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メンタルヘルスと企業経営

今日は休日ですので、いつもと少し違った話題をお送りします。

2017年から従業員が50人以上の事業所に「ストレスチェック」が義務付けされました。これは産業医の任命義務と同じです。「会社」ではなく、「事業所」単位ですので、小さな支店がたくさんある会社は対象外です。

 

私自身、実は20代に鬱で1年半入院し人生をアルバイトから再スタートした経緯があります。その時知り合った「病友」で第一線に完全復帰し時間や責務でハードな人生を送っている、という人は私以外にいません。周囲の見る目の冷たさももちろんありますが、それ以上に自分の強さに対する不信感を持ってしまうと、一定以上頑張ることを避けて生きてしまうのです。「もう一度、壊れないように気を付けながら生きていく」という感じになってしまうのです。それに、日本という社会は会社でも家庭でも一度レールを外れると、また復帰することがなかなかできない流動性の低さが強くあります。私自身、いつかこうしたメンタルヘルス面で傷ついた人たちの再起支援をこの経営支援サービスの本業の傍らやりたいと思っています。

 

そんな私から見た、今の制度としてのメンタルヘルス制度は「アラートを出している人に組織として気づく」という意味では、かつてない進歩だと思っています。また、部下に受けさせ、「高ストレス傾向」として「専門医との面談の機会を提案」というメールを部下が受け取ると、上司にもその連絡が行き、部下が希望する場合は業務時間中に面談時間を確保するよう指示が来る、という仕組みをとっている会社が多いのですが、それは、その部下が一見へらへらと受け流すタイプに思えても、実は感受性が強くてうちにためてこらえているタイプであることに気づかされ、対話の機会を多く持つよう心掛けるなどの管理者としての気づきを与える機会にもなります。

 

一方で、この制度が有効に機能するか?というとそれはトップ、そして管理者がメンタルヘルス、という問題をどう理解しているか?に依存していて、現状ではそこは多くのケースでまったく不十分だと感じています。それも無理がなく、私のような「自身が鬱サバイバー」という人が管理者、経営者になるケースは前述のような事情でほとんどないのが実情です。日本で管理者、経営者になるのは、多くの場合、「組織で一番意地を張り続けて、それでも壊れなかった『メンタル強度の高い人」なのですから、その人たちに、メンタル強度には強弱があること、そして誰もがそれこそよく言うように「風邪をひくように」何かの拍子に調子を崩すことがありうることを説いても、自分には起きなかったことを具体的イメージをもって想像することは難しいのだと思うのです。唯一の解決策は、そのような人の感受性の多様性を理解し、それぞれに適した対応を選ぶことができるような教育を会社でもケーススタディを含めて行い、それを人選の評価項目の中である程度の比重で位置付ける、ということだと思います。実はこれは私が思っている「ライフワーク」でもあります。

実は、最近私が自分の経歴をカミングアウトすると、自分は頑強でも兄弟姉妹や家族にそういうケースを抱えている、という告白に会うケースはとても増えてきました。初めて精神科医との面談に行ったときの感覚をボソリ、ボソリと教えてくれる話にはやはり、「ひけめ」「恥ずかしさ」があるように感じます。そういうことに会うたびに、私は隠さず生きてきたことを話すのですが、そういう私も、鬱が人生の大きな不利益になったことは否定しません。また、自分の経歴の特殊さから履歴書のギャップを転職の面接で突かれて、正直に言って(ほとんどのケースで正直に言っています。)採用してくれたケースは過去1例、光通信の副社長の例しかありません。(彼は、「今大丈夫なら関係ないよ」とサラリと言ってくれ、私はそれで就職を決めた経緯があります。)

鬱等の気分障害が発生すると、その個人、そしてその所属組織にとって大きな生産性阻害要因になるのは間違いありません。症状、時間帯(天気が関係ある人も)により、何も考えられない(そして、そんなダメな自分に絶望する)という状況になります。ランニングをする方は、膝や股関節を傷めると体が重いわけではないのに足が空回りするような感じがする方がおられると思いますが、最初はそれが頭で起きているような感じです。やがてこのアイキャッチ画像のように頭の中が雲でいっぱいになるような感じで、物事を分析的に考えようとしても、「ああ、ダメだ。」「ああ、失敗してしまう」というような否定的感情に覆いつくされてしまいます。

幸い、鬱の治療は薬面ではこの30年で大きな進化があり副作用が少ない薬が中心になりましたので、効く薬(その人に聞くかどうかはどの薬も20~40%程度であり、2種類目、3種類目を医師と相談の上試すというケースも多くあります。)に出会えれば、強度を調整しながら勤務を継続するという選択肢も現実的にはなりました。昔は副作用で排尿困難がひどかったりして大変だったのです。ただ、私は特に「エリートサラリーマン」層は1か月~3か月休んで自分の認知と生き方を再構築する、ということも悪くないと思っています。また、これは医師から指摘があることだと思いますが、「回復期」の自殺行為がとても多い傾向にあります。本当にどん底の時期には、そんなことを試みようというエネルギーも沸いてこないのですが、回復期にはそれがあるのと、復帰が見えてくると「社会からの差別や出遅れ」に絶望しやすいのです。

鬱などの「気分障害」の患者数は、30代から50代では人口の1%を超えているという調査があります。(厚労省 「患者調査」より)そして増え続けています。なぜ増え続けているのか?ということには専門家の間でもいろいろな分析がされていますが、私が思うのは、「社員が孤立する時代」ということです。昔は、長時間労働、パワハラが当たり前のように日本企業に蔓延していましたが、それでも個人がコミュニティから切り離されるという事態はよほどのことがない限りありませんでしたし、個人もコミュニティから切り離されまい、と努力していました。それが現在では、成果主義や勤務形態の多様化により一部のコミュニケーションを自分からとるようなことが下手な人、引っ込み思案の人は席は回りに人がいても、心はずっと一人という状況になりやすくなっています。そこへ、組織の雰囲気が、例えば新制度や新しい自分中心で目配りできない管理者、業績の悪化に伴うプレッシャーの増加などにより悪化すると、組織の弱いところから症状がではじめるのです。こうした現象の発生は、経営的には「炭鉱のカナリア」としてとらえて、そこで止まって見直すべきことが組織にあることを示唆しています。

 

これは組織が悪化しているときだけでなく、停滞していた組織がビジョンと戦略が明確化され力強く前進しようというタイミングでも出ることには注意が必要です。普通「みんなでがんばろうよ」と心を一つにすれば、そういうことは起こりにくそうですが、実際にはそういうバスにも乗り遅れてしまう消極派がいるものなのです。

管理者にとっては、組織は前に進めなくて張らないし、だからと言って強いけん引力はまたこうしたストレス障害を生むとなっては困るのですが、成果主義が悪い、というより目くばせとコミュニケーションがいかにできているか?というのがその根本にあることだと思っています。

 

 

 

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