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呪文「何を考えるかをまず考える」

昨日に続き、「組織の進路を変える」技術についてのお話です。

■「何を考えるかをまず考えなさい」

この言葉は30歳の頃、P&Gのマーケターだった池田さんという方に繰り返し言われた言葉で私のオリジナルではありません。この言葉を教わってから、大小にかかわらず課題に取り組むときには、最初にこの言葉を呪文のように唱えてから始めることにしていますし、私と一緒に仕事をした人は、私にこれを言われたことがあると思います。(いままでオリジナルだと思っていた人ごめんなさい)

例えば、「利益が足りない」という話になると、そこで始まるのは、まず社長が営業部長に「絶対だぞ」といい、営業部長が会議といって部下を集めて営業社員に伝言ゲームのように語気強くはっぱをかけ、そのあとは仕掛案件の列挙と集計、既存顧客で未アプローチの顧客の洗い出しぐらいでしょう。でも、あなたが経営の一翼を担うならば、経営を改善するために本当にそれでよいのでしょうか?実は先々月ぐらいにも同じことをしていませんでしたか?

「利益が足りない」例から行くと、このような会議の仕方をすると、営業担当が顧客に必死に頼み込んで今月のピンチを切り抜けることはできるかもしれません。しかし来月はまた同じことが待っているはずです。「利益が足りない」→「売り先を探さなきゃ」ではなく、まず考えなくてはならないのは、「利益を上げる方法にはどのような方法があるか?」であり、それを考えるには、「そもそも何が利益(この場合、売上に近いのでしょうが)を決めているのか?どんな構造なのか?」を知ることであるはずです。そして、そのどこかに改善すればアウトプットが大きくできるボトルネックがあるはずなのです。それを特定することが「何を考えるべきかをまず考える」ということです。ところが、それが一番の近道であり確率も高い方法である、ということをダメな経営者、管理者はわかろうとせず、今月、今四半期に自分の成績がどうなるかを優先しようとします。そんなことをしてもそれが一時しのぎであることは投資家・金融機関には透けて見えます。それが透けて見えないように嘘で根拠を塗り固めるとさらに一貫性のない説明をそのあとすることになり、だんだんと銀行から丁寧な言葉で冷たい質問をされるようになっていきます。

 

何かを解決しなければならない時、頭に思い浮かんだその方法にいきなり着手することが最善かどうかはわかりません。ところが、日本では学校や家庭では「勤勉」を推奨するあまり、この目の前の一歩を進むことを良しとする教育が行われ、近道を探すことを良しとしないことが行われているように思います。学校はそれでよくても、会社ではそれでは成績は上がりません。近道を見つけたものが勝つゲームです。

また、会社でも多くの社員が若い頃に上司に、「そんな考えてばかりいないで、お客のとこに頼みに行ってこい!」という指導を受けていますが、多くの上司は昔自分が同じようにやられたそれしか方法を知らないのです。昔は需要が継続的に拡大していたのでそれでもなんとかなったのでしょうが、今の時代、残業も限られ有給休暇も義務化、それでいて需要は縮小しているのですから、この「今までと同じように頑張る」やり方では、「需要の縮小率」×「労働時間の縮小率」で売り上げは減少するに決まっています。本来はこういう人は上司になるべきではないのでしょうが、そんなことを言っても現実の歴史・風習・文化は変わりません。「忠実」を家庭や学校で教育された社員は、それをひたすら実行することで評価が得られ、立場が保持されると思っている傾向が強い。成果主義のはずが、必ずしもそうではなくこういう社奴(最近はもっとひどい言い方をしますが)を温存しようとするため、管理職になっても、経営職になってもこういうやり方を自分でもするし、人にも強制する人が後を絶ちません。そのことがまた、ホワイトカラーの生産性の低さ、長時間残業の一因にもなっています。

 

■今、本当に対処すべき問題は一つだけ 「ボトルネックに集中する」

多くの会社の課題は、営業にしろ、生産にしろ、ある「ボトルネック」が存在しており、そのボトルネックの一か所だけに対処することでアウトプットをかなり大幅に拡大することができる、という構図が随所にあります。実は、それは「一か所だけ」であるからこそ、その問題の特定さえできれば、かなり短期的に解決が可能です。みんなでいろんなところを分担する必要なんてありません。まずは一か所だけ改善すればよいのです。「ぼやぼやしてないで頼みに行ってこい」という前にその管理職がこれを見つければ解決できる場合も多いのです。

この話は、20年ほど前に、エリヤフ・ゴールドラットという科学者が「制約条件理論(Theory of Constraints)」という理論を生産工学からビジネス活動一般へと展開し国際的に一斉を風靡して有名にしました。この話は、古い書物になってしましましたが、同氏の著作を翻訳したダイヤモンド社の「ザ・ゴール」「ザ・ゴール2」(その他に数冊の著作が同社から出されています。)という本(物語風ですので読みやすいです。)にわかりやすく説明されており大変な名著ですのでご存じない方は是非ご一読をお勧めします。(私の勉強会ネタ本です。)

そのボトルネックを見つけ出すのは、生産工程では仕掛の滞留状況を見ることで一次的な判断ができるということで、古い常識を捨ててしまいさえすれば比較的容易なのですが(ザ・ゴールではこの話が中心)、ビジネスでは「生産工程」に当たる部分の抽象モデル化が必要となり、問題の全体像の整理、構造的な把握がまず必要となります。その上で、同様に「ボトルネック」を特定し、そこを緩和する策を考えるのです。(この部分は「ザ・ゴール2」の主題)

「何を考えるかをまず考える。」は経営においてはまず全体を俯瞰し、構造を理解し、ボトルネックを見つけることです。「鳥の目」で全体をとらえ、急所を見つけたら、そこは「虫の目」で詳細を観察し構造を解析する、という言い方をする人もいます。また、別の人は、「最初に目次を考える。」とも言いました。これは報告書の目次、というよりも、問題の全体の構造を整理する、という意味なのだと思います。対策を立てなくてはならない時、対策会議の前、口にしてみてください。

「まず、何を考えるかを考える」

 

※ちなみにあるボトルネックを解消すると、状況が改善したうえで、次のボトルネックがまたどこかに現れます。それをずっと解消し続けるのです。以前、「営業の科学」にてまずは一つのKPIに集中する、というお話をしましたが、それもこれと同じことです。

 

 

■どのようにして「何を考えるべきかをまず考える」を根付かせるか?

これを読むと、確かに…と思ってくれた人は相当おられると思います。しかし、これを組織で運用しようと思うともう一つの壁があります。こうした思考習慣を持つ人が多数派にならないとこれらが有効に機能しない、特に部長等管理職がこれを理解していない状態で現場でやろうとすると、かえって有能な若者の芽を摘み離職を促進する、という問題です。これは私も実業会社で長年悩んできた問題です。私がトップの組織ならば、私は「ゴール」「ゴール2」の輪講を中心にロジックツリーやピラミッドツリーの運用などの勉強会をするようなことをしていました。企業文化を変えるにはこうした地道な教育が必要です。

組織は、トップ次第、トップの器よりは大きくなれないものです。社長がまず、呪文のように言ってください。

何を考えるべきかをまず考える

 

■考えるべきポイントが見つかったら

その考えるべきポイントを、最近はやりの言葉で「イシュー」と言います。「Issue Driven」という言葉がはやりました。この「イシューを考え続ける」というのも池田師から教わった技術でした。この「イシューを考える続ける」というのは当たり前のようでいて実は難しいことで、会議をしていても、「売り上げをあげる」話をしているのに、「経費」の話をしたり、「部長の愚痴」をいう人がいたり、あるいは、「そもそも売り上げを上げる意義」を語る人や「売り上げを上げる必要性の有無」を論じる人が出たり、と議論が訓練されていない通常の組織では、会議がまとまらない、そして長時間化する原因の半分以上は、この「イシューを考えて続けていない」ことにあります。

池田師は、これを避けるため、ディスカッションの際、イシューは何ですか?ということが合意できたあと、ホワイトボードの左上に、そのイシューを枠囲みで記入し、それを皆が見えるようにしていました。そして、脱線し始めるとファシリテーターがその枠囲みを見るよう皆に促す、という技術を教えてくれました。(今までさも私のオリジナルであるかのようにこれを実施していましたが、人に教わったことでした。)

そして、そのあとはイシューを直接説明するロジックを組み立てていく、というクリティカルシンキングの領域に入っていくことになります。これについては機会を改めてご紹介したいと思います。

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