他ではどうしようもない引き受け手のないケースを押し付けられるのです。そんなものを連れて帰っても、2か月ぐらいで部門ではじかれてしまって使いものにならないし、部門に迷惑をかけてしまいます。そういう自分の立場のために、部門に嫌な思いをさせるようなことを絶対しないという私の性格を部長も秘書さんも知っているので、なんとか断るのです。広東省北部のある町に行ったときには、ドアの向こうで役人が12時ぐらいまで粘っていて、部長と秘書さんと3人で同じ部屋で息をひそめてやり過ごしていました。最後にはドアを蹴って去っていきました。

また、四川省のある街(その翌年に起きた四川大地震の震源近くの街でした。)では、帰りの車が用意されず、電車が定刻前に発車させられていたこともありました。こういう時に、「上の人の面子をつぶさないでくれ」という中国人特有の論理が発揮されるのです。もちろん、二度とその町の政府は採用に協力してくれませんので、次回はまた別の街を探す負担を人事部長に強いることになります。こういうコストを考えると、そのおかしな女の子を取っておくべきなのか?ということは本当は考えるべきことでした。ただ、社内でも妥協のできない問題が山積していたので、社外に対しても原則主義者を貫きそれを社内に示す必要がある、という背景がわたしにはあったのです。

 

そんな苦労をして採用した娘さんたちが初出社してくれた日には、一緒に昼食のお弁当を食べるようにしていました。彼女たちの「これから都会で自分は大きくなってやるんだ」という希望に満ちたキラキラした姿を応援してあげたいと、心から思う時間でした。寮母さん、食堂の社員、現場のリーダーみんなが母のように、姉のように迎えます。私には子供がいなかったので、本当の娘のように寮で話したりしていました。

でも、2年たつとだいたい半分程度になってしまいます。3交代勤務の合間をぬって英語や会計を勉強してよりよい待遇、発展の機会を目指す、それが彼女たちのキラキラの理由なのです。そうではない会社にしたいと思っていましたが、日本側が「生産工場」という意識でいる限り、それは変えられませんでした。

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