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消費税率アップ狂騒曲1997

今年も10月から消費税が8%から10%にアップします。今年は「キャッシュレス決済へのポイント還元」という特典が付く予定になっていて消費者からすると、よくわからんがお得らしい、という状況になり、事業者、特に経理部門からすると、「よくわからない前後の処理にさらに煩雑さが増す」という状況になっています。

この消費税の導入が決まったのは、1988年12月の竹下内閣の時で、私は大学受験勉強中でした。「牛歩戦術」国会の時です。昭和63年、昭和天皇の深刻なご病状が毎日のニュースで伝えられる時期の出来事でした。

それが5%になったのは、1997年4月の橋本内閣の時。このころの経済のキーワードは、「不良債権処理」。山一證券の廃業、拓銀の経営破綻があった年でした。ちなみに前回8%に上がったのは、2014年4月と記憶に新しいところです。

1997年3月、日本中が異様な雰囲気でした。私は家電店の本社商品部に異動して間もない時期で見習いだったのですが、高額な大型家電商品がすさまじい勢いで売れていくのです。実は、私の異動とあわせて、この会社では「情報商品部」という部が初めてこの会社ではでき、パソコンを中心とする情報商品を生活に取り入れる提案をするために大型のパソコン売り場を構築するという取り組みを郊外型家電店ではかなり早い段階で始めました。私はそのスタートメンバーというわけです。その時の部長が、2月の部門設立時に全社にこう宣言したのです。

「いままで当社では一日34台パソコンを売るのが最大記録です。これを1年以内に100台にしてみせます!」この部長は創業家ともめて飛ばされた経験があるというもっぱらのうわさでしたが、漢気のあるいい人でした。それから数年の間、私の「部長」のロールモデルでした。そして、この話には続きとして表ざたになっていない、当時の担当役員との密約があります。「100台達成したら、神楽坂で芸者遊びします!」部長は、「だからお前ら死力を尽くせ」というのですが、その2月に結婚する私は「また、まずいことになった」(いえ、なにか不届きなことをするわけではないのですが)と思いました。

 そうしてスタートした情報商品部ですが、最初のミッションが、「パソコン本体とプリンターを大量に仕入れる」でした。駆け込み需要があるのかないのか?2月の段階では、その兆候は売り場でも、あるいは業界の新聞や統計でも見えておらず、商品部は疑心暗鬼でしたし、私も「どうせその分値下げするだろうから、関係ないでしょう?」という気持ちがありましたが、部長は、「絶対来る」と言い切っていました。本当は不安だったでしょうが、いきなり勝負に出たのです。(この人、競輪とパチンコが好きでした。)そういうところはこの人は格好良かった。

当時のパソコンは一年に4モデルが更新される時期でちょうど2月はその更新期でした。そこに月に合計200何十台しか売れない会社が、いきなり大手2社に各700台の注文書を送るのですから大ごとです。メーカーももちろん、「ちょっと待ってください。明日行きますのでお話し聞かせてください。」と電話してきます。来た、メーカー販社の課長クラスにまた、部長が「売る、売るって言ったらうるんだ」と睨みつけるのです。(今のようにメールで商談する時代ではなく対面なのです)

私が、その他もろもろ合せた仕入金額を計算して財務に報告すると、財務部長(18日月曜日に出演のM部長)も「えっ」と絶句です。当時はよくわかっていなかったが、たしかにそういう「3億円追加で借りて」、というようなことは3か月前ぐらいに言って欲しいと、その立場に自分がなったときにわかりました。ただ、財務部長も、うちの部長に「俺、かけてるんや!一緒に神楽坂いこうで!」と言われてその気合に「売れるんですか?」とも言えず、何とか調整してくれました。

その時点では、まだ大手2社にそこまでの大量発注を申し出た小売りはなかったらしく、調達自体は「特価品」(3世代ぐらい前のもので、返品等があったものを再整備したものを特価品として仕入れるというのを私たちは得意としていた)含めて比較的順調でした。ただ、あとから聞いた話では部長は創業家にだいぶ「本当に大丈夫なのか」としつこく言われて、「首を賭ける」的な啖呵を切ったらしいです。

それが終わると、部長と先輩は各店を回り、100台売り切るための意思統一作業を進めました。そのあと、4月以降に人材の他部門からの引き抜きや採用、業務のマニュアル化や品ぞろえや棚割りの標準化に取り組んでいったのですが(ここは私の事務処理能力がそれなりに生かされました)、まだ発足したばかりの事業部ですので、既存の社員と売り場で天王山に臨むべく動いていったのでした。売り場の皆さんも、「パソコン売り場が大きくなる」「自分たちが経営で重要視されている」ということを意気に感じて協力してくれました。ただし、POP等の具体策は3月1日まで行わないこととしました。

そのキーワードは、ズバリ「3月までなら3% 25万円のパソコンで5千円お得」でした。これをPCのプライスカード上や、売り場のあちこちに黄色に青でPOPを作り3月1日に一斉に貼りまくるという準備を当時の扱い店9店でしました。

そうして迎えた3月最初の週末は見事に空振りでした。冬枯れと言われる2月に決算セール(その会社は2月決算だった)を打ったこともあり、2月よりも売り上げは少なかったので、私は不安になりましたが、部長は動じませんでした。「これからだよ、これから」

実際部長の言う通り、だんだん数字は上向きはじめ、中旬になるとテレビのニュースで「駆け込み需要」が話題になり始めました。そうなると今度は「在庫ありますか?」という電話がお店にかかり始めます。他社では在庫を切らし始めていたのです。そこに3月3週目の週末を前に各店、入り口付近にPCの山積み展示を行うという部長と先輩の作戦が見事に当たり、表示価格でどんどん売れていきます。とうとう最終週の日曜日、3月30日に101台を達成したのです。ちなみに翌31日月曜日も40台ほどが売れ、前月までの最高記録を上回りました。

4月になっても配送は続き、配送子会社の方にはずいぶん忙しくしていただきまいた。「3月にレジ決済していれば、納品は4月でも3%適用」という売り方をしていたからです。しかし、実はこれは正しくありません。(ここ大事)

引き渡し日が4月の場合はそこには新税率が適用されます。それは事前に勉強会で知っていましたので、できればもって帰っていただきたいし、配送会社にも頑張っていただくようお願いしていたのですが、月末になるとパソコンだけでなく、冷蔵庫も洗濯機もテレビもバカ売れしていて配送担当は大変なことになっていました。当時のパソコンはほとんどすべてがデスクトップ型、ディスプレイは液晶ではなくCRT(17インチでも20キロ以上と重い!)であり、多くの方は設置のためのラック(これも木製の板と金属のフレームでとても重い)、プリンタをセットで買われるし、開梱して接続する作業もお客様は誰もわからない上にたくさんケーブルがあるので配送担当の皆さんには、ラックの組み立てなど大変な負担をおかけしていたのです。

仕方なく、このような便法を取っていたのですが、結局は普段よりも値引かずに売れたので、その分2%値引いても普段と大して変わりませんでした。

そして、4月になりました。

ご存知の通り、非常に極端な「買い控え」が起きました。4月は2月(3月ではない)の半分も売れませんでした。部長は粛々と人材教育や新しくPC関連の書籍売り場を作ること、マニュアル整備などを進めていました。ただ、売り場は大変でした。売れないと人心は乱れます。かといって、売り場に誰もいない状況は作れないので、一定数は店に出さざるを得ないですので、我慢の時でした。そんな時にも救世主が現れました。Windows98がその夏に発売になるということがそのあとしばらくして決まり、「秋葉原で有名な0時開店発売を埼玉の街でもしよう」ということになって部門は再度盛り上がっていったのです。その話はまた別の機会に。

その後も売り場は拡張し、売上は順調に増えたのですが、一日100台というのはその後2年の間破れない記録でした。

私は、「駆け込み需要」に懐疑的でした。部長がなぜそれに賭けられたのか?は部長が、「大衆の心理」を長年の経験の中でよく理解していたということだと思います。先が見えない不安、というのは1997年の時代の空気でした。その中で、大衆は合理的分析よりも、当座の確定的な(部分的な)利益を取るということ、そして「ニュースが騒ぐ」という、メディアがちょっとした一つの現象に雪崩を打つ特性も、それに大衆が動かされることもわかっていたのです。部長になぜ、それが分かったのかを4月になって聞きました。部長は言いました。

「俺、お前みたいに頭よくないからよ、庶民の直観で分かんのよ。理屈じゃ見えんよ、庶民の気持ちは。」

その言葉はそのあとの私の仕事の中で決して忘れることのない教えです。なお、神楽坂ですが、その後部長と先輩と店舗の幹部で行かれたのですが、私は妻の体調が(本当にその時期)思わしくなく、少しほっとしながら欠席させていただきました。

私は、この騒動の中ではまだ、店舗の店員から本社商品部に異動したばかりで大した役割は果たせませんでした。ただ、この時の部長の様子と、「風を受けたときの会社の勢い」というのはとてもよく覚えています。会社の経営に携わっていると、悪いことばかりではなく、時々そういう「風が吹く」場面に出くわします。私は何事にも慎重な方なのでその風をつかみ損ねることが多い(その代わり失敗もしない方だと思う)のですが、風をつかむ決断というのは本当に難しい、あの部長の創業家に向かって「てやんでえ」という調子がなければたぶん実現しなかったのだろうと思います。

14年4月の5%→8%の時は、私は管理本部長をやっていた会社を3月末でクローズする手続きをしていて、この風は全然関知していませんでした。そして、今回、万全の官製買い控え対策とともに、3度目の増税に何が起きるのか?そろそろお付き合い先にも、「大型プロジェクトは顧客への納品時期により税率変わるから、9月完了9月請求で前倒しでお願いしましょう」という話をし始めています。

何が起きるのか、「庶民の直観」はいまだに苦手ではあるのですが、一つ言えるのは、QR決済には風が吹くであろう、ということです。そして、それを取り入れる準備は今しなければいけないのだろうと思います。

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