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日本人は勤勉で正直、は本当か?

ゴーンショック後にアップしたら信じてもらえないかもしれませんが、この記事を用意したのは、17日の土曜日だったんです。一番最後まで(最後だけ)読んでください。昨日アップすればよかった。

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このテーマは以前から書こうと思っていたのですが、整理しきれないうちに次から次へと検査不正やら品質偽装やら、不正経理やらが出てくる、出てくる・・・

皆さんは、日本人は「勤勉で正直」というのは本当だと思っていますか?他国と比べてどうかまでは実証できませんが、私は日本人だけが特別に勤勉とか、特別に正直、ということはないと思っています。また、昨今の不祥事を90年代以降の失われた20年だか30年の責任に帰するような論調もありますが、それは違う。表に出るようになったのはむしろ、ネットメディアの力や若者の意識の変化により改善した結果であり、同じような不正はずっと昔から行われていた、という話をよく聞きます。私の父も金融関係大手で大規模な不正事件に巻き込まれてホテルの缶詰め調査の自殺防止監視役をしていたが一切表ざたにはならなかった。公になったものでも、某メーカーの自動車検査不正は、さかのぼれる範囲で90年代半ば以降ずっと行われていて、それ以前のことはさかのぼれなかったのです。

私が見た中でも、こんな事例がありました。輸入品に関してはそのものの用途に応じて塗装や原材料が安全なものかどうかを事前に認証を受けた検査機関でサンプル検査して、それを添付して輸入手続きを行うということが行われています。お子さんが鉛が溶出するようなものを口に入れて害を受ける、ということがないようなことを国の制度として担保するための制度です。しかし、もちろん全数検査が行われているわけではないし、検査は大量に完成するだいぶ前にサンプル製作品で行われますので、そのサンプルだけは大丈夫な工程で制作し、大量生産品は別の低コスト生産工程で行うようなことは昔から中国での生産下請けメーカーの間では横行しています。発注者が価格コンペをするわけですが、1社がその不正を前提とした価格で提示して受注すれば、次からはその価格が競争の基準になり皆、それを実現するために脱法行為を行うようになります。他社の日本人駐在員にきいても同じ認識でした。もちろん、発覚時のリスクはすべて下請けが追う契約になっているが、できる発注主の現場担当は何が起きているか知っています。

もちろん、それを防ぐためには発注主が自分で納品された実物から無作為抽出して検査を行えばよいのですが、そんなことをしてパンドラの箱をあけても計画されたキャンペーンに間に合わなかったり、下請け(は一発アウトで直ぐにつぶれるので)が潰れて賠償されなかったりした場合には自分のところに損が回ってくるだけですので、誰もひっくり返せません。私もずっと昔にこれを知った時、社長に報告しましたが、何も起きませんでした。社長も担当役員に「確認しろ」といい、担当役員は、「大丈夫でした」と言えばそれで終わりです。

ただ、ある時、経理部門出身の別の大会社の人にこんな事例の話をしたら、「そんなことがこの日本で行われているなんて~」と声を震わせていました。何てナイーブな人だろう。現場知らずというか・・・だから、大きな会社で現場で「歴代引き継がれていたもので、経営陣は知らなかった」という説明も嘘ではないのだろう、と思います。上の社長も親会社には報告していなかったでしょうし。

 

日本人は勤勉、というのもそうでしょうか?他国の人と比べて、「やってるふり」「大変だアピール」が多いような気がしてなりません。たしかに中国に比べても遅刻は少ない傾向はあります。しかし、労働時間中に成果を目指して集中している度合いが高いかというと、80年代以降はずいぶんとだらだらしていると思いますし、最近ではおとなしくしているが、スマホ見たり、ネット見たり、私用メールしたりも多いですよね。タバコ休憩が最近では非難の的になっていますが、長時間会社にいるが、席にはいない喫煙者というのは確かにいる。私の部下にもいた。そういう人ほど、「俺の仕事、大変だ」とアピールしていませんか?そして、ある期限がくると、極めて短時間で「つじつま合わせ」をして、「終わったことにする」というパターンが続いていて、それが歳とともにだんだん酷くなっていく。受け取る側、上司も「適当やりやがって」と内心思っているが、それを言わない。形の上ではそれで終わるのですが、実際にはそれでは利益は増えないわけで、会社としては何の意味もないどころか、改善したはずがしておらず、むしろ外部への約束が果たせず迷惑します。そういう「当てにならない人」は摘出手術しないと本当に困りますが、日本ではできてもできなくても同じ賃金、しかも賃金が下がらないという仕組みが当然視されているため、摘出するのに個人攻撃まがいのことを駆使しながらの一苦労になってしまいます。そういう犠牲を払って浄化しても、事態が鎮静化すると今度はその人が排除されてしまうのが日本の組織のため、なかなか誰もやろうとはしないのですが、そこに手を突っ込んで居場所がなくなったことがあります。(それで中国に逃げたという面も私にはあります。)

 

これら二つには、共通する土台があると私は思っています。それは、「私はあなたに従っています」アピール。そして、「従っているので、あなたは私を養ってください。」という依存。いわば、鎌倉幕府以来の「御恩と奉公」(領土、収入を安撫される代わり、いざというときは命懸けで戦う)の関係です。この関係は、パイが拡大し分配が徐々に増えている時には機能します。皆、少しずつでも収入が増えている時には、その状況を是認するからです。これは高度成長期に安定した依存が可能であり、人材の不足する時期に確保のためにそれを許していたという意味では日本に特有の問題であると思います。

ところが、実際に従っているか?というとそんなことはない。実際には自分が損をしないように動くのです。それは日本人だけではない、世界中そう。それを「言っているから信じてやろう」と思うのも日本人だけでなく、世界中そのようだし、見て見ぬふりをするのも世界中共通です。フォルクスワーゲンのディーゼル排ガス不正も、アメリカのエンロンの不正会計も、東芝の不正な海外との部品取引による粉飾もそうして起きたわけで、日本人が特に、同調圧力に弱かったり不正に目を瞑る国民か、というとそれも違うように思います。日本を含めてどこでも起きるのです。

 

ただ単に工場の工程で組み立て作業をしていれば、それで一生を安泰に過ごるならば、その人にはこんなことはたぶん起きない。それが「工場労働や店舗の販売員のような単純労働は自分にはふさわしくない。自分はもっと「高級な」仕事をする資格がある」というように周囲から期待され自分でもそう思うのですが、実際には株式市場が要求するような高い成長は会社の構成員の多くは実現する実力がない。それだけの知識と行動力と思考力を有しているのはほんの一部の人でしかないのです。それが自分も会社も認められないから、会社も個人も自分を今できている以上に立派に見せようと虚飾に走り、不正を行い、性能や実績を粉飾するのでしょう。最近発覚したKYKの件、あるいは三菱自動車の燃費偽装の件、「そんな性能を実現する技術は社内になかったにし、それを開発するだけの余力もなかった。」というのが真相だったのです。

 

いろいろ書いてしまいましたが、決して日本人が特別勤勉でも正直でもない、他の国と同じ程度だろう、という中でこれからの企業経営はやはり変わっていかざるを得ないと思うのです。具体的には…

・工場でも店舗の販売員でも自分が高度な仕事が向いていないと思うならば、親に何と言われようがやればいい。実はこれらの仕事は全然「低度な」仕事ではない。背伸びしてウソをついて自分を責めて生きるよりはそのほうがよい、と親は教えるべきである。

・本当に高度な「ホワイトカラー」になれるのは、経営や専門技術の実用知識と思考能力を厳しく鍛錬され、同時に健全な心身を持つ者だけであり、これらの役に立たない「大学」の課程や卒業生は期待できない。それらのものの「依存」「寄りかかり」は成果主義的制度を導入することで積極的に断つべきである。そして、これらの人材が日本では不足している、という状況に対しては海外からの優秀な人材を登用することを含めて考えていかざるを得ないだろう。

・安全性や性能保持が重要な部品は、相手が日本企業だろうが外国企業だろうが「カタログ」を安易に信じるべきではない。検査できるものならば自分で検査することを前提に賠償条項のある契約書を相手と結ぶべきであるし、検査できないほど高度なものであるならば、不正や不良があった場合の対処策を「リスクコントロール」事項として考えておく(交換可能な設計にするなど)べきである。

・東芝、オリンパスのようなトップの暴走には、「内部通報」を有効に機能させるための「弁護士組織」などの仕組みと通報への公的褒賞制度が必要である。

と思うのです。

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