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中国とんでも事件簿2

先週、一部の方には好評でした中国で会社を経営するといろんなことが起きるという事件集。別に中国を貶める意図があるわけではなく、そこには、中国での統治をおこなうための、ある本質があるのです。今週もいくつかご紹介

 

1 嵐の夜は〇〇に気をつけろ

私がいた華南エリアは、4月から6月にかけては毎日激しい雷雨が続きます。これもそんな激しい雷雨のあった翌日の出来事。亜熱帯の蒸し暑さに朝からエアコンのスイッチを入れるのは毎日のことなのですが、始業時間を過ぎて暫くしても涼しくならず、みな「暑い、暑い」と言い出します。おかしいなあ?故障したかな、と吹き出し口に手を当てると風はでているようですが、弱弱しい。業務スペースは集中ダクト方式なのですが、私のいた事務室(1階)は家庭用空調がついていました。室外機が壊れたのかも?と思い、担当に説明するのも中国語でうまくできないので、担当者と一緒に行こう、と言って室外機を見に行くと…室外機だけ盗まれていました。

もちろん、普通に置いておいたら盗まれるので、中国の室外機は平地においてあるものはすべて鉄格子がかぶせてありますが、その頑丈な鉄格子が切断されていました。相当のちゃんとした電動工具でなければ切断できない強さであり、嵐の中でなければ、音で周囲が気づいたと思います。ちなみに、中国の損害保険で買いかえたのですが、それも「室外機だけ」買いかえました。そんなことができるんだ、というのもこの時初めて知りました。

 

2 嵐の夜は〇〇に気をつけろ その2

それから2か月ぐらいしたある嵐の夜の次の日、嵐の次の朝は何か起きていないか、秘書さんと笑い話するのが日課になり始めていたそのころ、次の事件が起きました。今度は私の事務室のちょうど上に当たるPC整備などを行う部屋から連絡があり、窓が破られ、PCのメモリばかりが盗まれたというのです。ハードディスクも、本体ケースも無事です。たしかに、価格体積比で言えば、メモリは効率よいかも、なんて感心している場合ではありません。上に続いて警察にきてもらい現場検証してもらうのですが、ちょっと気になることがあり現場検証の場を少し離れたところから見ていると、副総経理が私を呼び、「誰かはわからないが、内部に協力者がいる」といいます。私も続けざまに起きたことで、同じ犯人であり、しかも内部構造を知っている可能性があることを意識せざるをえませんでした。

実はそのころ、長年勤務していた総務担当の課長の契約を終了するという作業を進めていたところで、本人は強く反発していました。1も2もそれに関連した事件ではないか、というのが私と副総経理の疑いでした。副総経理は別ルート(おそらく党のなんらか)で調べたりもしたようですが、結局わからずじまいで、この二つの事件を受け、私の背面にあった犯行につかわれた窓と同じ面の窓をすべてレンガでふさいで侵入できなくしました。

しかし、会社には、夜間寝泊まりしている警備員が実はいました。とても気が弱くていいやつで私は個人的に、昼ごはんを一緒に食べたりしていたのですが、彼が全然機能していないことも明らかになりました。まあ、雷雨の夜に気が付くか、と言われたら無理なのですが。そこで、現地のセコムと調整し、全館に空間センサーとドアセンサー、金庫の振動センサーを導入し、夜間友人警備は廃止し、彼は広西へと帰っていきました。彼の人件費とセコムの経費はほぼ同額でした。

 

3 後ろに気をつけろ  〇〇〇〇(私の名前)

ある朝、住んでいたマンションを出ようとすると、防犯門(1階の入り口に24時間警備員がいて、そこには鉄格子の扉があり警備員が常駐しているのが、中国の中流世帯の住むマンションです。)で保安員に呼び止められ、何か言われます。聞き取れないでいると、腕をつかまれマンションの外の低い階段のところまで連れていかれ、そこには大理石調の階段に白いペンキでこう書いてあったのです。殺害予告です。

会社から3分ぐらいのところに住んでいたので、秘書さんと副総経理に来てもらい対処を相談すると、副総経理が「戻ってやることがある」といって戻っていきました。副総経理からの電話で私は妻を2キロほど離れた駅の近くのシャングリラホテルに移し、そこの日本人従業員に事情を話してしばらく保護してもらうことにしました。私は、会社に戻り仕事をし、その日は他の社員についてもらい、自宅に戻って荷物をもってタクシー(普段はバスしか乗らなかったのですが)でシャングリラホテルへ向かいました。

それから数日は、緊張の日々でしたが、結局何も起きませんでした。恨みを買う心当たりも在りすぎます。なにせ1年で200人以上の社員の契約を終了していたのですから。その中には結構シビアな阿鼻叫喚の騒動もあったので、どれが原因かわかりません。ただ、その数日前、十人弱の社員が契約終了に反発して執務室に押しかけ、結果徹夜で翌日夕まで24時間そのメンバーに私一人(通訳、他の幹部は帰らせた。)で会議室に閉じ込められ、つるし上げられる、という事件があったばかりでした。そのメンバーはすべて女性でしたが、「非人間的」「殺戮」など激しい言葉で非難され続けましたが、私は立場を微動だにさせませんでした。

副総経理が何をしてくれたのかは聞いても、「関係のある人に商量、商量した(商量=相談)」というばかりです。ただ、彼が何らかの対策をとってくれたのは間違いありません。

 

1や2が起きた時、私に対する脅し、挑戦だという認識はありました。しかも本人が直接ではなく、そういう犯罪集団を使ってきているということも可能性としては考えていました。3が起きて、それがはっきりとしたわけです。後から聞いた話では実はこうした脅迫はその会社で以前も日本人総経理に対して起きていて、もろもろの改革がとん挫する原因の一つになっていたのです。私はそんなことを気にもせず、結果はともあれ、改革をし続けました。ただ、それは副総経理が暗に支えてくれてこそのことでした。本気で変える、そうしないと会社がもたない、と私が真剣に取り組んでいることを副総経理はわかってくれていたのです。

現地に責任者として赴任する、ということはこうした目にあうことを覚悟しなければならないし、その時、日本側は何もわかってはくれない、一人で解決しなければならないということでもあるのです。エアコン盗まれた報告を日本側にしたとき、損失の責任がどうのこうのといわれましたからね・・・

 

 

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