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国内生産回帰?

新型コロナウイルス感染症対策の経済対策の一つに海外生産拠点の分散化、国内化の補助金というのがあります。具体的には、「サプライチェーン対策のための 国内投資促進事業」「海外サプライチェーン多元化等支援事業」の二つです。(詳しくはこの2つで検索してみてください)

今回の世界的なパンデミックでは、人はもちろん鎖国状態な上、ものの動きも一時は極端に停滞し、また衛生用品などの必要物はいまだに海外からは入ってきにくい(ただし、マスクやアルコール洗浄剤は世に溢れてきましたが)状況が続いています。屋外集団活動の停滞が万一長期化した場合には農産品の生産高が減少し必要量の輸入に支障がでるという重大なリスクにつながりますし、弱みに付け込んで貿易許可をネタに脅してくるような国も現に表れています。

それに対して「生産を国内に持ってくるべき」、という意見は政治家にも労働者にも多く聞かれます。そしてともすればそれが愛国であり、正義であるとの主張を匿名で暴力的にSNS上でぶつけてくる光景をも目にします。

私は中国でのモノづくりを20年近くにわたってマネジメントし、あるいは発注するお手伝いをしてきました。今回、この状況になって入荷遅れに振り回される会社の様子を見ることもありました。その中では国内生産への切替検討もあったのですがその実情は散々なものであり、到底国内に生産回帰するべきなどと言える状況ではありません。言い切ってしまうと、「中高年の既存人員と既存設備でできる範囲以上を今の日本の製造業に望むためには、外国人労働力と返済不要な資金と、価格・品質や納期が不満でも我慢させる強制力が10年程度は必要」です。第三国へ移すのもそんな短期ではできない。大規模な生産は、生産コストが上がったとしても中国でしかできない(他国に移せる範囲は限られている)のが実情だと思います。船で数日で物が届く隣が中国というのは脅威であると同時に製造業にとっては恵まれた状況なのです。

最近の「生産の国内回帰」の論調を見ていると、「設備を買ってくれば、あとはスイッチを操作する人員さえいれば物は作れる。あるいはごく少人数で自動で作れる」と思っている人が「ネトウヨ」だけでなく、非製造業の会社のマネジメント層でもいたりします。そこまで日本の製造業への意識は希薄になっているのか?と憤りのようなものを感じることも何度かありました。

実際には、機械は調整も必要ならば、そのうえで「うまく使うコツ」も必要ですし、人員はそうした設備の癖まで習熟することが必要です。実際の製造では多くのケースで「自動」など程遠く、工作技術と材料や加工の知識を必要とします。その上、各工程で発生する予期せぬ停止や不良、あるいは仕掛滞留などの状況に対処する対応力が必要です。また、原材料の調達の安定性やその価格制御、完成物の保管時の品質管理や出荷費用の低減といったことも事業の収益性、継続性に重要な要素です。文字にすると短いものですが、この一つ一つが試行錯誤を繰り返し、なんとか最善とはいえないまでも安定した組み合わせと均衡点を見出してようやく生産は軌道にのっていくものです。今、多くの人が触れるソフトウエア産業とは大違いです。だからこそ、そのサプライチェーンの一部だけを取り出して変更するようなことは相当全体を洞察してからでないと危険ですし、先行して中国製がある製品を国内で後発で適当に始めても値段以前にトラブル続きで利益がでないのです。中国産は品質が悪いし納期が不安定という思い込みを持つ人が多くいますが、国内でやっても相当の試行錯誤を経ないとそれは同じことであり、日本国内に熟した工程で安定した製品が生み出されとその原材料や部品、出荷物流などのバリューチェーンが豊富に利用可能な状況が存在していたのは昔のことです。

特に原材料については、多くのものが今や「日本では作っていない、日本では高い」という状況になっています。より工賃の安いベトナムやさらに周辺の発展途上国へ中国から生産を移す検討をしても実際には踏み切れないのは、中国には、高機能の素材が安定的に安価に調達できるネットワークと物流インフラが確立していることが大きな理由です。

もう一つ深刻な問題は、これだけ失業、収入減ということが問題になる中で、製造業には製造を担当する人員がなかなか定着しない、ということです。その割にはトレーニングの仕組みや公知化もされておらず「一人前になるのに5年かかる」と管理者が平気で自慢する状態が当たり前になっています。結果として日本の中堅工場の多くは今、「高齢者」と「外国人労働者」が支えている状況が常態化しています。ネトウヨの希望する通り国内に工場があったって、結局は外国人頼みなのです。(実はこれは工業だけでなく、農業水産業でも同じような状況が見られます。)

そこにはマネジメント体質の古さであるとか残業の多さとか発展性のなさとかいろいろな問題が個別にはあるのでしょう。しかし、それは「製造業」の問題ではありません。仕事の発展性がないとみられていて毎日一生同じ立ち作業に向き合わなくてはならない、という点では小売店、飲食店の店員にも同じような問題があり、これは「経営」の問題です。製品の開発や高度化、戦略的な投資や改善などを社員と一体感を持って取り組むことができない限り、今の日本で「単純作業」に人は定着しないのです。

そうして幾多の困難を乗り越えて作った国内製でも、同じものが中国製で安く存在していればほとんど全ての人が安い中国製を買います。これも仕方のないことです。よく、「付加価値があれば売れる」「品質が良ければ売れる」という人がいますが、そんなことはありません。圧倒的に数が売れるのはどんな製品でも、「基本機能が必要十分に備わった低価格品」です。また、人気が出た付加価値は国内外を問わず、すぐさま模倣されますので、次の瞬間には当たり前になります。ボリュームゾーンで戦えない限り、日本でやれるものは「短期的にしか作らないもの(今のマスクや防護服がそう。余剰人員やスペースを活用するという意味では意味があった。)」か「市場の小さいもの(高額品、特殊品)」になってしまうのです。これだけの騒動を経てもなお、近い将来また、100円ショップには中国製マスクの箱売りが大量に陳列されるようになり、口では中国製に文句を言いつつ、実際には多くの人はそれを買うのです。

それではどうすれば製造業の国内回帰は実現できるのでしょうか?問題は国の政策ではなく、今の労働市場と商品市場に経営者が対応しなければならないということはお分かりいただけるでしょう。そして、労働単価の安い国で生産された製品が労働単価の上昇した国の市場を席捲し国内製造業が衰退するのは、日本のみならず世界中で起きている現象です。しかし、日本特有の事情というのもあります。それは次のような点です。

  • 主として生産を担っていて、しかも輸送費やリードタイムで近隣であることから有利な立場にある中国が急激にコスト上昇しており、次の委託先候補である東南アジアは遠いし、かつての中国よりはかなり高い状況になっている。
  • 日本の労働コストは上がらないどころかむしろ少し下がりつつある。(これが定着しない原因でもあるのだが)
  • 日本の製造業は他国にも増して重層下請け構造が顕著で、最下層に位置する小規模な製造業、いわゆる町工場が多数存在する。町工場の多くは設備投資余力や残業や昇給などの経営改善余力が乏しく、「製造下請け」のみみで独自商品や独自営業を持たない。(もちろん、優れたところも中にはあるが)また、財務管理や労働管理なども概していい加減で長期的視野がない。

私が考えるのは、町工場の経営規模を拡大しつつ生産範囲をある程度複数社で垂直、あるいは水平統合し、製品メーカーとなる、あるいは製品メーカーと直取引するような形にもっていくことで、経営力の強化と利益率の改善を図ることが必要であると考えます。つまり、政治的には正しいとされないため誰も口にできないでいますが、「町工場の集約と経営強化」です。これは農業でも漁業でも同じような問題が存在しているのですが、その地域単位、生産品目単位での「強者への集約」を行い、生産効率と待遇改善を進め、人員の定着を図り、中抜きにより利益率を高め、余力を開発と営業に投下することが必要であり、今だからこそそこにメスを入れていくべきだと考えています。結果、雇用人数はむしろ減るかもしれませんし、社数も減りますが、生産量は維持され、あるいは増やすことが可能でしょう。実は中国では2005年からの5年程度でこの「淘汰」がかなり強烈に進み、その中で給与水準や投資力、それに顧客との折衝に秀でた経営者(大抵若い)が率いる工場が生き残り規模を拡大し、環境投資を行ってという好循環に恵まれる一方、そうではない工場~そのかなりの割合が韓国、台湾、そして日本の資本だったのですが~が沢山潰れていきました。当時、それを「中国モデルの終焉」と揶揄した報道もありましたが、実態としては「高度化競争の敗者が淘汰されていった」というのが正しい味方です。

そういうと今度は、優れた町工場を事業承継で残していこう、という政策が唱えらえることがありますし、M&A業界もそういうことを言います。しかし、これはやや的外れです。製品力を有しているところは若い社員も定着し経営力もあり、後継者も社内から育っていますし、必要ならばその会社の買い手も外部から手伝うまでもなくいます。そうではない、言われたものを抜群に仕上げる職人はいるが、営業も経理も機能として存在しない、という多数の町工場は買い手もつかないし、財務諸表以前にそもそも実態を説明することもできない状況で、結局はその職人と顧客と最低限の設備を信頼できる近くの同業他社に引き取ってもらう形で廃業する、という形が多く取られています。しかし、それでは職人の食い扶持は保てても、結局経営を強化し持続可能にするという目標には近づいていません。

結局、経営者がより多くの職人を束ね、管理費水準を落としながら生産効率を上げ、製品開発を行い、メーカーとなる、あるいはメーカーに高い交渉力をもっていくしかないのであり、その過程での投資や集約支援、そして経営人材の供給を行っていくことが必要なのだと思います。

実はこの「零細な製造業を束ねて強い組織にする」ということは私の一つの夢でもあるのですが、今回のコロナ騒動、そして補助金を見て、これ(今の政策)ではないと思う、という思いを強く思った次第です。

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